第401話 令和4年5月11日(水)「生徒会」岡本真澄
令和3年度の生徒会の仕事は完全に終了し、あとは引き継ぎを残すのみだ。
そして今日は次の生徒会長選挙の説明会が選挙管理委員会の手によって行われている。
生徒会副会長である日々木さんはそれに出席するためいまは不在だ。
……この生徒会室にいる時間もあとわずかね。
以前の生徒会室には嫌な思い出ばかり残っている。
芳場会長の思いつきに振り回されて右往左往したこと。
そして……。
私は頭を振って記憶を振り払う。
過去に囚われるよりもこの1年の自分の成長に目を向けた方が良い。
まだ真新しく見える白い天井を見上げているとノックの音がした。
「失礼します」と入室したのは真砂さんだった。
「姫様は一緒じゃないんですね」
「今日は茶道部だそうです。先日の件があって顔を出しづらいのかもしれません」
姫様とは1年生の
真砂さんは彼女を生徒会に入れようと何度かここに連れて来ていた。
「意外ですか? ああいう周りを気にしていないように見せるタイプの方が案外気にしているものなんじゃないですかね」
鹿法院家の姫として彼女は周囲から注目されている。
羨望や警戒などその視線の意味は様々だ。
だが、姫様はそれらを気にする素振りを見せず、傍若無人に振る舞っていた。
先週開催されたファッションショーでは、指定された衣装ではなく自前のもので出演しようとしてちょっとした騒ぎになったと聞いている。
私は2月にあった湯川先輩の一件で鹿法院には良い印象を抱けずにいた。
父親と娘は別人格だと頭では分かっていても、簡単に心の整理がつくものではなかった。
「鹿法院と言えば、日野会長はどうやってあの御仁を説得したんでしょうね」
「生徒会長としてではなく臨玲の理事としての行動だからと詳しくは教えてもらっていません」
駆け落ち騒動に鹿法院が関わっていることを知るのは限られた人物だけだ。
真砂さんはこちらの世界の人間であるし情報に精通している。
だから事情を説明して協力を要請した。
一方、副会長の日々木さんに対しては私からは言わずに日野会長に判断を委ねた。
「詳しくはなくても説明は受けたってことですよね。信頼されていて羨ましいですよ」
冗談めかした発言ではあるが本音も混じっているように感じた。
彼女は真面目なだけが取り柄の私と違い、人に取り入るのが上手い。
それが日野会長には通用せず、納得いかない気持ちがあるのかもしれない。
「私も湯川先輩たちへの対応でようやく認めてもらえた気がします」
それまでの私は与えられた仕事を完璧にこなすことに汲々としていた。
もちろん自分で判断することは多かったが、会長の指針に沿ったものを常識的な範囲内で行っていけば良かった。
役職が会長代行となってもそれは変わらない。
しかし、あの時はさすがにそれだけでは対応しきれなかった。
「日野会長は生徒会の権限を大幅に縮小しました。昨年は生徒会長選挙を4月中に前倒しして実施しましたが、現在ではそういう身勝手な変更は許されません」
あの時は高階さんが私を勝たせるために奇策を考えた。
新入生の日野さんの名前が知られる前に選挙を行おうという計算だ。
結果的には日野さんの揺さぶりに高階さんが動きすぎて墓穴を掘った。
芳場会長の信頼さえ失ってしまったのが致命傷になったと思う。
「ただし、生徒の人権、安全、健康に重大な危機が迫る状況では緊急避難的に行動する権限が認められています。それを適用したことを評価してもらえたのでしょう」
新しく改正した生徒会の会則でもその序文に『生徒会は生徒を守るために存在する』という条文が記載された。
私が高階さんから辱めを受けた時には誰も助けてくれなかった。
そして今度は自分が助けを求められる立場になった。
湯川先輩から話を聞いていた時にはそんな思いが胸中を巡り、試されているような気分だったことを覚えている。
「岡本先輩があんな判断を下すなんてびっくりしましたよ」
「半分は新田先輩の仕業だと思います……」
家庭内暴力やデートでのDVなどにより生徒を匿う必要が出て来ることは事前に考えられていた。
短期間、かつすぐに行政に支援を求めるという計画だったが、今回は行政の助けは得られそうにない。
ただ長期戦に持ち込めば日野会長が退院するという希望があった。
「学校に残っていることが知られていては保護に支障を来すと考えて新田先輩に一芝居打ってもらおうと考えましたが、あんなことになるなんて……」
「良いじゃないですか。うまくいったのですから」
「……風紀が乱れます」と私はしかめ面になる。
新田先輩が派手に動いてくれたお蔭でふたりが校内に残っていると疑われずに済んだし、生徒会の関与も知られずに済んだ。
最大の功労者であることは間違いないが、駆け落ちを美談として広めた影響は出た。
卒業式で駆け落ちを巡るトラブルが発生したのだ。
「駆け落ちすれば解決すると安直に考える人も出てしまいましたね」と真砂さんも苦笑を見せる。
真相を明かせない以上これからも同様の事案が発生するかもしれない。
私は生徒会から離れるが嫌な置き土産を残してしまうこととなった。
「会長代行が気に病むことじゃありませんよ」
慰められても気分は晴れない。
こっそりと溜息を吐く私から視線を外し、真砂さんがドアの方を向いた。
ノックの音とともに日々木さんが入ってくる。
彼女にしては珍しく強張った表情をしている。
「3人目の立候補者が現れたの」
「1年生?」と真砂さんが尋ねる。
彼女は登校再開の時期が遅れることとなった日野会長に代わって日々木さんの選挙参謀を務めるそうだ。
日々木さんが当選したら生徒会の要職に就きその後もサポートを続ける。
3年生の私が参謀役に選ばれなかったのは仕方がないことだった。
頷く日々木さん。
それを見て予想通りという顔つきになった真砂さん。
しかし、次の日々木さんのひと言で真砂さんの表情も凍りついた。
「彼女、可恋の
††††† 登場人物紹介 †††††
岡本真澄・・・臨玲高校3年生。1年の時に芳場生徒会長の下で副会長を務め、2年では日野会長の下で会長補佐に就任した。会長入院後は代行としてその役を全うした。家は大手製薬会社創業家一族。
日野可恋・・・臨玲高校2年生。生徒会長。臨玲の理事も務めていて、その権限によって数々の改革を行っている。昨年11月から入院し3月に退院したもののいまだに登校はできていない。
日々木陽稲・・・臨玲高校2年生。生徒会副会長。可恋の命により生徒会長選挙に立候補した。
湯川
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