第64話 令和3年6月8日(火)「制服」森薗十織
ふふふーんと鼻歌交じりに教室に入る。
すでに登校している生徒たちの視線がわたしに集まるのを感じた。
隣りの席の蘭花に「おはよう」と声を掛けると、席に座ったまま彼女は目を丸くしてわたしを見上げた。
「どうしたの? その服」
「どう? 似合う」とわたしは彼女に見せびらかすように両手を広げる。
今日私が着て来たのは最近買った夏服だ。
七分袖のゆったりしたサマーニットに白のエレガントなチュールスカートで涼やかな感じを出している。
ファッションに詳しくはないので店員さんに勧められるまま買ったものだが、実際に着てみてとても気に入っている。
「どうしたの、その服」と咎めるような声で近づいてきたのは西口だ。
「わたしは蘭花に見せているの。あなたは呼んでいないから」と追い払おうとするが、彼女は眉間に皺を寄せたまま動こうとしない。
「私服で来ていいと思っているの?」
「ほかにも制服を着ていない子、いるじゃない」
「生徒会の人たちは許可を取っているみたいよ」
「生徒会に入る前から私服を着ていたじゃない」
「それは……」と西口は口籠もり、「理事長のお墨付きって噂だけど」と未確認情報を理由に挙げた。
わたしたちのクラスのふたり、初瀬さんと日野さんは入学時から制服を着用していなかった。
ふたりとも気軽に話し掛けられる雰囲気ではなかったので、その理由ははっきりとは分からないままだ。
ただ教師もそれを認めているようで誰ひとりとして注意する者はいなかった。
そして、6月に入ると彼女たちに加えて数人がわたしたちとは違う制服を着るようになった。
これは生徒会のメンバーだけが許されていると説明されたが、どう考えても不公平と言えるだろう。
そこで、今日わたしは私服で登校することにしたのだ。
チャイムが鳴りホームルームのために担任の先生が教室に入ってきた。
彼女は普段通りにホームルームを進め、出て行く際にわたしの名前を呼んだ。
わたしは仕方なく立ち上がる。
あまり感情を出さないタイプの担任教師はいまも穏やかな顔つきのままだ。
「少し話を聞かせてください」とわたしは廊下に連れて行かれた。
先ほど西口に説明した話を繰り返し、わたしは自分の正当性を主張する。
だが、担任は「そのままでは授業は受けられません」とキッパリ言い切った。
「体操服やジャージは持って来ていますか?」と問われわたしは首を横に振る。
「予備のジャージがあると思います。今日はそれを着てください」
「嫌です!」とわたしは大きな声で叫んだ。
教室まで届いたかもしれない。
臨玲は制服だけでなく体操服やジャージもダサいことで有名だ。
ミス臨玲コンテストに出場した子がそれらのデザインも一新すると言っていたが、それがいつのことになるかは分からない。
教室の中でわたしひとりだけがあのダサいジャージを着ているなんて想像しただけで耐えられなくなる。
「……そうですか」と担任は少し目を伏せ、再び顔を上げると「それでは今日は保健室で学習してください」と提案した。
そして、「それが嫌なら保護者の方に来ていただくしかありません」と言葉を続ける。
わたしは「それは絶対にダメ!」と叫び、激しく首を横に振った。
「でしたら従ってください。あと、もう一度校則を違反したら保護者を呼び出すことになると思いますので気をつけてください」
「一部の生徒だけ私服が許されているなんてズルいじゃないですか」と抗議しても、「ルールを改正するか、責任者を説得して許可を得るかしてください。私から言えることは定められたことを遵守するようにということだけです」と取り合ってくれない。
仕方なく担任に連れられて保健室に行く。
ベッドは使用中のようで、小声で担任が保健の先生に説明し「やってもらうプリントを取って来ます」と出て行った。
「可愛い服ね」と保健の先生がニッコリ微笑んで褒めてくれる。
「そうでしょ!」と答えると、彼女はマスクの上に人差し指を立て”静かに”というポーズを取った。
わたしは「済みません」と小声で謝り、指示された椅子に腰を下ろす。
声が大きくならないように注意しながら、保健の先生にも制服についての不公平を訴えた。
先生は一通り聞き終えると、「そうね。でも、いきなりその服装で登校するのではなく、問題を解決するためにはどうすればいいかほかの人とも話し合ってみたら良かったんじゃないかしら」と言い含めるように語った。
ちょうど担任が戻ってきて話はそこで終わり、わたしはプリントの束に絶望的な視線を向ける。
1時間目が終わる直前にベッドを隠すカーテンが開き、ひとりの生徒が顔を出した。
見知った顔の少女はわたしに不躾な視線を送ってジロジロ見てくる。
「何?」とムッとして問うと、「お前、バカだろ」ととんでもない言葉が返ってきた。
「な、なんでそんなことを言われなきゃならないのよ!」とわたしの声は自然と大きくなる。
机に向かって仕事をしていた保健の先生が振り向き、「淀野さん、もういいの?」と彼女に声を掛けた。
淀野はそちらに顔を向け「少しは」と素っ気なく答える。
わたしは「成績は似たようなものだろ!」と声を荒らげた。
「ふたりは同じクラスなのね」といま気づいたという顔で保健の先生が言った。
入学当初、淀野はわたしの後ろの席に座っていた。
ほかのクラスメイトと積極的に友だちになろうとしなかったので声を掛けてあげたのに、コイツはわたしの誘いを無碍に断った。
授業中いないことも結構あったが、こうして保健室に行っていたのかもしれない。
「ルールが気に食わないのなら、バレないようにこっそりしないと」と淀野は笑い、先生に「戻ります」と言って保健室を出て行く。
わたしはマスクの下でへの字に口を曲げ、それを見送った。
制服を着ないことにこっそりも何もないじゃないか。
そう言い返したいのに追い掛けていくことも許されない。
休み時間になって蘭花が様子を見に来てくれた。
なぜか西口まで一緒だ。
「大丈夫?」と心配してくれる蘭花と違い、西口は「高校生なんだからもう少し頭を使いなさいよ」と説教する。
「余計なお世話」と返しつつ、「どう頭を使うって言うのよ」とわたしは問い質す。
「生徒会に相談するとかいろいろあるでしょ。制服改革に取り組むって言っているんだし」
「そんなのいつになるか分からないじゃない」
「だからって私服で登校したらこうなることくらい分かるでしょ?」
西口は「あ、分からないから私服で来たのか」と呆れ顔で言うと、「これからは何かやる時は前もって周りと相談しなさいよ」と一方的に告げて保健室を出て行った。
蘭花は「心配してくれているんだよ」と西口の気持ちを推し量る。
先生まで「良い友だちを持ったね」と声を掛けてきて、わたしは「そんなヤツじゃないでしょ」と答えるのが精一杯だった。
††††† 登場人物紹介 †††††
西口凛・・・臨玲高校1年生。クラス委員長。公立中学出身。お嬢様学校で自分の力がどれほどのものか試したくて親の反対を押し切って進学した。
淀野いろは・・・臨玲高校1年生。私立中学出身。
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