第392話 令和4年5月2日(月)「狭間」
ゴールデンウィークのど真ん中にある平日。
学生には有給休暇はないので、「休みにしてよ!」と言いたくなる。
中学までなら教室の中でみんなそう言い合っていたことだろう。
だが、臨玲高校では様子が違う。
休んでも良いとまでは誰も言わないが、今日は授業がなく基本的に自習扱いである。
目前に迫る3校合同フェスの準備を手伝わされるのかと思っていたのに、それも無さそうだ。
「何かあたしたちにもやれることないかなあ」
今日教室に来ているのはクラスの三分の二ほどだ。
意外と多いという気もするし、結構休んでいるという気もする。
この3日間をどう過ごしたか近況報告でひとしきり盛り上がったあと、話題に上がったのがこれから開催される合同フェスのファッションショーのことだ。
モデルに選ばれたごくわずかを除くと、これまでは自分たちにはあまり関係のない行事だと感じていた。
ところが、先日の生徒会副会長のスピーチを聞いてみんな急に関心を持つようになったのだ。
「応援してるーってのを知ってもらいたいよね」
「良い方法ないかなあ」
スピーチでは東京で突き飛ばされて怪我をした先輩の話が涙ながらに語られた。
テレビ番組のお涙頂戴ものなら鼻で笑うこともあるのに、その時はこちらまでもらい泣きしてしまった。
自分だけでなく教室中にすすり泣きが聞こえたほどだ。
半年をかけて準備してきたこと。
スタッフとして大事な役割を任されていたのにそれが果たせなくなったこと。
そんな辛い目に遭ったのに犯人を憎むのではなく、ショーの成功を願いみんなの力になりたいと話していること。
そんな健気な女性に対して、ハッキリとは言わなかったがSNS上で誹謗中傷する人がいるようだと語っていた。
なんてヒドいと憤ったのは自分だけじゃないはずだ。
『彼女の望みは復讐ではなくショーの成功です。それが誹謗中傷に打ち勝つことになるのです』
そんな風に煽られてジッとしてはいられないと思ったものだ。
とはいえすぐに連休に入り、ショーの関係者以外はジッとしていることしかできなかった。
時間が経ってスピーチを聞いた直後のような熱は残っていないものの、それでもこうして何かできることはないかと話し合うくらいの思いはあった。
「講堂に行って、何かすることないか聞いてみる?」
「隣りのクラスではスピーチのあった直後にそういう話が出たんだって。協力するから~って」
「それで?」
「時間がないのに右も左も分かっていない人が現場に来たら迷惑だって言われたみたい」
「えー、ヒドーい」と何人かが声を上げる。
せっかくの善意を拒絶するなんてという彼女たちの気持ちは理解できる。
だが、来られた方からしたらありがた迷惑なことだろう。
しっかり計画を立てていたのに予想外のことに時間を取られて計画通りに行かなくなったら怒鳴り散らしたくなるんじゃないかなあ。
それが悪意からではなく善意からだと余計に質が悪い。
「邪魔はしない方が良いよね」と講堂に行くのは無しにし、別の案を考える。
「SNSで宣伝するとか?」
「講習を受けるまでSNSは控えるようにって副会長が言ってたじゃん。バレたらヤバくね?」
あーでもない、こーでもないとダラダラと議論は続くがどれも決め手に欠く。
生まれたやる気の持って行き場がなくなり、風船のようにしぼみかけていた時にひとりが「横断幕を作るのはどうかな?」と提案した。
「横断幕か……」
もっと早いタイミングで言われたならもう少し良い意見が出るまで粘りたくなりそうだが、意見を出し尽くしたあとだけにこの辺で妥協しようかという空気が漂った。
別のひとりが「なんて書くの?」と言い出し、「先輩頑張れ、みたいな?」と言い出しっぺがそれに答える。
「臨玲のみんながついています、なんてのはどう?」
「あたしたちだけで『臨玲のみんな』って言っちゃって良いの?」
「こういうのは主語が大きい方が良いんだよ。隅に小さくこのクラスの有志一同とか書いておけば」
「応援してる感があっていいねー」とみんな納得した顔つきになったので一応の方向性は決まった。
「それで、どうするの?」と全員が互いの顔を見合わせる。
口を動かすだけなら誰でもできる。
問題は行動だ。
ここでサッと手を上げるとカッコいいが、誰も責任を背負いたくないのか「自分が」とは言い出さない。
このままだと話し合いだけで終わってしまいそうだ。
「横断幕、テレビに映るかもしれねーじゃん。頑張ってつくろーよ。とりあえず先生に相談してみるわ」
胸の中の思いをこのまま消してしまうのはイヤだ。
ちゃんと形に残したい。
その気持ちが原動力となった。
「一緒について来て」と横断幕の発案者に声を掛け、躊躇いがちな彼女の手を取った。
「ほら、行こう」
この春高校生となって制服以外に何が違うのかいままでハッキリとは分からなかったけど、いま何となく分かった気がした。
中学では先生が道を示してくれた。
そこを歩けばいいだけだった。
でも、大人になるということは、自分で道を捜し出し自分の力で歩かなければならないということなのだろう。
ひとりではまだ怖くて、こうして誰かについて来てもらわないと歩けない。
それでもこれは自分の意思で踏み出した一歩だ。
「良いもの、作ろうね」
隣りを歩く友にそう話すと、彼女は眼鏡に手を添え「どの書体が見映えが良いでしょう? 色は? 大きさは? 講堂の広さを考えると……」と人が変わったように喋り始めた。
……この子、何者?
まったく知らなかった友人の一面を見て、それまで抱いていた「大人への第一歩」などという決意はどこか遠くへ飛び去ったのだった。
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