第41話 令和3年5月16日(日)「報告書」日野可恋

 その夜、私たちは女が出て来たマンションの部屋の前に忍び寄った。

 年齢的には厳しいものがあったものの興信所の女性に臨玲の制服を着てもらい扉の前に立ってもらう。


「友だちを探しに来たんです」


 迫真の演技のお蔭かドアが開いた。

 無視されていれば危険を冒してでもベランダから突入する予定だっただけにラッキーだ。

 即座にストッパーを差し込む。

 興信所の男性はすぐさまチェーンを切断した。

 ドアを開けた男は慌てふためいて奥へと逃げていく。

 私とキャシーのふたりだけが室内に突入した。


 男は全部で5人だった。

 彼ら”虎”と名乗る集団は名前に反して武闘派ではなく、呆気ないくらい簡単に制圧できた。

 キャシーは暴れ足りないようだが、彼女の巨体に恐れをなしたお蔭だろう。

 拘束した男たちを彼女に見晴らせ家の中を物色する。

 素人の私が調べてすぐに証拠となるようなものを発見できるほど彼らは不用心ではなかったようだ。


「このまま高階たかしな円穂かずほに従うつもり? 薬物の売買だけでは済まなくなるわよ」


 リーダー格の男は「何者だ?」と尋ねるが、それを無視して私は高階を今後どう扱う予定か伝えた。

 彼らは金と女に不自由しない生活を続けていたが、それが長続きしないことを予感していたようだ。

 男たちは項垂れ、抵抗する様子はない。


「しばらく安全なところに保護します。そこで警察の事情聴取を受けてください」


 肩を落とした彼らを連れて部屋を出ると、興信所の人たちは姿を消し、代わって続木刑事を始めとする神奈川県警の警察官が待ち構えていた。

 身柄を引き渡し、あとの処理を任せる。


 ハイリスクな賭けだった。

 高階は慎重でなかなか動きを見せなかった。

 そこで私はひぃなを餌として彼女の目の前にぶら下げた。

 それに飛びついたのは愚かだったからではなく、劣勢を自覚していたからだろう。

 彼女もまたリスクを承知で勝負に打って出ようとした。

 勝因は準備の差だ。

 秘かに入学前から準備を進めてきた成果が優位に立つ結果へと繋がった。

 それでも今回のような荒事までしてつかんだ優位だ。

 決して容易い戦いではなかったのだ。


 その後は興信所とともに高階の行動を監視した。

 この興信所は世間的にはまったく知られていないが、裏世界では有名なところだそうだ。

 暴力団員が組の金を持ち逃げしたとか、組員の情婦が寝取られたとか、幹部が裏切っていないかどうかとか、そういったことを専門に扱っている。

 ひぃなの祖父の紹介だが、たぶんゆえさんの父親もここと繋がりがあると予想している。


 不法行為を平然とやってのける興信所だが、高校の中には手が及ばない。

 高階はその中でも生徒会室がもっともセキュリティの高さを誇ると考えていたようだ。

 確かに教師はおろか理事長さえ入室できない部屋なのだから、そう思いたくなる気持ちは理解できる。

 だが、生徒会室のセキュリティが高いといっても理事長の管轄下にある建物の中だ。

 理事長は隣室の壁に穴を開けて盗聴器を仕掛けていた。

 私はそれを知ると高階の席の上に監視カメラを設置するよう進言した。

 その結果、彼女がほかの反社会的勢力と繋がることを事前に察知することができた。


 こうして彼女を追い詰めることには成功した。

 しかし、数々の不正によって退学にすることは可能でも刑事罰を与えられるかというと微妙なところだった。

 薬物売買への関与を立証することは容易ではない。

 おそらく主導的な立場だったはずだが、証拠に欠ける。

 虎のメンバーたちの証言も曖昧だ。

 報復を恐れるというよりも、ひとりの女子高生に罪をなすりつけるような態度が反省の色がないと取られる恐れがあった。


 臨玲の生徒たちを食い物にした件も、あくまで「紹介」だったと言い訳ができる。

 男たちは巧みに少女の判断力を奪い、言いなりになるように仕立て上げた。

 その流れの中でアルコールや薬物が使用されていたようだが、そこに高階が関わった証拠はない。

 レイプに近いものも少なからずあったようだが、被害者側からの告発がないと追及は困難だ。


 明確な犯罪は部活動費の不正会計問題だが、これもそれを許した高校側にシステム上の問題があり、民事はともかく刑事では重罪に問いにくい。

 臨玲高校側も及び腰であり、表沙汰にせずに終わらせようとしている。

 従って、補導されて何年も少年院に入る可能性は皆無だった。

 それでは退学したとしても彼女の被害を受けた生徒は安心できない。


 よって私は彼女がサイコパスであり、その危険性を明確にする証拠を集めることにした。

 彼女が生徒会長選挙に合わせて半グレ集団を校内に呼び込もうとしたのはまたとない事例だった。

 少し煽っただけでこれだけの行動を実際に起こすのだから彼女の危険性は明白だ。


 選挙当日、全校生徒に彼女が補導される姿を見てもらった。

 これは彼女に不安を感じていた生徒たちを安心させるためのデモンストレーションだ。

 高階による被害の全容は明らかになっていない。

 私が把握しているのは氷山の一角だ。

 岡本さんにしたような案件まで含めるとどれほどの生徒が被害にあったのかまったく分からない。

 彼女のスマートフォンやパソコンはセキュリティが固い上、すべてのデータを物理的に廃棄するよう圧力が掛かっているとも聞く。

 高階に弱みを握られていた生徒は思いのほか多いのだろう。


 彼女の社会復帰が望み薄であるとその時に公表した。

 刑事罰を与えられなかったことに不満を抱く者がいるかもしれないが、それを望むのなら自分の力でやればいい。

 だが、おそらくそれは叶わないだろう。


 高階は入院後摂食障害が悪化したそうだ。

 ほとんど何も食べていないらしい。

 彼女は憎悪を糧に生きてきたんじゃないかと診察した医師が話していた。

 精神的な疾患が複雑に絡み合ってこのモンスターを生み出した。

 解きほぐすための時間が彼女にあるのかどうか。

 それは私には分からない。


 一方、彼女と接して他人事ではないという印象を受けた。

 例えば、万が一ひぃなの身に何かあれば私は復讐の化身となるかもしれない。

 それがひぃなの望みではないと理解していても、最大限の力を使って私は復讐を果たすだろう。

 それを成し遂げてから死を選ぶ。

 私もまたモンスターとなる可能性を秘めているのだ。


 だから、この報告書を母、ひぃなの父親(母親は療養中なので見せるかどうかは配偶者に任せることにする)、道場の三谷先生、中学時代の恩師である小野田先生、ビジネスパートナーと言える桜庭さん宛に送ることにした。

 この人たちは私が敵に回したくない人たちだ。

 何があっても。

 もし敵に回すことがあれば、それは私がモンスター化した時だろう。


 私はそんな時が来ないことを祈りながらメールの送信ボタンを押す。

 そして、大きく息を吐く。

 大丈夫。

 私は立ち上がると自分の部屋を出て広々としたリビングに入る。

 そこにひとりの少女がいた。

 彼女がいる限りは大丈夫。


「お茶にしようか」と私は微笑みながら彼女に声を掛けた。




††††† 登場人物紹介 †††††


日野可恋・・・臨玲高校1年生。入学に際し数々の便宜を図ってもらう代わりに反理事長派の巣窟である生徒会を奪還するミッションを引き受けた。そのポイントが高階の無力化と考え半年間をかけて準備を調えてきた。


日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。可恋の同居人。狷介なところもある可恋の懐に入ることができる数少ない存在。


キャシー・フランクリン・・・G8、15歳。可恋をニンジャの師匠として慕っている。”虎”の拠点急襲で最大の不満は忍者装束を着れなかったこと。


高階たかしな円穂かずほ・・・臨玲高校3年生だったが退学した。生徒会に所属しクラブ連盟長として多額の部活動費をキックバックの形で着服していた。


岡本真澄・・・臨玲高校2年生。生徒会副会長。高階に裏切りを疑われ裸の写真を撮影されるという被害を受けた。

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