第135話 令和3年8月18日(水)「恋バナ」岡崎ひより
「もし、もしもの話だよ。もし淀野さんがまた二股しているのを知ったら、ひよりはどうする?」
「いろはを殺して、私も死ぬ」
即座に淀みなく答えた私は身を乗り出し、「もしかして何か知っているの?」と質問者の漣を問い詰めた。
彼女は慌てて首を横に振り、「違うって」と否定する。
だが、久しぶりに会った彼女に元気がないことは気になっていた。
私は疑うような視線で「いろはを庇わなくていいからね」と見つめたが、彼女は「本当に淀野さんのことじゃないから」と言い切った。
夏休みの終わりが間近に迫り、一緒に課題に取り組んでいたメンバーが集まることになった。
その場所として無駄に広い自宅を提供した私は買ってあったお菓子を振る舞おうと席を立ったが、漣が手伝うと言ってついて来た。
ふたりきりになったところで先ほどの言葉が投げ掛けられたのだ。
「キッカと何かあった?」
いつもキッカの隣りに座る漣が今日に限って少し離れた場所に座っていた。
キッカに変わった様子は見られなかったが、漣は落ち着きがないように感じた。
「べ、別に何もないよ」と漣は激しく否定する。
何か怪しい。
ふたりはこの夏休み中に課題をするという名目で何度も会って親密度をアップさせていた。
私はいろはとの交際を優先させていたので、ふたりきりで行動を共にすることも多かったようだ。
少し前はLINEのやり取りで漣がキッカを意識している素振りも見られた。
それなのに彼女が故郷の浜松に帰っている間はSNS上での連絡もほとんどなく、こちらに戻って来てからこの態度である。
ふたりの間に何か起きたと思うのが自然だろう。
「キッカって誰にでも優しいから不安になるよね。ちゃんと首根っこを掴んでおいた方が良いよ」
「そういうんじゃないから」
キッカは面倒見が良く、困っている子を見掛けたら損得を考えずに手を差し伸べる性格の持ち主だ。
そんな彼女は友だちとして尊敬に値する。
ただつき合う対象として見た場合は、もっと私だけを見てよと思ってしまうかもしれない。
誰にでも優しいは恋愛においては最悪だから。
漣は良い子だが自己主張は強くない。
猫を被っていた私と違い、いろはに狙われていたらいいようにあしらわれていただろう。
キッカに悪意はなくても、悩みを自分ひとりで抱え込んでしまうかもしれない。
私は友だちとして彼女をサポートしようと心に決めた。
漣を伴って小広間に戻る。
キッカは凛と話し込み、いろはは加藤さんを口説いていた。
私はトレイを漣に渡すと、いろはの耳をつねり上げる。
「イタタタタタッ。ひより、お前、ヤバすぎるって」
「いろはの浮気性も病気みたいなものね。治療のためだと思って心を鬼にしているの」
「浮気じゃないって!」
「本気ってこと?」と指先に力を入れる。
「違っ! 愛しているのはひよりだけだから! だから、暴力は止めよう。Mっ気はないんだ」
「Mだからお仕置きされるのが分かっているのにほかの人に手を出すのだと思っていたわ」
「本当にお前だけだから」と抱きついてきたのでようやく私は手を離す。
凛や加藤さんはいかがわしいものでも見るような目をこちらに向けているが、キッカや漣は慣れてきたのか呆れた顔になっただけだ。
私は「学校では気をつけてね。私が変人だと思われるから」といろはに注意する。
だが、いろはは「大丈夫。もうみんな知っているから」と意味不明なことを言った。
その後は雑談しながら加藤さんの課題の手伝いをするという流れになった。
手伝ってもらっている本人がいちばん雑談に参加しようとするのには閉口したが、彼女の「彼氏との出逢いが全然ない!」という言葉から恋バナへと移行していく。
「前の中学の友だちから合コンしようって誘いは来ているんだけどね」
キッカの発言に加藤さんが「行きたい! 行きたい!」と手を挙げる。
しかし、この場で乗り気なのは彼女ひとりだ。
「不純異性交遊禁止の校則は臨玲にもあるの」と話す凛は「LGBTQへの配慮を考慮するなら異性だけ禁止にするのはダメよね。不純同性交遊も禁止すべきなんじゃ」と言い出した。
「何だよそれ」と抗議するいろはを、「私たちは不純じゃないから大丈夫よ」と私は宥める。
「いや、不純というか不潔というか……」と口走る凛に「経験したことがないのに決めつけるのはどうなの?」と私が疑問を呈すと、「一回経験してみようか」といろはがいまにも襲いかからんとする。
私はその後頭部にチョップを入れて黙らせた。
かなり痛かったのか、いろはは涙目になって振り向いた。
「凛には森薗さんがいるから」と私が言うと、「森薗さんには染井さんがいるんじゃ……」と漣が口を挟み、「3Pのやり方を実技指導してやるよ」といろはが割り込んできて私からゲンコツを落とされる。
凛は顔を真っ赤にして、「彼女とはそんなんじゃないから」と叫んでいる。
キッカが「あんまりからかうなよ」と場を収めたが、いろはは「レズビアンの宣教師としてもっといろいろ教えてやらないと……」と呟き、私の手によってマスクの上から猿ぐつわをはめられた。
余計なことを言う人間がいなくなったので、私は改めてハッキリ言っておく。
凛を前に「私といろはや、キッカと漣は真剣に交際しているの。それを不純って言われたら良い気がしないよ。たとえ友だちでもね」と啖呵を切った。
凛は驚いた顔で私ではなくキッカと漣を見た。
キッカの表情に変化はないが、漣は思い詰めたような顔つきになっている。
私はその時になって勇み足だったと後悔したが、いちど口にした言葉は取り消せない。
「ふたりって……」と口を開く凛を遮り、「ふたりのことは私がそう思ったってだけだから」と弁明する。
だが、室内には気まずい空気が流れた。
他人の恋愛に口を出す気はさらさらないが、親しいこのふたりは私の頭の中ではもうカップル扱いになっていた。
「……」
無言で漣が立ち上がると、止める間もなく鞄を抱えて部屋から駆け出して行った。
キッカもその行動は予測していなかったようで呆気に取られている。
「ごめん、私のせいだ」と謝る横で、凛が「追い掛けていった方が良いよ」とキッカに声を掛ける。
頷いたキッカが私に「気にするな」と言って出て行った。
私は頭を抱えて顔を伏せた。
……調子に乗りすぎた。
ラブラブな日々が続いてデリカシーとか気遣いとかが薄れていた。
ピンクに染まった世界に浸り切っていたせいかもしれない。
「私もさっきは言い過ぎだった。ごめん」と凛が頭を下げた。
私は力なく首を横に振る。
凛は「私たちも帰るね」と加藤さんを連れて帰って行った。
私は何か言いたそうにゴソゴソしているいろはを見る。
猿ぐつわを外してあげると彼女は口を開いた。
「他人のことなんてどうでもいいじゃん。それよりセックスしよう」
……こいつはこういう奴だ。
††††† 登場人物紹介 †††††
岡崎ひより・・・臨玲高校1年生。シングルマザーだった母親が玉の輿に乗り一躍裕福な暮らしができるようになった。ただ庶民感覚が抜け切れていないのでキッカたちと行動することが多い。いろはとつき合っている。
飯島
淀野いろは・・・臨玲高校1年生。私立中学に通っていた時も複数の女子に同時に手を出していた。それが発覚したため外部進学で臨玲に来た。おとなしそうに見えたひよりを恋の虜にしたが、二股発覚後は尻に敷かれることに。
西口凛・・・臨玲高校1年生。立候補してクラス委員長になった。真面目な性格でクラスでは誰に対しても声を掛けている。だから森薗十織が特別ってことは決してない!
加藤リカ・・・臨玲高校1年生。玉の輿を目指してこの高校に入学したが、裕福なクラスメイトとは会話が噛み合わずキッカのグループに加わるようになった。
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