第56話 令和3年5月31日(月)「ミス臨玲コンテスト」岡本真澄

「元気そうね」と彼女は何ごともなかったかのような顔で話し掛けてきた。


「お久しぶりです、会長」と私は頭を下げる。


 今日を以て「前生徒会長」という肩書きとなる芳場さんは日々木さんがデザインした制服に身を包んでいた。

 私も同じ服装なのでペアルックのように見えてしまう。

 ほかの登壇者もこれを着る予定なのでみんなが揃えば気にならないだろうが、まだ慣れていないので違和感があった。


「歳下に使われるのは大変でしょう。何かあれば私に言いなさい。新会長に意見してあげるから」


 あなたにこき使われていた時ほどではありませんと言いたくなったが自重する。

 おそらくこれは私に気を使っての発言だからだ。

 高階さんによる私への仕打ちを止めなかったことへの恨みは消えていない。

 しかし、芳場さんもあれに衝撃を受けて日野さんによる高階さん排除に協力する決意を下したのだろう。

 謝ってもいないのに許そうとは思わないが、せいぜい利用させてもらおう。

 去年1年間尽くしてきたのだし、何と言っても首相の娘だ。

 いつか彼女の力を頼ることがあるかもしれない。

 その時まで一定の距離を保つ必要がある。

 私は笑みを浮かべて「よろしくお願いします」とおもねった。


 今日の午後は新生徒会長の就任式を兼ねたミス臨玲コンテストが開催される。

 各教室に映像を流すリモート開催であり、私が司会を仰せつかった。

 新生徒会は当面4人で稼働する。

 会長の日野さん、副会長の日々木さん、広報の初瀬さん、会長補佐の私の4人だ。

 私以外は1年生だが、実権は私がいちばん遠い位置に居る。


 生徒会の要職であるクラブ連盟長・副長も決まっているが部活動改革に限定されて任を受けることになったようだ。

 連盟長が茶道部の人間だからあまり生徒会内部に食い込ませたくないのだろう。

 一方、これまでの役職である会計と書記は現時点では空席となっている。


 もともと臨玲生徒会のもっとも大切な役割はセレモニーへの出席だ。

 校内外で臨玲の顔として様々な行事に参加する。

 そのため家柄格式や見た目で選ばれることが普通だったようだ。

 事務仕事は学校職員が担うので役職もあってないようなものだった。

 昔は他校との交流もあったようだが、今世紀に入り廃れたと聞いている。


 学園長と理事長が権力争いをする中で、有力な保護者と繋がりを持ちたい学園長は生徒会に数々の特権を与えた。

 それは学園長が失脚してからも残り、校内の反理事長派の拠り所となった。

 生徒会を無力化しようと学校職員の派遣を止められたものの、その窮地は篠塚先輩によって救われた。

 彼女が複数の職員が担っていた仕事をたったひとりでこなしてしまったがゆえに高階さんの暴走が可能だったとも言える。

 そんな生徒会を終焉に追い込んだのが日野さんだ。

 理事長派の彼女が生徒会長に就いたことで再び生徒会事務は職員に手伝ってもらうことになった。

 ただ完全に丸投げするのではなく、生徒会が業務を管理するそうだ。

 その役割を会長補佐の私が担当する。

 未成年の私が大人相手に仕事を割り振ることに抵抗を覚えたが、日野さんは「上に立つ経験を積んでください」と語った。


「来年度は私が補佐に就く予定です。生徒会の実務を担うトップという位置づけですので、存分に腕を振るってください。私だと周囲に無理をさせがちですが、岡本さんなら加減をしながらやってくれると信じています」


 そう言われて悪い気はしない。

 今回の就任式兼コンテストの準備でも思う存分腕を振るうことができた。

 昨年度までの会長のお守りとは大違いだ。

 私は生徒会に残る選択をして良かったと心から思う。


「これより臨玲高校生徒会会長の就任式及びミス臨玲コンテストを開催します」


 マイクを手に持ち私はカメラに向かって語り掛けた。

 この1週間、私のクラスでもコンテストの話題で持ちきりだった。

 全校の生徒全員が投票用のアプリを導入したのではないかと思う。

 日野さんがどこかから用意した怪しいアプリだが、みんな疑うことなく自分のスマートフォンにインストールしたようだ。

 今後このアプリを生徒会で活用していくと聞き、思わず私はスマートフォンから削除したいという誘惑に駆られた。

 誰がインストールし、誰が削除したか丸わかりなのでやりはしないが……。


 日々木さんがプロデュースした初瀬さんのショート映像が流れ、そのあと初瀬さんが登場する。

 整った顔立ちもさることながら、抜群の存在感を誇る少女だ。

 誰もが目を離さずにいられない。

 そんな特有のオーラをにじみ出している。


「アプリにも書いたように、ミスコンなんて初瀬紫苑らしくないと思っていました。しかし、臨玲の生徒としてみんなのために協力して欲しいと新生徒会長から説得されていま私はここにいます」


 語り掛けるような言葉に聞き入ってしまう。

 彼女もまた新しい制服姿で、モデルと見紛うばかりだ。


「私ができることと言えば演技です。プロモーションビデオに大きな反響があったことをとても嬉しく思います。多くの応援によって私も力をもらいました。みんな、ありがとう!」


 そう言うと彼女は鮮やかに投げキッスをしてみせた。

 まるで映画のワンシーンのような光景だ。

 横で見ている私でさえドキッとするのだから、カメラの向こうにいる生徒たちはときめいたことだろう。


 続いて荘厳な音楽とともに日々木さんの映像が流れる。

 この小ホールがまるで教会になったような厳かな雰囲気だ。

 そして自身がデザインした制服を着た日々木さんが悠然と姿を見せた。

 今日は特に美しい。

 作り物ではないかと疑ってしまうような完璧な造型。

 アルカイックスマイルを浮かべた少女がマイクの前に立つ。


「応援ありがとうございます。今日は出演者の方々にわたしが作った新しい制服を着ていただいています。ご協力感謝します」と彼女はわたしたちに優雅な仕草で謝意を表現する。


 そして彼女は祈るように胸の前で指を組むと、鳶色の瞳を輝かせて「私が今日勝利すれば、冬服への衣替えの時期までに新しい制服を導入すると誓います」と魅力的な提案を行った。

 現在私たちが着用しているのは夏服だが、臨玲で特に評価が低いのが冬服だ。

 年配の人からはこの高校の象徴として人気が高いものの、生徒の多くは不満を抱いている。

 彼女の言葉に心が揺さぶられた人も少なくないだろう。

 これは生徒会長選挙の公約のようにも感じるが、「ミスコンと言っても単に容姿だけで判断する時代ではないでしょう」と日野さんは日々木さんの活動を後押ししている。


 制服の変更に関しては理事長を始め反対派は少なくない。

 すんなりと進むかどうかは不確定だ。

 それでも日野さんは生徒会役員に限ってはこの制服の着用許可を取り付けた。

 日野さんと初瀬さんは入学に際して服装の自由を理事長から許されている。

 さらに生徒会を奪還した報酬としてその権利を少しだけ拡張できたようだ。

 私はその恩恵にあずかることができた。

 林原姉妹が悔しがりそうだと思うだけで胸がすく。


 いよいよアプリによる投票が始まる。

 私はどちらにも組みしないことを明らかにするため、投票を棄権した。

 全校生徒のほとんどと、唯一生徒外で投票を許可された――というより無理やり投票権を得た――理事長の投票が済み、投票時間の終了が告げられる。


 選挙管理委員会が用意したドラムロールの音楽とともに、モニターに赤と青のバーが映し出される。

 赤が日々木さん、青が初瀬さんの得票数を表している。


「結果発表です!」と私が告げると、両方のバーが伸びていき中央で激突した。


 だが、すぐに青がどんどんと押していく。

 赤が絶体絶命というところまで押し込まれドラムロールが絶頂を迎えた時、赤が急速に押し戻した。


「勝者は初瀬紫苑さん!」


 残念ながら赤のバーは全体の三分の一のところで止まってしまった。

 アプリ上では日々木さんを押す支持者のアピールが目立っていたが、やはり初瀬さんのあのプロモーションビデオの効果は絶大だったようだ。


 日野さんが舞台に現れた。

 彼女はこの中でただひとり冬服を着ている。

 しかも、スラックス姿だ。

 デザインは私たちと同じく日々木さんによる新しい制服だ。

 スラックス姿は見慣れたはずなのに今日は一段と凜々しく感じる。

 彼女は大きな花束を持って登壇し、それを初瀬さんに差し出して「おめでとう」と祝福した。


「頬にキスして。それでチャラにしてあげるから」


 初瀬さんが小声で日野さんに囁いた。

 私はふたりのミスコン参加者の間に立っていたので耳に届いた。

 日野さんは祝福する笑顔を湛えたまま初瀬さんの頬に口づけをする。

 美男美女のキスシーンに見えてしまい、間近にいる私は悲鳴を上げそうになり慌てて口元を押さえた。


「……可恋」という呟きが反対側から聞こえた。


 そちらに目を向けると、いたいけな少女の顔には笑みが貼りついている。

 だが、その瞳には悔しさがにじみ出ていた。

 私はこれから1年間この3人の間に入って生徒会活動を行わなければならない。

 ある意味、昨年度までとは異なる大変さが待ち受けているようで背筋に冷たいものが流れた。




††††† 登場人物紹介 †††††


岡本真澄・・・臨玲高校2年生。昨年度生徒会副会長を務め4月の生徒会長選挙に立候補したが選挙直前に辞退した。今年度は生徒会長補佐という新設された役職に就く。自分の優秀さを家族に見せつけたいという思いが強い。


芳場美優希・・・臨玲高校3年生。前生徒会長。現職総理の三女。反理事長派の中核として好き放題振る舞っていたが、高階を切るよう可恋に迫られそれを飲んだ。過去の行動については可恋から免責されている。


高階たかしな円穂かずほ・・・生徒会役員のクラブ連盟長として不正を働く。また反社会的勢力との繋がりを持ち、臨玲の生徒を悪の道に引き込んでいた。可恋による追及の結果退学に追い込まれ、現在強制入院の措置が取られている。


林原あおあか・・・臨玲高校2年生。昨年度生徒会副書記だった。実務は行わず、見た目の良さを買われて抜擢された双子。


篠塚清子せいこ・・・臨玲高校3年生。学校職員の協力を得られなくなった生徒会で実務をひとりで担当していた前生徒会会計。強い権限を持つ人物から命じられたことは唯々諾々と従う性格。


初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。カリスマ女優。露出が非常に少なく、ミステリアスな印象であることも人気を高める要因となっていた。生徒会広報に就任する。


日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。ロシア系の血を引く美少女。幼い頃からファッションデザイナーを目指し研鑽に励んでいる。可恋のパートナー。生徒会副会長に就任し、来年度の会長昇格を言い渡されている。


日野可恋・・・臨玲高校1年生。入学前に理事長から反理事長派の生徒会を乗っ取る依頼を受けそれを達成した新生徒会長。部活改革や制服変更に向けた運動に着手しているが……。


 * * *


 ミス臨玲コンテストが終わると次は就任式だ。

 まずは私が新生徒会の役員名を読み上げる。

 目の前に生徒たちがいれば反応が確認できたのにそれが叶わないのは残念だった。


 続いてマイクを持った日野さんがカメラの前に立つ。

 生徒会長として所信表明の場だ。

 過去に入学式で生徒会を叩き潰すと宣言した人だけに、私は警戒感を持って聞き耳を立てていた。


「臨玲高等学校生徒会会長の日野可恋です。よろしくお願いします」と言って一礼した彼女はカメラに向かって微笑んだ。


「現在は変革の時代です。それはこの学校にも及んでいます。もう何の対価も払わずにぬくぬくと過ごすことはできなくなりました。それは生徒も、教師も、職員も、理事も、理事長も同様です」


 これってもしかして理事長に喧嘩を売っているのでは……。

 私は自分の顔が引きつるのを感じた。


「臨玲を再生させます。そのための痛みを分かち合いましょう」


 ほかの生徒も、教師も、職員も、理事も、理事長も、すべてを敵に回すつもり?

 足下がグラリと揺れたように感じる。

 私は顔を青ざめながら、生徒会に残った決断が正しかったのかどうかという疑問が頭の中を渦巻くのを止められなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る