第17話 令和3年4月22日(木)「地獄への誘い」高階円穂
連絡がつかなくなって2日半が経った。
月曜日の夜オレは”虎”のメンバーと会った。
これからのことを相談するためだ。
特にあのクソ生意気な1年生が欠席し、チャンスだと感じたことが大きい。
彼らの反応は鈍かった。
金と女に不自由していないいまの暮らしにすっかり満足している。
チーム名は勇ましいが中身は好きなだけ遊べたら満足するただのガキ共だ。
初瀬紫苑の名前を出しても、食いつくよりもリスクの高さを懸念していた。
そういう用心深さがあったからここまでやって来れたのは事実だ。
悪いことじゃない。
だが、オレは満足していない。
話し合いはオレが一方的にアイツらを詰ることとなった。
これまで誰のお蔭で成功してきたのか。
それを忘れていやがる。
最後は渋々といった顔でオレの計画に従うことを認めたが、その直後から連絡が途絶えた。
ばっくれた可能性はある。
アイツらの弱みは握っているが、姿をくらましたら関係ないと考えたのかもしれない。
パクられた可能性ももちろんある。
ただし、その場合はオレの周辺にも警察の動きがあるはずだ。
この2日間そういった様子は感じられなかった。
「ああっ、クソっ」
たとえ”虎”がいなくなったとしても力を借りる当てはいくつかある。
問題はその代償を求められることだ。
これまで”虎”とうまくやっていたので、これからもそのつもりでいた。
それをまた一から構築し直さなければならない。
しかも、早急に。
生徒会長選挙は明日だ。
このまま何ごともなく副会長が会長になれば急ぐ必要はない。
だが、あのガキがおとなしくしているとは思えなかった。
頑丈な格子のついた窓から眩しい明かりが差し込んできている。
昼休みの生徒会室はオレ以外に人の姿はなかった。
生徒会の連中は明日の選挙のために校内を回っている。
オレは薄暗い部屋の中で苛立ちを募らせていた。
昼休みも半ばを過ぎると校内のざわめきがここまで聞こえるようになってくる。
そうした声のひとつひとつがオレの癇に障った。
自分の鞄を引き寄せる。
その底にあるナイフを取り出す。
銃刀法に抵触しないように小型化されているが、戦闘用ナイフを元に作成されたものだ。
刃の切れ味は本物同様。
革製のカバーを外すと白い刀身が現れた。
人を殺めるために作られた武器。
その無骨さがオレを魅了する。
グリップを握り、これを使う時を想像する。
それこそが至福の時間だ。
オレは人が楽しそうにしている姿を見ると無性に腹が立った。
笑い声を聞くと虫酸が走る。
とりわけ女が嫌いだった。
男に生まれていれば屈服させるのも簡単だったかもしれない。
だが、オレは女に生まれ、ひとりの力では欲望を満たすことができなかった。
「切り刻みてえ……」
ナイフを見つめていると本音が漏れる。
いっそ欲望に任せて行動してしまえばいいという衝動が起きる。
一方で、オレが破滅すると喜ぶ女どもがいると思うと、グッと堪える気持ちが湧いてくる。
やるなら18歳の誕生日前がいいか。
しかし、オレの手だとひとりかふたりで精一杯だ。
もっと大勢が苦しむ姿が見たいのに。
どうせならこの学校中の女を阿鼻叫喚の渦に巻き込みたい。
泣き叫び、助けを求め、恥辱を受け、ボロ雑巾のように蹂躙される。
想像しただけで興奮してくる。
「ヤツらと手を組むか」
もう”虎”のことは諦めよう。
オレは決断を下す。
もっと獰猛で凶悪なチームと手を組む。
虎のように気取ったヤツらではなく、ハイエナのように貪欲な者たちと。
関東で屈指の半グレ集団とは”虎”を通じてパイプがある。
ヘッドとの面識はないが、女好きとして有名だから初瀬紫苑を餌にすれば食いつくはずだ。
下っ端は”虎”よりかなり粗野な印象だが、そういうヤツらに臨玲のお嬢様気取りをレイプさせるのも一興だ。
女選びでも”虎”は慎重だった。
家柄、家族構成、性格、友人の有無などかなり細かなところまで見極めてから落としにかかった。
ひとりの女を自分たちに都合良く従わせるために要した時間もかなりのものだ。
これまでの2年間で裏世界に引きずり込んだ女の数はたかが知れている。
ヤツらなら人数も多いし、少々トラブルが起きたところで暴力で解決できるだろう。
どうせなら臨玲の生徒全員の絶望する顔を見るというオレの願いを叶えて欲しいものだ。
オレはナイフをしまうとスマホを取り出した。
ナンバーツーの男とは連絡先を交換してある。
『なんだ。”虎”の女か』
簡単に挨拶を済ませ、『”虎”と連絡が取れなくなったんスけど、何か聞いてませんか? パクられたとか、ヤバい奴に目をつけられたとか』と探りを入れる。
相手は『いや……』と答えたあとしばらく間を置いて、『知らねえな』と続けた。
『困ってるんスよ。そこで、力を貸して欲しいなって』
男はスケベったらしい声で『お前には世話になったからな』と聞く姿勢になった。
オレは『そちらのリーダーさんに取り次いでもらえないスか?』と下手に出る。
もちろん、『臨玲に初瀬紫苑が入ったんスよ。彼女をリーダーさんに……』と餌もぶら下げておく。
『待ってろ。掛け直す』とすぐに男は電話を切った。
脈ありと言っていいだろう。
まだ交渉のテーブルにつくという段階だが、十分に勝算はある。
久しぶりに頭の中がスッキリした気分になる。
その時、生徒会室の扉が開いた。
振り返ると生徒会長の美優希と同じ3年生の瞳がいた。
そろそろ昼休みが終わりなので戻って来たのだろう。
美優希はオレの様子を窺いながら自分の席に行き、すぐに「教室に戻ります」と出て行こうとした。
「美優希」とオレは呼び止める。
勘が囁く。
この前もあったが、オレはこの直感を信用していた。
美優希は何かを隠している。
気位の高い彼女の顔は青ざめていた。
この前の見せしめで生徒会の連中が裏切ることはないと考えていたが、生徒会長はまだオレを甘く見ているようだ。
「オレに言わなきゃいけないことがあるだろ?」
美優希は追い詰められた表情をしている。
オレはゆっくりと立ち上がった。
「言え」と命じる。
相手の顔が歪む。
普段とはまったく異なる屈辱にまみれた表情だ。
ゾクゾクしてくる。
ナイフを取り出し時間を掛けてじわじわなぶり殺したいという欲求が心の奥底から湧き出す。
毎日毎日そんな欲望と向き合っているんだぜ。
どれだけオレが辛抱強いことか。
「隠していた訳じゃないの」
顔には恐怖が貼りついているのに、まだ声にはお嬢様としてのプライドがあった。
そのプライドを踏みにじりたい。
これまで生徒会長ということで少しは顔を立てていたが、もうそれは不要かもしれない。
この機会に……。
「日野が……」と美優希が口にしたところでオレのスマホが着信を伝えた。
時間切れだ。
オレは「ああっ、クソっ」と吐き捨てる。
顎でふたりに出て行くよう促す。
ふたりは逃げ出すように生徒会室を出た。
オレは生徒会室の頑丈な扉――外側からは生体認証でしか開かない――に内側から錠をして誰も入れなくする。
それから電話に出た。
この交渉を成功させる。
そうすればより強大な力が手に入る。
そして、臨玲を地獄に導くのだ。
††††† 登場人物紹介 †††††
芳場美優希・・・臨玲高校3年生。生徒会長。現職総理大臣の実娘。高慢なお嬢様だが円穂に対しては苦手意識を持っている。
名垣瞳・・・臨玲高校3年生。生徒会書記。
岡本真澄・・・臨玲高校2年生。生徒会副会長。明日行われる生徒会長選挙に立候補している。円穂から裏切りを疑われ、ほかの役員がいる前で全裸の写真を撮影された。
日野可恋・・・臨玲高校1年生。明日行われる生徒会長選挙に立候補している。しかし、今週に入ってからずっと登校していない。
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