第97話 令和3年7月11日(日)「ガールズトーク」仁科永和
「まったくさー、たった5分で済む話をするだけなのに休日に呼びつけるとかマジ最悪なんだけど」
「カンの奴、トワに気があるんじゃね。いっつもヤラシー目で見てるし」
「やめてよ! 30過ぎってもうオジサンじゃない」
「あれで、若いつもりなのよ」
女子が8人も集まるとお喋りが止まらない。
ましてや誰かの悪口となると。
ここは高女の名で知られる鎌倉にある女子高の生徒会室だ。
日曜日だというのに運営会議の名目で呼び出され、カンと蔭であだ名される担当教師から連絡を受けたところだった。
彼がこの部屋を出た途端に不満と陰口のオンパレードとなったのは致し方ないことだろう。
「オンラインで済ますか、せめて明日にしてくれれば良かったのにね」
いちばん無難な発言をしたのは美化委員長のみずきで、ほかの面々は死ねだのハゲだの口汚い言葉を使用している。
なお、彼の名誉のために言っておくとまだハゲてはいない。
時間の問題だろうというのが我々の総意ではあったが。
「教頭に訴えようぜ」と風紀委員長のユカコが口にするが、「じゃあ、ユカコがやってよ」と周りは言い出しっぺに任せようとするのでなかなか埒が明かない。
「セクハラの決定的証拠があれば……」「トワ、誘惑してみたら?」
好き勝手に発言する友人たちを前に私は「ヤだよ」と断言した。
しかし、彼女たちはどうやってカンを罠に陥れるかで盛り上がりだした。
結局は口だけで行動に起こせる者はいない。
溜め込んだ不満を発散するためだけのお喋りだ。
それが分かっているので、ひとしきり自由にガス抜きをさせた。
その間に私はカンから渡された企画書に目を通していた。
作成したのは臨玲高校の生徒会だという。
鎌倉には3つの有名な女子高があり、そのうちのひとつだ。
昔は高女、東女、臨玲の三大女子高は互いの文化祭で協力したりしていたようだが、いつしかそういう関係は解消されたと聞いている。
それが今回、向こうから共同イベントを提案してきたのだった。
「カンが持って来たってことは学校サイドも乗り気なのかな?」と私に声を掛けたのは学園祭実行委員長のソメノだ。
「でも、あたしたちが卒業してからの話なんでしょ」と興味がない顔で語るのは広報委員長のエリカ。
「来年のゴールデンウィークだものね」「あー、もう卒業か」「JKでなくなるとかヤバいじゃん!」「自粛自粛でパッとしないまま終わりそうだものね」「彼氏欲しい!」「最近合コンのお誘い減ったよねー」「ゆえ、受験に専念するって聞いたよ」
「アフターコロナのイベントだから、コロナ禍で学校生活を楽しめなかった卒業生にも門戸を開くって書いてある」
私が企画書にあったイベントの趣旨を述べると、すぐさま「こんな生活に本当に終わりが来るの?」と疑問の声が上がった。
気持ちはよく分かる。
私も同じような感覚だからだ。
1年以上に及ぶウィズコロナの生活はもう永遠に続いてしまうのではないかと心のどこかで思うようになった。
昔の生活に戻れると言われても素直に信じられない。
「10ヶ月も先の事なんて分かんないよね」という声に「でも、準備を進めておかないとできないものね」と私は反論する。
ここにいるメンバーは各種委員会のトップなので、学校行事の大変さは身に沁みて知っているはずだ。
毎年行う恒例行事ですらそうなのだから、突発的なイベントだと準備に時間が掛かるだろう。
3校共同ともなれば尚更だ。
「オリンピックみたいに終息していないのに止められなくなるってパターンになるんじゃないの?」
保健委員長の桜子の意見に全員が納得の表情を見せた。
私は「感染の状況によっては中止・延期・プランBといった計画変更を考えるんだって。あらかじめここに細かく書いてあるよ」と企画書を掲げてみせた。
どの段階でどういう判断を下すのかのシミュレーションや、通常の開催ができない場合に備えてオンラインに切り換える選択肢を考慮しながら計画を立てていくと記されている。
本当に生徒会の役員が作ったのかどうかは分からないが、読みやすく説得力のある企画書だった。
「ま、学校側がやるって決めたんなら従うしかねーけどな」とユカコが伸びをしながら言うと、「カンの独走ってことはないよね?」と運営委員長のキョウカが訝しんだ。
生徒会室が静寂に包まれる。
そんな疑いを掛けられるほどあの教師は信用がない。
とはいえ、確認に動こうというフットワークと責任感のある生徒はいなかった。
「2年に丸投げでいいんじゃね?」とひとりが言い出すと全員がその気になる。
臨玲や東女はすでに新しい生徒会が発足しているらしいが、内部進学の多い高女は生徒会や委員会の任期は秋までとなっている。
私たちが卒業後のイベントなのだから新しいメンバーが担った方がいいという正論には甘美な響きがあった。
後輩たちは大変だろうが、秋に就任してからでも次のゴールデンウィークまでには時間があるのでなんとかなるだろう。
それで話がまとまりかけたところで普段口数の少ない図書委員長のリカが「だけど……」と呟いた。
私は「どうしたの?」と怯えさせないように優しく声を掛ける。
「臨玲の生徒会には初瀬紫苑さんがいるんだよね?」
私は手元にある企画書の最後のページをめくる。
そこには企画に関わったと思われる臨玲高校生徒会のメンバー4人の名前が掲載されていた。
小さい文字だったので見落としていたが、ハッキリと初瀬紫苑の名前があった。
「もしかしてうちの学校で会議とかしたら初瀬紫苑が来る?」と興奮気味に話すのはエリカだ。
ほかの出席者も「ヤベー」「サインとかもらえるかな?」「えっ、自慢できるじゃん」「仲良くなってゆくゆくは芸能界に……」「無理だって」と反応がガラリと変わった。
基本的にうちの学校にはミーハーが多い。
それは学校のトップに位置する私たちも同様だ。
「生徒会長の私が責任を持って担当するね」
「待って。学園祭実行委員長のわたしが引き受けるべきじゃないかな」「いや、ここは公平に」「広報は外せないでしょ」「カンが持って来たんだから運営委員長が」「初瀬さんのファンなの……」
この学校では生徒会長の権威がないに等しいが、それにしたって蔑ろに過ぎる。
生徒の代表者が誰であるか、ここにいる全員に教えてあげなくてはいけない。
「お願い! アイス奢るから私を担当から外さないでね!」
††††† 登場人物紹介 †††††
仁科
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。令和元年に公開された映画で一躍ブレイクを果たし、若者に圧倒的な人気を得た。事務所が露出をうまく制限し、その人気を維持している。
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