第382話 令和4年4月22日(金)「合同フェスの進捗」佐々木旭

 東女では3校合同フェスの開催が正式決定してからイベント企画室を設置している。

 置かれた当初はまだ時間に余裕があったのでのんびりしたムードが漂っていた。

 しかし、残り2週間を切ったいま”混沌の極み”といった状況になってしまっている。


「とにかく、このままでは東女うちだけが誰にも注目されないで終わってしまうよ!」


「そうは言ってももう時間がないでしょ。変更は無理よ!」


 私の目の前で角突き合わせているのはクリスとユラ。

 ふたりとも副室長を拝命されている。

 本来なら室長である私がふたりの間に立つべきなのだが、どちらも自分の主張を曲げようとはしないので最近は見守るだけである。


 4月に入ってすぐにこの合同フェスに参加する3校のメインイベントの詳細が公表された。

 もちろん我々は他校の企画内容についてある程度知ってはいたのだが、その発表で東女うち以外の2校の本気度が見えてきたのだ。

 合同フェスの提唱者である臨玲は創立120周年記念と合わせて大々的なファッションショーを行うことになった。

 いまや県内で有名になった新しい制服をアピールするとともに、在籍する人気女優の初瀬紫苑さんを前面に押し立てたイベントである。

 多額の予算を投入し、モデル以外は一流のプロを集めた。

 学生イベントの規模を遥かに超えていて、深夜枠でテレビ放送もされる。


 高女もかなり本格的なライブコンサートになるようだ。

 学生枠とは別にゲスト枠を設け、そこには若者に人気のアーティストやバンドが参加することになっている。

 私たちも4月の発表で知った情報であり、臨玲の引き立て役になってしまうことを恐れた学校サイドがギリギリのタイミングで打ち出した企画らしい。

 高女の実行委員たちはゲスト枠に関与できないと嘆いていたが、それでもイベントの成功は確信している様子だった。


 高女にまで出し抜かれた東女うちは参加型のクイズ大会を計画している。

 学業第一の東女らしい催しではあるが、ほかの2校と比べて見劣りするのは事実だろう。


 クリスは計画の大幅な見直しを求めている。

 私に言っても埒が明かないと頭越しに生徒会長や教師にも直訴しているようだ。

 一方のユラはそんなクリスに批判的だ。

 学校側からの協力が乏しい東女うちは準備を生徒の手のみで進めなければならない。

 東女うちだけショボいという雰囲気が蔓延し、文化祭の時のような盛り上がりに欠けている。

 このままでは進捗に遅れが出かねない。

 こんな状況で計画の見直しなんて不可能だというのがユラの意見だ。


「初瀬紫苑が東女うちに来るだけで満足していればいいじゃない。フェスは粛々と開催して、盛り上がるのは次の文化祭で十分でしょ」


「ユラにはプライドってものがないの? 限られた時間の中でも最善を尽くすべきよ!」


「クリスは理想主義なだけじゃない。クイズ大会すら満足にできなければみんなの笑いものになるのよ」


「理想を掲げて邁進しろってのが我が校の理念だろ! 若いのにババ臭いこと言いやがって」


「何よ! クリスの考え方はただのガキじゃない!」


「まあまあまあ」と割って入ると、ヒートアップしているふたりは「どっちの味方なんですか?」と突然私に迫った。


「どちらも間違ってはいないけど……」と曖昧に誤魔化すと「それだから日本人は!」とこういう時だけは息がピッタリ揃う。


 クリスはアメリカ人でユラは韓国人。

 ともに日本育ちと言えるほど長くここで暮らしている。

 日本語もペラペラだ。

 それでも気質には日本人との違いを感じることが多い。


「あまり旭を困らせないで」と言いながら入って来たのは生徒会長の梢だ。


 クリスが話し掛けようとするのを手で制し、梢は「学校側と協議してきました」と私たちに告げた。

 固唾を飲んで彼女の言葉の続きを待つ。

 学校の許可が下りなければどれほどクリスが騒ごうと計画変更は難しい。

 ユラが言うようにいまある計画を最後までやり遂げるしかない。


 梢はもったいぶってなかなか協議の結果を話そうとしない。

 企画室のトップ3人の顔を見比べるように眺めている。


「学校サイドも問題は認識しています。ただ準備のための活動時間に多少の融通を利かせる程度のことしかできないと言われました。その上で変更が可能ならば実施して構わないそうです」


「それって、生徒に丸投げってことじゃん」と罵ったのはユラだ。


 クリスも手放しでは喜べなかったようだが、すぐに立ち直り「ゴーサインが出た! すぐに新しい企画を立ち上げよう!」と拳を握った。

 そこに「クリスがいままでに出した案は時間的にも予算的にも無理だからね」と極めて冷たい声でユラが釘を刺す。

 機先を制されたクリスは一瞬言葉に詰まり、それでも「急いで考えよう」とあくまで前向きだ。


「状況、良くなってないよね。むしろ悪化したような……」


「誰だって責任は取りたくないから」と私の呟きを拾った生徒会長が悟り切ったように話す。


 そして、彼女は私の肩を叩き「頑張って」と無責任に声を掛けた。

 つまり、全責任を押しつけられたのは私……。


「この埋め合わせはいつかそのうち……」と笑いながら梢は部屋を出て行った。


「室長も案を出してください!」と副室長ふたりに詰め寄られ、私は困り果てたら笑って誤魔化すしかできなくなるのだということを学んだ。




††††† 登場人物紹介 †††††


佐々木旭・・・東女の3年生。合同フェスのためのイベント企画室室長。


クリスティナ・ジョアン・スミス・・・東女の2年生。副室長。アメリカ国籍だが日本での滞在歴の方が長い。


キム・ユラ・・・東女の2年生。副室長。韓国籍。東女は外国籍を積極的に受け入れておりカリキュラムも充実している。


大川梢・・・東女の3年生。生徒会長。東女では6月に開催される文化祭がもっとも盛り上がり、それが終わると生徒会が代替わりする。


初瀬紫苑・・・臨玲高校2年生。若い世代から絶大な人気を誇る映画女優。合同フェスではシンボル的な役割を担わされ、各校のメインイベントに参加することが決まっている。

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