第43話 令和3年5月18日(火)「高階先輩救出作戦(嘘)」関いつき
「
僕の呼び掛けによって彼女の落ち窪んだ目に光が差し込んだように見えた。
ま、ただの光の加減だったかもしれないけど。
枯れ枝のようにポキッと折れそうな細い腕にあった点滴の管を力任せに引き抜くと、僕は先輩の身体を持ち上げた。
軽い。
風が強く吹けば空高く飛んで行ってしまいそうなくらい軽い。
「何をしている!」「待ちなさい、君!」
警備の男たちが現れた。
ゲームならこういうモブキャラを軽く捻って救出成功となるところだが、現実では簡単にゲームオーバーとなってしまう。
「あーあ、お姫様……じゃないですね。死神を冥府から救い出すことは僕には無理だったようです」
僕は腕の中に抱えたままの高階さんに笑ってみせた。
その目は虚ろで、どこまで声が届いているのか分からない。
「たぶんもう二度と会えないでしょう。楽しかったですよ、先輩」
* * *
僕の趣味はプロレスだ。
幼い頃から大好きだった。
かじりつくように動画や配信を見ていた。
自分でもやってみたいと思うようにもなった。
親には反対された。
良いところの娘がやるようなものじゃないと。
そりゃそうだ。
しかし、ダメと言われたら余計に燃えるのが人情だ。
子どもながらにどうすればプロレスラーになれるか考えた。
観戦までは止められなかったので、プロレスを見続けた。
会場にもよく連れて行ってもらった。
両親は基本的に僕に甘い。
ファンとして楽しむ分には文句を言われなかった。
もちろんトレーニングもした。
習い事も兼ねて身体を動かす系のものはいろいろやってみた。
護身術として合気道を教わったり、バレエ教室に通ったりと。
でも、それよりも学校で下っ端相手に技を掛けるのが楽しかった。
怪我をさせてしまうこともあったけど、お金で解決したり口止めしたりとどんどん悪知恵がついていった。
そんな僕を見かねて両親はお嬢様学校に進学させた。
いろいろバレていたのだろう。
僕にとっての牢獄、それが臨玲高校だ。
そこで1学年上の高階先輩に出会う。
僕が部活を探している時だった。
この学校には強い運動部がない。
どうしたものかと思っていたら、自分で作ってみたらと友人に言われた。
新しいクラブを作る窓口がクラブ連盟という組織だ。
活動費や部室の割り当てなどクラブの運営を生徒が行っていると聞いてさすが高校と感心したものだ。
そのトップにいたのが高階さんで、僕が格闘技研究会(プロレス研究会だとバレた時に親が良い顔をしないと考えた)を作る手助けをしてくれた。
そして部員の数を水増しし、多額の部費を得た。
それを彼女に渡して様々な便宜を図ってもらった。
さらには彼女の口利きでクラブ連盟副長に抜擢され生徒会に加わった。
これにより少々トラブルを起こしてももみ消せるようになった。
しかし、部活を作ったところで同好の士が湧いて出て来る訳じゃない。
トレーニングはしていたが、プロレスをしたいという欲求は満足できない。
クラスメイトを相手にしようとしたら厄介な連中が喧嘩を売ってきた。
奴らは貧乏人をかばい立てした。
彼女たちは自分の家柄を鼻にかけ、僕の家ですら成り上がり者扱いをする。
それでいてノブレス・オブリージュ(貴族の嗜み)として弱い者を守らねばならないなんて言っていた。
それが鼻持ちならない集団――茶道部の誇りだと言うのだから頭のネジが抜けているとしか思えない。
生徒会と茶道部は伝統的に対立することが多く、簡単には手を出せなかった。
共に有力者がバックにいて、明らかな非を見せるのは得策ではない。
僕がクラブ連盟長になったら茶道部とのパワーバランスを崩したいと企んでいた。
その直前に高階さんが退学処分を受けた。
首謀者は日野という1年生だ。
僕よりガタイが良く、鍛えている感じがした。
話によると空手をやっているそうだ。
生徒会長選挙に立候補する前に彼女が2年の教室に来たので「一回手合わせしよーぜ」と言ったら、「試合形式ならお相手しますよ。たとえ死んでも事故で済みますし」と真顔で答えていた。
あれは本気の目だった。
高階さんもヤバい人だけど、アイツも相当ヤバいヤツだ。
本能で分かる。
手を出すことを諦めて傍観していたら、ヤツは高階さんを退学に追い込み僕のクラブ連盟長昇格も白紙になった。
選挙後の生徒会はやることがない。
仕事は以前からしていなかったが、盤石に見えた権力が失われてしまい周りが言うことを聞かなくなった。
あれだけ日野を敵視していた生徒会長はいつの間にか彼女に丸め込まれていた。
副会長だった真澄は日野に寝返った。
高校入学後退屈を紛らわせてくれたのは生徒会だったのに、そんな学校生活が終わろうとしていた。
「高階さん、どうしてるんでしょうね」と僕がポツリと呟くと、生徒会長が「県内のT病院に入院しているそうよ」と教えてくれた。
「みんなでお見舞いに行きませんか?」と提案したものの、ほかのメンバーは顔を見合わせるばかりで誰も乗り気ではなかった。
林原姉妹に至っては「ああいう病院に行くだけで悪い噂が立つんじゃない」と口を揃えた。
それもあるが、生徒会メンバーも心の中では高階さんを恐れて近づきたくないのだろう。
「じゃあ僕ひとりで行きますね」と言ったが、面会の許可は下りなかった。
ダメと言われたら余計に燃えるのが僕の性格だ。
親に言うと反対されそうだったので、会長の口利きを頼むことにした。
高階さんは裏金を作ってそれを惜しみなく生徒会役員や各クラブの有力者に配っていた。
いろいろとバカな遊びもしたが、そのための費用は裏帳簿から出ている。
新生徒会長との間ではその辺りをうやむやにするという取り決めがされたようだが、僕だって証拠のひとつやふたつは握っている。
それを利用して会長の首を縦に振らせることに成功した。
さすが現職総理の娘の力。
いや、総理というより県内選出代議士の権力によるものか。
指定された日は中間試験の真っ只中だったが、学校をサボらずに済んでかえって良かったかもしれない。
なにせ病院があるのは山奥だ。
タクシーを降りた時には身体がバキバキに固くなるほどたどり着くのに時間が掛かった。
森の中にポッカリ開けた駐車場。
その隣りに立つ鉄筋コンクリートの建物。
一見普通だが窓が少なく、空が雲に覆われているせいか棺桶のように僕の目に映った。
そういうのは信じていないが人の邪念や怨念が詰まっていそうだ。
僕は指をポキポキ鳴らしてから建物に入って行く。
受付で学生証を提示し、出て来た職員に案内されて病室へ向かった。
エレベーターは清潔で明るいのにそこから一歩出るとどんよりとした雰囲気が漂っていた。
静かだ。
本当に入院患者なんているのだろうか。
聞こえるのは廊下を歩く職員と僕の足音だけ。
やがてひとつの扉の前で彼が立ち止まる。
「ここです」と言った男性職員は事細かな注意を早口でまくし立てた。
そして、最後に「絶対に騒ぎは起こさないでください」と念を押す。
僕は神妙な顔で「分かりました」と頷いた。
彼がカードキーでドアを開ける。
想像していたよりは広い部屋だった。
奥の壁際にベッドがあり、その上にミイラが寝そべっていた。
肌が露出していたのは顔だけだったが、本当にミイラかと思うほど肌が荒れていたのだ。
負けたらこうなるんだと僕は目に焼き付ける。
「高階さん、生きていますか?」と僕は彼女に近づく。
「やめなさい」と職員が手を伸ばすが、それを払いのけて。
実際に臭いがしたのかは分からないが、腐臭のようなものを感じた。
このまま朽ちていく臭い。
哀れだった。
美人だった時の面影すら消えていた。
あまりの醜さに僕としては珍しく憐憫の情が心に芽生えた。
……ワンチャンあってもいいよね。
そんな想いから彼女を連れて脱出しようとしたが、突然の思いつきが叶うことはなかった。
* * *
男性職員は「先生に報告しますから」と怒り心頭だ。
口利きをした議員の事務所にあらましを告げるつもりだろう。
僕は大柄な警備員ふたりに両脇を抱えられ病院から放り出された。
ポツリポツリと黒い空から水滴が落ちてくるのを感じる。
僕の家が全力で事に当たれば高階さんを退院させることはできるかもしれない。
だが、両親が協力することなどあり得ない。
それに、僕も。
やっぱり、他人に頼らねば生きられないのなら死んだ方がマシだ。
勝った者が正義なのだ。
生徒会という後ろ盾を失った僕は負けないためにどうすべきか考えなきゃいけない。
大きく伸びをして上空を見つめる。
そこにはどす黒く渦巻く暗雲が垂れ込めていた。
人の気配はなく、たったひとりで世界と対峙している気分になる。
こんなシチュエーションで燃えなきゃおかしいよね。
高揚感の中で、何かを成し遂げようと心に決めた。
それは何だっていい。
この、高階さんから受け継いだと勝手に思っている熱を燃やし尽くせるのなら。
……次はうまくやるよ。
††††† 登場人物紹介 †††††
関いつき・・・臨玲高校2年生。生徒会役員であるクラブ連盟副長に就いていたが新生徒会には席がないと日野から告げられている。格闘技研究会会長。祖父は医療法人グループの経営者。
芳場美優希・・・臨玲高校3年生。生徒会長。現職総理の娘。三女だが後妻の唯一の実子であり、その後妻が地盤を支えているため秘書たちも彼女には甘い。
岡本真澄・・・臨玲高校2年生。生徒会副会長。大手製薬会社創業家一族。自分より出来の悪い兄が家を継ぐことに不満を抱いている。
日野可恋・・・臨玲高校1年生。次期生徒会長。
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