第44話 令和3年5月19日(水)「クラブ連盟会議」湯崎あみ
ようやく試験は終わったものの今日はまだ帰ることができない。
このあとに講堂でクラブ連盟会議が開かれるのだ。
外は朝よりも雨脚が強くなっている。
いつもなら足取りも重くなりそうなところだが、今日のわたしは違った。
「先輩! お待たせです!」
後輩の弾むような声にわたしの心は浮き立った。
クラブ連盟会議は基本的に各クラブからひとりの参加と決められている。
ただ新年度最初となる今回は引き継ぎを兼ねてふたりの参加が認められていた。
実際は厳密に守られている訳ではなく、仲の良い友だちと一緒に会議に顔を出す生徒も見掛ける。
しかし、いままで一緒に行こうと誘うことができなかったわたしにとってはまたとない機会だった。
「今日はちょっと寒いですね」
こんな時に卒業した先輩だったら「私が温めてあげる」と肩をギュッと抱き締めただろう。
オシャレで女の子らしく、それでいて格好いい人だった。
昨年は休校があって夏場になってから最初の会議が開催された。
その時、先輩に連れられてわたしは会議に参加した。
ほかの出席者から彼女はたくさん声を掛けられいて、その人気ぶりをまざまざと見せられた。
先輩はその会議の直後に部活を引退してしまったが、それと前後して後輩のつかさが入部した。
幸いなことに彼女のお蔭で張り合いのある学校生活をわたしは送ることができたのだ。
「そうだね」と他愛ない会話を続けているうちに講堂に到着した。
臨玲高校はあまり部活動が盛んではないが、創部に寛容なので数だけは多い。
この会議は予算申請とも関わるのでかなりの数の生徒が集まっていた。
つかさは友だちを見つけてそちらへ飛んで行ってしまった。
明るい性格の彼女の周囲には人の輪ができ、楽しげな声が少し離れたわたしのところまで届く。
壇上に机と椅子が置かれているが、そこに座れるのは有力クラブの責任者だけだ。
発言権も彼女たちが独占している。
わたしたち有象無象は下に並べられたパイプ椅子に座って会議を眺めることになる。
「予算申請書を配ります!」という声が聞こえて、わたしは行列の一員となった。
知り合いと軽く挨拶を交わしながら申請書を受け取る。
今年はどこの部に申請書を渡したかちゃんとチェックしているようだ。
席に戻ろうとすると「すみません、先輩!」とつかさが謝りに来た。
彼女は「お喋りに夢中になっちゃって!」とペコペコ頭を下げる。
わたしは「気にしなくていいよ」と微笑んだ。
「もっと前に行きましょう!」と手を引かれてわたしたちは最前列に着席する。
つかさは初めての会議に興味津々のようだ。
こんなことならもっと早く誘えば良かった。
そんな後悔の念を浮かべていると、壇上に人が現れた。
「これからクラブ連盟会議を始めます。速やかに席に着いてください」
マイクを握り、テキパキと注意事項を説明するのは吹奏楽部の部長だ。
いかにも人に指示を出すのに慣れている。
ほとんどの参加者が椅子に腰掛けたところで、彼女もまた上座にある自分の席に座った。
「知っていると思いますが
少し早口でそう語った彼女は壇上にいる6人のうちいちばん離れた席の人物に視線を送った。
6人のうち5人は3年生なので顔と名前を知っている。
残るひとりは1年生だった。
生徒会長選挙でインパクトを残した次期生徒会長その人だ。
彼女は背筋を伸ばして下座に臨席していた。
「本来であれば副長の関が昇格するところですが、次の生徒会長によって拒否されました。よって早急にクラブ連盟長を決めなければなりません」
小さなざわめきが起きたが、次期生徒会長がこれまでの生徒会と対立する形で立候補したことは学校中で知られている。
人事の一新が図られることは不思議ではない。
問題はどう選ぶかだ。
通常は新しくクラブ連盟長に就いた人物が副長を選び、翌年彼女が連盟長に昇格する。
前のクラブ連盟長に当たる高階さんが退学処分を受けてしまったので、その助言を仰ぐこともできない。
しかも新生徒会長は4月に入学したばかりの1年生だ。
ほかの役職なら1年生を抜擢すれば済む。
だが、クラブ連盟長はほかのクラブとの交渉なども必要なので1年生が務めるのは大変だろう。
「立候補者がいらっしゃるといいですね」と丁寧な口調ながら他人事のように話すのは茶道部の部長だ。
彼女が会議に出席するのは珍しい。
これまで高階さんを嫌って避けているという噂もあった。
その発言を受けて司会が「クラブ連盟長を引き受けてくれる人はいますか?」と呼び掛ける。
もちろん、そんな物好きは現れなかった……。
「生徒会に入れば初瀬紫苑と仲良くなれますかね?」
……わたしの隣りにひとりいた。
つかさはわたしの耳元でそう囁くと、挙手するかどうか迷うようにソワソワしている。
これも噂だが、この新生徒会長はあの初瀬紫苑と仲が良いと言われている。
オンラインで行われた生徒会長選挙の司会を大人気女優が務めたのも彼女の後押しがあったからだそうだ。
「ああ……、でも、どうだろう……」
わたしは必死になって反対する口実を探す。
つかさと文芸部で一緒に過ごせる時間は長くても残り半年程度。
わたしは受験が控えているし、彼女も予備校通いを始める可能性が高い。
その短いひとときを生徒会に奪われてはたまらない。
焦って言葉を探しているうちに、司会は「いないと思うんでこちらから指名します」と言い出した。
ホッとする傍ら、指名という言葉にギョッとした。
彼女は立ち上がると壇上から座っている学生たちを見下す。
首を二度三度振り、「そこ」と前列を指差した。
それはつかさの隣りの隣りの席だ。
指名された生徒は両手を顔に当てて戸惑っている。
事前の打ち合わせもなくこんな無茶振りをしたのだとしたら横暴もいいところだろう。
「待ってください」と声を上げたのは新生徒会長だ。
司会は「口を出さないでもらえますか」と不敵な笑みを浮かべた。
だが、「クラブ連盟長がこの程度のものなら必要ありません。即刻クラブ連盟会議を廃止しましょう」と1年生は言ってのけた。
「な……、生意気なっ!」と司会がマイクの前で絶叫する。
一方、新会長は悠然と立ち上がり、「臨玲高校で部活動を行っている生徒は3割にも満たないという調査があるのですが、全クラブの部員数を合算すると全校生徒数を超えています。掛け持ちをしている生徒がいることは事実ですが、クラブ連盟が杜撰な運営を行っていたことは間違いないでしょう」とよく通る声で言い放つ。
さらに、「ほかの学校同様に予算や承認は学校の事務として行うこと、数ばかり多い部活動の整理、一部の部だけが優遇されている状況の改善などを1年以内に達成します。その交渉相手として足りうる人材を求めていましたが、どうやら私の配慮は必要なかったようですね」と切って捨てた。
「そんなこと、できる訳が……」と言い掛けた司会を「口を閉じてください」と茶道部部長が窘める。
そして、彼女は「少し性急すぎるように思うのですが?」と新生徒会長に落ち着いた声で問い掛けた。
1年生は澄ました顔で「そうですか?」ととぼけている。
吹奏楽部の部長のようにあからさまな威圧はしていない。
しかし、ふたりのやり取りには火花が散るような緊迫感があった。
茶道部の吉田さんは壇上のほかの3年生を見回し、「次期クラブ連盟長の人選を一任してもらえませんか?」と口にした。
懇願しているような話し方なのにどこか命令のように聞こえてしまう。
壇上にいる4人の3年生はたじろぎながら首を縦に振った。
それを確認して、吉田さんは新会長に微笑む。
「お茶会までに人選を終え、こちら側の要望をお伝えしたいと思います。お茶会では存分におもてなし致しますね」
それは毒入りのお茶を飲まされるのじゃないかと思うようなゾッとする微笑みだった。
††††† 登場人物紹介 †††††
湯崎あみ・・・臨玲高校3年生。文芸部部長。つかさのことが好きだがいまの関係を壊したくなくて告白できないでいる。
新城つかさ・・・臨玲高校2年生。文芸部。好奇心旺盛なメガネっ娘。
関いつき・・・臨玲高校2年生。クラブ連盟副長。間もなく任期が切れる。格闘技研究会の会長としてこの会議に出席していた。
吉田ゆかり・・・臨玲高校3年生。茶道部部長。
日野可恋・・・臨玲高校1年生。生徒会長選挙で信任され、間もなく就任する。
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。同世代から圧倒的人気を誇る映画女優。
* * *
「立候補しなくてよかったね」と会議後わたしは安堵の気持ちとともにつかさに声を掛けた。
あの丁々発止のやり取りを目にすれば、クラブ連盟長の大変さが分かるというものだ。
しかし、つかさは未練があるように少し俯いている。
会議はお昼前に終わった。
舞台の上では新生徒会を非難する声ばかり上がっていたが、下にいる人たちの間では自分たちの部活が存続できるのかどうかという心配が広まっている感じだった。
隣りを歩くつかさが意を決したように顔を上げる。
雨音の中でも彼女の声はよく聞こえた。
「あたしにできることってないでしょうか? このまま文芸部を廃部にしたくないです!」
「まだ廃部になると決まった訳じゃないし……」と答えるが、新入部員がいない我が部が存亡の危機なのは間違いないだろう。
わたしの言葉に納得しないつかさに、「アプローチの仕方はふたつあるよね。新しい生徒会に掛け合って部の存続を認めてもらうか、新入部員を増やして存続を勝ち取るか」と考えをまとめて先輩らしいところを見せる。
つかさは再び俯いて考え事に没頭する。
わたしとしては残りの部活生活をいままで通り平穏に過ごしたい。
新入部員が入ればふたりきりの時間は確実に減るだろう。
だが、わたしが卒業したあと、つかさがひとりぼっちになることを想像すると……。
「新入部員の勧誘を頑張ろうか」とわたしが言い掛けたところで、つかさが口を開く。
「あたし、新しい生徒会長の考えを聞いてみたいです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます