第23話 令和3年4月28日(水)「ミス臨玲」湯崎あみ
「先輩、先輩!」
放課後、つかさが部室に駆け込んできた。
その愛らしい笑顔はいつ見ても癒やされる。
「聞きましたか?」と彼女はぐいと顔を寄せた。
パッチリ開いた印象的な目の中で黒い瞳がキラキラ輝いている。
わたしは答えることも忘れて間近に迫った彼女の目元に見とれてしまった。
「もう! 聞いてくださいよ」とつかさは顔を離して、プクッと頬を膨らませる。
その表情も可愛かったが、わたしは「ごめん、ごめん。それで何?」と平静を装った。
つかさはまた前のめりになって「大変ですよ! ミス臨玲を決めるんですって!」とワクワクした気持ちを身体全体で表した。
「ミス臨玲?」と呟いて、わたしにとっての”ミス臨玲”の顔を見る。
「詳しいことは分かりませんが、ゴールデンウィークが明けたらミス臨玲を決めるコンテストをするって噂になっています!」
「もしかして、つかさ、出場するの?」
わたしは上ずった声で問い掛けた。
もしそうなら全力で応援しなければならない。
わたしひとりの力ではたいしたことはできないが命を懸けてでも……と思っていると、「そんな訳ないじゃないですか」と笑い飛ばされた。
「あたしなんかが出ても1票も入りませんよ」
「そんなことないよ!」と思わず大声を出してしまう。
つかさは驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻って「先輩は優しいですね」と囁いた。
少し照れた感じが壮絶に愛おしい。
「わたしがつかさに投票するのは優しいからじゃなくて愛しているからだよ」と彼女を引き寄せられたらよかったが、ヘタレなわたしは笑みを返すことしかできない。
そして、彼女の良い香りが届く距離で見つめ合うことに先に耐えられなくなったのもわたしだった。
視線を逸らすと、「でも、いまコンテストをしたって結果は分かり切っているじゃない」と冷めた見方をしてしまう。
「そうかもしれないけど……、楽しいじゃありませんか」
つかさの顔から先ほどまでの明るさが失われた。
わたしはダメな先輩だ。
謝ろうと口を開きかけた時、「それに……」と彼女が言葉を続ける。
「分かりませんよ! あたしの周りには応援演説をしていた子を推す声もけっこうありますし」
つかさのその言葉を聞いて、わたしはハタと思い出した。
言おうと思っていたことがあったのだ。
「あの子、お姫様だった」
つかさはキョトンとした顔になった。
わたしは「ほら、春休みにお姫様を見掛けたって言ったじゃない。新館のところで」と説明する。
つかさも思い出したようだ。
当時この学校に有名人が入学するという噂があった。
たまたま新館に入る美少女をわたしが見掛けて、どこかの国から来たお姫様ではないかとふたりで推理した。
あの時つかさは美少女を見ることができず残念がっていた。
「早く言ってくださいよ」と彼女は言うがわたしにも事情があった。
「3年生は高階さんのことが衝撃的すぎて、それどころじゃなかったのよ」
生徒会長選挙があったのは先週の金曜日だ。
応援演説のあと立候補していた1年生が高階さんを伴って現れ、一緒にいた警察官に引き渡されるところが映し出された。
高階さんに怯えていた3年生は非常に多い。
あの映像が流れた時の教室の中も異様な感じだった。
喜ぶというよりホッとするような感じだったが、どこか後ろめたさもあった。
その後の記名投票でも、本当に信任に投票していいのかとビクビクしていたことを思い出す。
今週になって高階さんの席が空席のままなのを見てようやく少し実感が湧いた。
2年生には高階さんの怖さが十分には伝わっていなかった。
被害に遭った下級生もいたと噂されたが、あまりおおっぴらに話せる事ではなかったのだ。
つかさが彼女の毒牙に掛からずに済んで心の底から安堵した。
そういう意味では新しい生徒会長に感謝しなければならない。
「そういえば、新しい生徒会長はお姫様に付き添っていた人だったかも。あの時は男性だとばかり思っていたから気づかなかったな……」
「あー、とても素敵な人ですよね。格好良くて」
「えっ、つかさ、ああいうのがタイプ?」とわたしは焦った声を出す。
つかさはそれには直接答えず、「女子高ですからね。彼女も立候補すれば三つ巴の良い勝負になるんじゃないですか」と微笑んだ。
わたしはもっと問い質したかったが、「彼女が理想です」なんて答えられたらショックで寝込んでしまいそうだ。
オタクで腐女子で見た目が平均以下のわたしでは太刀打ちできないことは明白だから……。
「あの初瀬紫苑相手に勝負になりそうなの?」
代わりにずっと浮かんでいた疑問を口にした。
外国のお姫様みたいな美少女や宝塚の男役が似合いそうな新生徒会長といえど、いま日本で一二を争う人気女優相手には相当分が悪いだろう。
「初瀬さんってすでに大スターで、みんなのものって感じじゃないですか。それよりも、あたしの応援で支えているって感じがすれば推す人は結構いると思いますよ」
「なるほど」
「それに初瀬さんがコンテストに出て来るかどうかも分からないですしね」
「そうだよね。初瀬紫苑のイメージとはちょっと違うよね」とわたしも納得する。
あくまでメディアやインターネットで語られるイメージに過ぎないが、そういったコンテストに喜んで参加するようなタイプではないと思う。
彼女が出ないのであれば、あのお姫様が本命になるかもしれない。
機嫌が直ったつかさはふと思い出したように、「あ、図書室に行って来ます」と机の上に放り出してあった自分の鞄を手に取った。
いつもなら部室に来る前に図書室に寄ることが多い。
きっとわたしにコンテストの話をしたくてこちらに急いだのだろう。
「待って。わたしも行く」と声を掛ける。
今日は昼休みに図書室に行ったけれど、つかさと一緒に行くことが特別なのだ。
廊下に出て肩を並べて歩く。
彼女は「本屋大賞にノミネートされた作品全部読んでみたいんですよね」なんて、すっかり文芸部の部員仕様に気持ちを切り換えている。
その横でわたしは昔読んだウェブ小説――文芸部の先輩が投稿したちょっぴり過激な百合小説――を思い出していた。
††††† 登場人物紹介 †††††
湯崎あみ・・・臨玲高校3年生。文芸部部長。隠れ腐女子で、自宅では創作活動を行っているが公表はしていない。ウェブ作家として活躍していた先輩部員に刺激を受けて自分でも書くようになった。
新城つかさ・・・臨玲高校2年生。文芸部。読み専。純愛小説を好むが、手当たり次第に読むタイプ。
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。若者世代に絶大な人気を誇る映画女優。反抗的ではないが自分を持ち自由に振る舞うところが支持されている。
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