第115話 令和3年7月29日(木)「キューピッド」嵯峨みるく

「つかさ先輩、その服素敵ですねぇ」


「そう? ありがとう!」


 つかさ先輩の弾む声が返ってきた。

 お世辞ではなくとてもよく似合っている。

 今回の合宿で初めて彼女の私服姿を拝見したが、自身の魅力を引き立てた服装選びに感心した。

 お小遣いが本代に消えちゃうと嘆いていた先輩だけに、オシャレへの投資は相当厳選して行っているのだろう。


 ふたりで階下に向かう。

 ダイニングではすでに朝食の準備が終わっていた。

 3年生の先輩に任せてしまって申し訳ないという気持ちがあるものの、一昨日の夕食以降つかさ先輩をキッチンに入れないというあみ先輩の強い意志を酌み取った。

 そこで、わたしがつかさ先輩をキッチンに近づけないように気を配り、その間にあみ先輩が調理を行うという役割分担が生まれた。


「おはようございます」とふたりで声を揃えて挨拶し、「美味しそうですね!」とつかさ先輩は食卓の上に並べられた料理に目を向ける。


 キャビアや生ハムなどかなり豪華な食材が皿の上に盛られている。

 あみ先輩は「簡単なものばかりだけど」と微笑んだ。

 わたしが目を向けたのは彼女のエプロン姿だ。

 あまり自分で料理をすることはないそうだが、こういう家庭的な装いは普段見れないだけに魅力的だ。

 わたしはチラッとつかさ先輩の表情を窺う。

 感情が豊かでそれを隠そうとしない性格だし、その可愛らしい顔立ちは見ていて飽きない。

 だが、その眼鏡の奥の瞳からあみ先輩のことをどう思っているのかまでは読み取れない。


 わたしは小学生の頃から誰が誰を好きかということに敏感だった。

 マセていたのだろう。

 恋愛相談に乗ることも多く、愛のキューピッド役になるのが楽しかった。

 中学生になるとますますわたしは持てはやされた。

 思春期は恋愛がすべてだという子が増える。

 そういう人たちはひっきりなしにわたしに頼み事をするようになった。

 わたしの観察眼は磨きがかかり、他人の恋愛成就に関してはかなりの精度で予測できるようになった。

 女子高に入学してこの能力は宝の持ち腐れになるかと思われたが、いまのところ役に立っていそうだ。


「今日もどこかに行く?」とあみ先輩がつかさ先輩を意識しながら尋ねる。


 昨日は昼間に美術館を見学した。

 さらに自転車をレンタルして軽井沢の地を見て回った。

 別荘に戻ったあと、わたしは「少し疲れたのでわたしは客室のシャワーで済ませますから、お風呂はおふたりでどうぞ~」と気を利かせた。

 それなのに、あみ先輩は茹で上がったかのような真っ赤な顔になって「む、む、無理ー!」と逃げ出してしまった。


 あみ先輩がつかさ先輩のことを好きなのは、わたしでなくてもそこらの小学生にだって分かることだ。

 つかさ先輩にあみ先輩を嫌っている様子はない。

 ふたりともいまの関係がベストだと思っているようだが、この燦めく時間を更に輝かせるためにはキチンとつき合う形になった方が良いと思う。

 そう考えてあみ先輩の背中を押しているのだけど……。


「今日はお昼から天気が崩れそうですね」とつかさ先輩がスマートフォンで天気を確認した。


「じゃあ、文芸部らしく本を読んで過ごそうか」とあみ先輩が肩を落とす。


 合宿と言っても文芸部としての目的はほとんどないに等しかった。

 臨玲祭に向けて部誌を刊行するという案も出ているが、具体的には何も決まっていない。

 わたしとしては先輩ふたりをくっつけることがこの合宿の目的である。

 そのための機会は逃したくない。

 しかし、あみ先輩が一歩を踏み出さないので埒が明かない状況が続いていた。


 朝食後、それぞれ思い思いの場所で読書を始めた。

 つかさ先輩は2階の客室のベランダから緑の映える木々を眺めながら。

 一方、あみ先輩はリビングにお茶やお菓子を並べてロッキングチェアに揺られながら。

 わたしはふたりの様子を眺めたあと、あみ先輩に声を掛けた。


「つかさ先輩を落とす気、あるんですかぁ?」と単刀直入に。


「え? えーっと……、何の話、かな?」


 慌てまくるあみ先輩に「もう見ていられません。それとなくサポートするだけだと100年掛かってしまいそうじゃないですかぁ」と不満をぶつける。

 あみ先輩は「え、いや、その……協力してくれているのは有り難いけど……」と歯切れが悪い。


「いいですか? つかさ先輩は共学だったら男子が放っておかなくて、フリーの状態なんて3年間まったくなくてもおかしくないような人ですよ。女子高でだって、作ろうと思えばいくらでも彼氏は作れると思います」


「え、あ、うん……」


「つかさ先輩は待ってくれているんだと思います。あみ先輩が告白するのを」


「え、いや、まさか、そんなことは……」


「つかさ先輩って恋愛に興味がないってタイプじゃないですよね? 純愛小説が好きですし、そういう主人公に憧れも持っているようですし」


「あ、うん、そうだね」


「彼女をヒロインの座に連れ出すのはあみ先輩の役目ですよ!」


 確かにつかさ先輩はあみ先輩と違って恋愛感情を態度に表していない。

 あみ先輩のように見え見えならもっと簡単に相思相愛となっていただろう。

 しかし、状況証拠から考えればつかさ先輩はあみ先輩の告白を待っているだけだと推測できた。

 やはりここはあみ先輩が男らしく――男じゃないけど――行くべきだ。


「えー、でもー」とあみ先輩はそれでも態度が煮え切らない。


「絶対に大丈夫です。これまで何十組もカップルを成立させてきたわたしを信じてください!」


 現代日本においてこんなに奥手な人は死滅したものだと思っていた。

 過去の日本やフィクションの世界には居たとしても、現実の世界にはもういないと。

 好きという気持ちがあってそれに沿った行動を取れば、人は簡単にくっつくものだ。

 同性同士ということで少しはハードルが高いとはいえ、あみ先輩のヘタレ加減に我慢ができなくなっていた。


 後輩にここまで言われて、あみ先輩は目を伏せた。

 怒らせたかなと心配になる。


「本当にわたしなんかでつかさと釣り合いが取れるかな?」


 先輩の声には不安がにじみ出ていた。

 わたしは安心させるように「問題ありません。あみ先輩は服装のセンスが良いですし、お化粧したらすごく素敵になると思います」と伝える。

 周囲の視線なんて気にする必要はないと言いたかったが、おそらくそれでは納得してもらえないだろう。

 あみ先輩はつかさ先輩に比べると地味な印象だ。

 制服姿だと目立ったところがなくて、容姿に自信が持てなくても仕方がない。

 だが、私服はさすがお嬢様という感じで洗練されたものを着こなしている。

 これでメイクをしっかりするようになれば大人の女性っぽさが引き立つはずだ。


「そうかなあ」とまだ自信なさげなあみ先輩に「お化粧しましょう!」と提案する。


 地元であれば美容院に行って髪型も含めて仕上げてもらいたいところだ。

 別荘地だとどうだろうと思い尋ねてみると、あみ先輩はこちらにも行きつけの美容院があると教えてくれた。

 わたしに唆されて先輩が連絡を入れると、湯崎家のお嬢様のご依頼であればと予約を取ることができた。


「わたしだけでなく、つかさやみるくちゃんも着飾って土曜の夜にパーティーをしましょう!」


「指輪の交換をするんですね。それならおつき合いします」とわたしが応じると先輩は凍りついたように固まってしまった。


 それはともかく、告白にはうってつけのイベントだ。

 わたしは「つかさ先輩にお知らせしてきますぅ」と軽やかに歩き出す。

 楽しみだ。

 盛大な結婚式ごっこができるのなら、これまでの苦労も報われる。

 わたしにとっても最後の正念場だ。

 最高の形でこの愛が結晶するよう、あみ先輩の逃げ道を封じておかなくては。




††††† 登場人物紹介 †††††


嵯峨みるく・・・臨玲高校1年生。文芸部。カップル作りは好きですけど、それで高校を選んだりはしませんよ~とのこと。


新城つかさ・・・臨玲高校2年生。文芸部。あみから後片付けをしてくれた方が助かると言われ、料理はまたの機会にとなった。


湯崎あみ・・・臨玲高校3年生。文芸部部長。つかさの手料理は毎日食べたかったが合宿中ずっと寝込んでしまっては……ということでこうなった。

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