第94話 令和3年7月8日(木)「スタートライン」加藤リカ
臨玲高校のイメージは入学してみると全然違った。
何、これ、詐欺じゃん!
そんな風に訴えたいくらいだ。
あたしが臨玲を選んだのは、ぶっちゃけイケメンでお金持ちの彼氏が欲しかったからだ。
それだけのために入学したと言ってもいい。
臨玲にはお金持ちの女の子が通っている。
当然、その子らの彼氏もそういうお金持ちが多いはずだ。
仲良くなれば紹介してもらえるという目論見だった。
最初は良かった。
クラスの大半があたしより裕福そうだったが、それであたしを見下すような人間は数えられるほどしかいなかった。
いかにもお金持ちという感じの子との会話にも普通に混ぜてもらえた。
だが、話についていけない。
例えば、女子高生向けの流行の商品に彼女たちはあまり興味を持っていない。
可愛いグッズは安っぽいと評価され、あたしにとってのお手頃価格のものは彼女たちの興味をまったく惹かなかった。
話題も普通の子がしているものとは全然違う。
使っている言葉さえちんぷんかんぷんだった。
聞けば説明してくれるが、だんだんとそれが煩わしくなって聞かなくなった。
表向きはあたしのことを友だちだと言ってくれても内心は違うということが徐々に伝わって来る。
それなら最初から藤井のように無視してくれた方が良かったように感じた。
学外の友人知人に紹介してもらえそうにないと分かり、あたしは彼女たちと距離を置くようになる。
クラスメイトはそんな金持ちたちと、そこそこ金持ちと、普通の3種類に大ざっぱに分けられる。
真ん中のそこそこ勢はどちらの層ともつき合えるが、上と下は水と油のようにうまく交われない。
3ヶ月実際に試してみてよく分かった。
ほかの人たちは最初から住み分けしていたが、あたしはこんな壁が立ち塞がるとは思っていなかったのだ。
「試験、早く終わんないかな」
あたしの呟きに「だよね」と
一方、ひと言多いキッカは「リカって全然勉強してないじゃん」とバカにする。
臨玲は単願だと偏差値が低めであたしでも全然余裕って感じだった。
しかし、クラスメイトは併願の子が多いので試験の成績は下から数えた方が早い状況になっている。
まあ頭の良さなんて最初から諦めているからどうだっていいんだけど。
「成績悪いと夏休みに補習らしいぜ。凛が言ってた」とキッカが面白がる顔つきで話す。
「マジか」とあたしが呻き、漣は不安そうに「大丈夫かな」と囁いた。
自分の名前が出たことを聞きつけ西口が「どうしたの?」と近づいてくる。
キッカが補習のことを説明すると、「やるみたいよ。感染症対策との兼ね合いで発表は遅れているようだけど」と西口は情報通ぶりを発揮した。
「少し前は、成績の悪い子は留年させて臨玲を東女並の進学校にすると理事長が息巻いてたって噂も聞いたけど……」
「……留年」
あたしが青ざめる横で「初瀬さんは大丈夫なのかな?」と漣が疑問を呈する。
あの有名女優は中間テストでクラス最低点を叩き出していた。
自分より下がいたことにホッと胸をなで下ろしたものだ。
「彼女は仕事と掛け持ちだしね」と西口。
「中間の頃までは普通に授業を受けてたよな?」とキッカが口を挟むが、西口は「彼女は特別だから」と肩をすくめた。
「ずるいよな」とあたしが言っても誰も同意しない。
初瀬は超有名人だし、特別扱いされても当然という雰囲気を漂わせている。
最近になって映画の撮影が始まって欠席も増えた。
いまは新しい制服を着ているが、4月は私服で登校していたし、みんなそういうものだと捉えていた。
「しょーがねーよ。この学校は普通のとこより建前が機能してねーから」
「そーだよね。私立でも普通はもう少し……」
キッカの言葉に漣が頷く。
初瀬の件だけでなく、この学校ではお金や権力がある生徒はあからさまに優遇されている。
そういうところだと聞いてはいたものの、不平等感は拭えない。
「進学校化も部活改革も頑張った子を評価しようって流れらしいけどね」と西口は学校側をフォローした。
「でもさ、不公平じゃん」
お金持ちの彼氏を作るには自分がお金持ちでなければならない。
金持ちの家に生まれただけで恵まれた生活ができる。
これまで公立に通っていたのでここまでスタートラインが違うと気づいていなかった。
「そういうところだから」と言ったキッカは「結構自由だから割と気に入ってるけどね」と言葉を続けた。
彼女は中学時代理不尽な校則に縛られ地獄だったと話していた。
それに比べると臨玲は緩い感じがするだろう。
細かな校則もあるにはあるが、厳しい取り締まりは行われていない。
「中学と違うから当然なのかもしれないけど、臨玲って生徒を割と大人として扱ってくれるよね」と言ったのは漣だ。
「昔は高圧的な教師が多かったみたいだけど、だいぶ入れ替わったみたいよ」と応じた西口は声を潜め、「噂では、1年を担当する教師は日野さんのチェックが入ったって言うし」と口にした。
入学前の生徒がそんなことをするなんて考えられない。
いや、入学後でもあり得ないことだ。
しかし、理事長と手を組んでいろいろやっているらしい彼女ならその噂も本当ではと信じそうになる。
「聞いてみよーぜ」とキッカは興味を示すが、西口は首を振った。
「本人は否定したわ。そんな噂を信じるんですかって」
「でも、信じているからいま言ったんじゃねーの?」
キッカの指摘に西口は顎に手を当て「本当だったとしても聞かれたら否定するだろうし、何とも言えないよね……」と独り言をいう。
日野も大学教授の娘だって言うし、「どこに生まれるかですべて決まるんじゃ、なーんもやる気になれねーわ」とあたしは本音を漏らした。
「それは確かにあるけど、みんな努力はしているよ。お金持ちの子たちは恥ずかしくないようにってたくさんの習い事をしてきたって言うから」
西口の言葉に以前よく話していた彼女たちとの会話が蘇る。
家庭教師やお稽古事の話。
セミナーや発表会、それに伴う社交の話。
彼女たちが忙しいと口にする時、あたしは華やかな世界を連想して羨ましく感じていたが、彼女たちの表情は晴れやかとは言い難かった。
「それでも……」と反論しかけたあたしに、キッカが「スタートラインが違うようにゴールも違うんじゃないの?」と珍しく真面目な顔つきで語った。
「……ゴール」
「キッカがすごく良いことを言った気はするけど、いま目指すべきゴールは補習を受けずに済むことなんじゃないの? もう休み時間終わっちゃうよ!」と漣が焦った声を上げた。
西口は飛ぶように自分の席に戻り、漣も残りわずかな時間で少しでも点を上げようと自分のノートを見始めた。
余裕のあるキッカは「リカも頑張れよ」とあたしを励ます。
あたしは軽く頷いてから自分の席に向かう。
自分が目指すべきゴールはどこかと思いながら……。
††††† 登場人物紹介 †††††
加藤リカ・・・臨玲高校1年生。公立中学出身。普通より貧乏な家庭育ちで玉の輿願望が強い。
飯島
西口凛・・・臨玲高校1年生。公立中学出身。自ら立候補してクラス委員を務めている。
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。私立中学出身。中学生時代に大ブレイクした映画女優。
日野可恋・・・臨玲高校1年生。公立中学出身。生徒会長。紫苑以上にクラスメイトから近寄りがたい別世界の住人だと思われている。
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