第406~408話 令和4年5月16日(月)~18日(水)「三者三様」

令和4年5月16日(月)「生徒会長選挙」古和田万里愛


 いよいよ生徒会長選挙が公示された。

 立候補者は3名。

 その中には当然藤井菜月の名前もあった。


「あと1週間だね……」


 半年以上この時のために頑張ってきた。

 特に菜月の努力は近くで見てきて凄まじいと感じるほどだった。

 彼女にとってもっとも苦手なものへのチャレンジ。

 それに対して愚痴も零さずに取り組んで行ったのだ。

 口先だけの「頑張る」ではなく、死に物狂いの努力。

 それがいまの彼女を作り上げたのだと改めて理解した。

 しかし、それが報われるかどうかはあと1週間で決まる。

 決まってしまう。

 駄目だったらどうしようという不安がつい言葉に出た。


「そうね。大丈夫よ、私が勝つから」


 わたしの心配を吹き飛ばすように菜月が自信満々の顔を見せた。

 絵に描いたようなお嬢様。

 非の打ち所がない美貌の持ち主で、スタイルも抜群。

 頭脳明晰で、運動神経にも秀でている。

 そこに人望まで加わったなら完璧だ。


「うん。菜月をサポートするわたしたちが弱気になっちゃダメだね」


「あたしは菜月の勝利を疑った事なんていちどもないぞ」と紅美子くみこがニヤリと笑う。


「ふたりのお蔭でここまで来ることができたの。最後は一緒に笑顔になりましょう」


 多くの人たちは菜月が変わったと言っている。

 以前は周囲を見下し、厳しい言葉を歯に衣着せないまま発言していた。

 それがいまは親身に人の話を聞くようになっている。

 人が変わったと思うのも無理はない。

 だが、入学の時から一緒にいたわたしは「それは違う」と言いたい。

 彼女の本質は優しくて善良だ。

 ただ努力でいまの自分を作り上げただけに、努力をしないで不満だけ口にする人たちに我慢ならなかったのだ。

 この半年間で彼女は怠惰以外にも努力できない理由があることを知ったと思う。

 それでも努力しない人たちへの怒りのような気持ちは消えていない。

 単純にその怒りをぶつけても何も解決しないことを学んだのだ。


 部活動や委員会への強制参加の撤廃が公約だが、菜月が目指すのは誰もが努力できる環境作りだろう。

 臨玲高校では制度面で習熟度別授業導入など改革が進んだ。

 あとは生徒たちの考えをどう変えていくのか。

 それにもっとも相応しい人物こそ菜月であるに違いない。


「絶対に勝とうね」とわたしは沸き上がる決意とともに菜月を見た。


 * * *


令和4年5月17日(火)「生徒会長選挙」丹羽陽葵


 若松理沙さんの選挙運動は報道部が支援することになった。

 なんでうちがと思わなくもないが、部長が決めたことに逆らえる者はこの部には存在しない。

 金城部長は報道部のみならず写真部や弁論部、放送部などを掛け持ちし、2年生になった時にはそのすべてで部長に就いていた。

 しかし、部活動の統廃合と掛け持ち禁止によりそれらを報道部に一本化した。

 わたしは元は写真部だったが、部長に有無を言わせぬ形で移籍させられたのだ。


 その報道部に新入生の若松さんが現れたのは4月初めのことだった。

 部長自ら新入部員候補の相手をしたのはごく自然な流れだった。


「ウクライナの志願兵になりたいって言ったんです」


 若松さんの衝撃発言を部長は驚きもせずに笑顔で聞いている。

 わたしは部長から今後の部の活動計画をまとめるように言われていて頭を抱えていたが、それどころではなくなった。

 少し離れたところで向かい合って座るふたりの話に聞き耳を立ててしまう。


「パパもいまの部長さんと同じような顔をして話を聞いてくれたんです。そして、気持ちは分かるけれど私には足りないものがたくさんあると教えてくれました。コミュニケーションを取るための語学力。ひとりでも生きていけるサバイバル術。戦闘に関する技術も身につけていないと役に立たないと」


「頭ごなしに反対するのではなく具体的な理由を述べるあたり良いお父様だね」


「ええ。自慢のパパです。さらに、行くのなら戦闘員よりもジャーナリストとしての方が私に合っているんじゃないかって指摘してくれたんです」


「なるほど。それでうちに来たのかい」


「報道部があると聞いて、どんなところかと」


「確かに今回の戦争では時に兵器よりもペンやスマートフォンが力を発揮した。ジャーナリストも自分たちの影響力が増大していることを実感しているかもしれない。それは諸刃の剣のようなもので、プロパガンダの片棒を担ぐことになりかねないが」


 部長がジャーナリズムについての持論を展開すると新入生も負けずに反論してみせた。

 ふたりの話は白熱し、聞いているわたしがハラハラしてしまう。

 結局仮入部した若松さんはそれからちょくちょく報道部に顔を出すようになった。


「そんなこと報道して意味があるんですか?」


 部長が相手をしてあげられる時はいいが、部長も忙しい。

 ほかの部員が自分の作業の傍ら相手をすると彼女はつまらなそうな顔つきになる。

 そのうち、わたしが彼女の相手を押しつけられるようになっていった。


「わたしは報道のことは詳しくないから……。本当は写真部を続けたかったんだけど、休部になって仕方なくここに……」


「どんな写真を撮るんですか?」と聞かれてこれまで撮ってきたものを見せる。


「可愛いですけど、それはネコがですよね。趣味にケチをつける気はありませんが、部活動でわざわざする意味なんてあるんですか?」


 写真の題材の大半は家で飼っている猫たちだ。

 ほかに日常の風景を撮るくらいで、高尚なものはなにもない。

 一応写真部に入った時にカメラは購入したものの、ありふれた安物だ。


「改まってそう言われると、ないよね……」


「若松は枠の中で動くよりも自分で一から作った方が良いタイプだな」とそこに部長が割って入ってきた。


 そして驚いたことに若松さんに生徒会長選挙への立候補を勧めたのだ。

 訝しげな表情になった若松さんに「私がいるうちは良いけど、私が引退したらここでうまくやっていけないでしょ?」と理由を述べる。

 部長は3年生なのでそう遠くない未来に引退する。

 ただ文化系の部活だと通常は臨玲祭まで在籍するのでちょっと気になる発言だった。

 大学受験に備えて早めに引退するつもりなのか、あるいは……。


「何か裏であったのですね? 私の知らないところで勝手に決められるのは不愉快です」


「そんなたいした話じゃないさ。若松さんが興味あるのなら自分で会って話してみるといい」


 そう言うとふたりはわたしから離れた場所に行き、こそこそと小声で話し始めた。

 その数日後に若松さんが立候補する意志を固め、報道部は全面的に彼女を支えることになったのだ。

 この間のやり取りこそ報道して欲しいと思ったが、残念ながらそんなことは口が裂けても言えないのだった。


 * * *


令和4年5月18日(水)「生徒会長選挙」真砂大海


「はぁ~」と私が大きな溜息を吐くと、ゆめが「幸せが逃げるよ」と眉間に皺を寄せる。


「そうは言うけど、手足を縛られたようなものだから溜息も吐きたくなるよ」


 私は生徒会長選挙では日々木さんの選挙参謀に就いている。

 ここで実績を残し、日野さんの信頼を勝ち得ることが目的だ。

 日野さんは優秀だ。

 私はこれまで政財界で功成り名を遂げた人を間近に見る機会があった。

 そういう人には単なる頭の良さではなく、魔力めいたオーラが漂っていた。

 そしてそれを日野さんにも感じたのだ。

 既にのし上がった人の側にいても面白くないが、彼女の近くにいれば絶対に面白いことが起きるはずだ。

 そんな思いから彼女に近づこうと生徒会に入った。

 ただ、いまのところ十分な信頼を勝ち得てはいない。

 彼女が長期入院をしたこともあって、私は便利使いをされただけになっている。

 それだけにこの生徒会長選挙にかける思いは強かった。

 それもまた彼女の計算だろうとは思うが、それに乗って結果を出すことがいま求められているのだ。


「日々木さんが優勢なのでしょ?」


「いまはね。まだ若松さんの存在が浸透していないからわずかにこっちが有利ってところかな」


「すぐに投票でしょ。大丈夫じゃないの?」


「そう考えて守りに入るとヤバいんじゃないかなと思ってる。本当はもっと攻める姿勢を見せたいんだけど……」


 向こうがネガティブキャンペーンをして来ない限りこちらもしないということは日野さんに言われていた。

 それだけならまだいい。

 問題は予定稿通りに発言しないスピーチを禁じられたことだ。

 対面での選挙活動も一対一に時間を割いてはいけないと言われている。


「原稿を読むスピーチだと魅力が半減だものね」とゆめが言う通り、日々木さんは決められた通りにするのが苦手だ。


 緊張して固くなるし、噛んだり間違えたりすることも目立つ。

 入学式なんてヒドかった。

 逆に、自由に発言するととても心を打たれる言葉を放つ。

 単に言葉の内容が良いというだけでなく、そこに気持ちが籠もって感情に訴えかけるのだ。


 選挙参謀に就くと決まったから名演説と言われるスピーチを動画でたくさん見た。

 文章で書かれていてもたいして響いてこないのに、動画だと言葉がよく分からなくても胸を打つことがあった。

 発言者の態度や表情もさることながら、口調や抑揚、そして言葉に籠められた心情が人を惹きつけるのだ。

 日々木さんにはそんなスピーチをするだけの力があった。


「問題は日々木さん自身が自分の発言をキチンとコントロールできないことだね。この前だって予定していた内容とはかなり異なるものになった訳だし」


 つまり、計算してスピーチの力を引き出すことができない。

 予期せぬ発言が飛び出してしまうと、その後が大変になる。

 そして、もうひとつ……。


「あのスピーチのあと、主に1年生からストーカーまがいの行動が出るようになったんだよね。女子高だからまだ心配するほどではないけど」


 日野さんが恐れているのはむしろこちらの方だろう。

 常に安藤さんや澤田さんが護衛しているといっても心配に違いない。

 理由を示されているからにはこの縛りは受け入れざるを得なかった。


「日々木さんによると、日野さんは勝負にこだわってないみたいじゃない」


「でもね、ゆめ。日野さんは絶対に負けず嫌いだよ」


 私を選挙参謀に就けたのはそういうことだと思っている。

 絶対に勝つ。

 私の全力を見せてやる。

 日野さんからの挑戦に必ず応えてみせる。

 人生最大の闘志がいままさに私の中を駆け巡っていた。




††††† 登場人物紹介 †††††


古和田こわだ万里愛まりあ・・・臨玲高校2年生。周囲からは菜月の取り巻きのひとりと思われている。妹を溺愛している。


藤井菜月・・・臨玲高校2年生。大手IT企業創業家一族。新興ではあるが家の名に恥じないようにと努力してきた。今回の生徒会長選挙では選挙のプロの手ほどきを受け、その指示に従っている。


光橋みつはし紅美子くみこ・・・臨玲高校2年生。菜月の取り巻き。ムードメーカー。


丹羽にわ陽葵ひまり・・・臨玲高校2年生。報道部。写真担当。陽稲たちとは別のクラス。


金城きんじょうマリン・・・臨玲高校3年生。報道部部長。部活動の統廃合や掛け持ち禁止に反対していた。そのため反生徒会の報道が目立つ。


若松理沙・・・臨玲高校1年生。生徒会長選挙に立候補した。可恋とは異母姉妹に当たる。学食にヴィーガン用のメニューを充実させる等の選挙公約を掲げている。


真砂まさご大海ひろみ・・・臨玲高校2年生。関東でも屈指の地主一族の家柄で、この若さでマンションのオーナーにもなっている。茶道部の勧誘を蹴って生徒会入りを目指した。


三浦ゆめ・・・臨玲高校2年生。茶道部部長。高級旅館の跡取り娘だが、茶道部部長としては家格が低く肩身が狭い。大海の親友。


日々木陽稲・・・臨玲高校2年生。生徒会副会長。可恋の意向を受けて生徒会長選挙に立候補した。天使のような笑顔を武器にしている。「高校生のうちからファッションを正しく学ぶ」を公約に掲げている。


日野可恋・・・臨玲高校2年生。生徒会長。中学時代から一部では「魔王」と称されている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る