第35話 令和3年5月10日(月)「生徒会」岡本真澄
日野さんが私の家に力添えを求めたからだ。
我が家は大手製薬会社創業家に属する。
お金は不自由なく暮らせるほど持っているが、権力との結び付きがあるとは思わなかった。
だが、私のあずかり知らぬところで動きがあったらしい。
結果、高階さんのスマートフォンは回収され、彼女が所有していたパソコンなども調べられてデータは残っていないと結論づけられたようだ。
私は生徒会長選挙が行われた日から体調不良で数日入院した。
その間にバタバタと事態が推移したと聞いている。
退院した時には父親から「もう心配することはないよ」と言われた。
実は、創業家の跡取りを目指す兄の足を引っ張ることになりかねず、厳しく叱られるのではと懸念していた。
あの時は高階さんに逆らえないと諦めていたが、もっと抵抗できたのではないかという思いが頭を過ぎるようになった。
高階さんと日野さんが争う中でもっとうまく立ち回ることができたのではないか。
安堵する気持ちはあるが、自分のことをそれなりに優秀だと思っていただけに為す術がなかったことが悔やまれた。
ゴールデンウィークは家族の視線を避けるように静岡の別荘で過ごした。
すべての連絡を絶ち、休養に充てた。
緑に囲まれた場所だったので、毎日のように周囲を散策した。
決してアウトドア派ではないのだが、心の傷を癒やす時間になっていた気がする。
そして今日、久しぶりに臨玲高校に登校した。
身分上はまだ生徒会副会長のままだが、もう生徒会室に足を向けようとは思わなかった。
しかし、現実はのんびりとはさせてくれない。
休み時間になると私の元に日野さんがやって来た。
いま1年生は上級生と休み時間がズレていると聞く。
それなのに次期生徒会長が堂々と姿を現し、「話がしたいのですが」と切り出した。
「いつですか?」と問うと、「そうですね。昼休みに新館まで来てくださるとありがたいです」と全然ありがたがる様子もなく彼女は話す。
「了解しました」と頷き、私はそれまでの時間を使って今後の身の振り方を考えることにした。
この白い無骨な建物の中に入るのは初めてだった。
以前来た時は入口で門前払いされた。
外装とは異なり、内装には目を瞠るものがある。
カフェではすでに日野さんたちが席に着いて食事を始めていた。
私は給仕によって別の席に案内される。
悪趣味だった生徒会室とは違う。
テーブルクロス、カトラリー、リネンのテーブルナプキン等、学生向けとは思えないものが使用されている。
いまの臨玲の生徒には分不相応な気がするが、この落ち着いた雰囲気は悪くなかった。
食事を堪能したあとで、席を移して話をすることになった。
私の目の前に日野さんが座り、その両脇に初瀬さんと日々木さんが居る。
初瀬紫苑は説明不要な有名人だが、反対側の日々木さんも一度見たら忘れられない容姿をしている。
この新館は彼女の祖父の寄付金によって建てられたとも聞いている。
あまり感情の籠もっていない挨拶を改めて交わしたあと、私は「今回の件は感謝しています」と礼を述べた。
ほかのふたりがどこまで知っているかは分からないが、日野さんにはこれだけで高階さんのことだと伝わるはずだ。
日野さんも「岡本家のお力添えは大変ありがたかったです」と今度は気持ちが入っていた。
具体的な力添えの内容を聞いてみたかったが、躊躇っているうちに彼女が話し始めた。
「新しい生徒会の役員選考が難航しています。確定しているのはここにいるふたりくらいです。あと、篠塚先輩にはもうしばらく会計業務を行ってもらう予定です」
これまで生徒会は親の威光で役員を選んでいたが、篠塚先輩は別だ。
学校職員が生徒会の仕事を手伝わなくなり苦肉の策として彼女にやってもらうことになったと聞いている。
ここ2年ほど生徒会の実務はほとんど彼女ひとりで行ってきた。
私も会長のご機嫌取りに忙しくてあまり実務には関与できていない。
「篠塚先輩がいれば生徒会の仕事は困らないと思いますが、彼女は3年生ですからいつまでも頼ることはできませんね」
かなり成績が良いらしく、臨玲にしてはかなりハイレベルな大学への入学を期待されているようだ。
なお、下級生の日野さんに対してどういう態度を取るか悩んでいた。
以前は歳下相手なので丁寧語を使っていなかったが、互いの立場は大きく変わった。
彼女が敬意を示してくれる間はこちらも同じように接しようと決めた。
現会長と比較しても劣らない貫禄があるし、私の恩人でもある。
自分の目的達成のついでに助けてくれただけだとは思うが、あの高階さんを排除してくれたのだからどれだけ感謝しても感謝しきれない。
「現在役員を務めている林原姉妹及び関さんに対しては新生徒会メンバーとして加入を要請する意思のないことを伝えています」
副書記の双子に対しては妥当な判断だと思う。
ほとんど会長の賑やかしとしてしか役に立っていなかった。
「関さんを残さないとクラブ側から抗議があるんじゃないですか?」
彼女はクラブ連盟副長という役職だ。
クラブ連盟長は臨玲高校のクラブの代表者が集まる会議を主催する。
そのため生徒会の一存で任命するのではなくクラブ側との話し合いで決められるものだった。
「各クラブには高階を野放しにした責任を取ってもらいます」と日野さんの目が光った。
威圧感は高階さんに勝るとも劣らない。
高階さんからは狂気が感じられたが、日野さんからは底知れぬ力を感じた。
それは口にしたことは必ず実現するという絶大な自信だろうか。
まるであらゆる運命を司る神のようですらある。
これまでの1ヶ月は彼女の手のひらの上で踊らされていただけなのかもしれない。
「そのための篠塚先輩です」と不敵な笑みを浮かべた彼女は私を見極めるように目を細めた。
高階さんがクラブ連盟長という立場を利用して各クラブの活動費を増額し、その一部をキックバックしていたことは私も知っていた。
それは生徒会役員の遊興費にも使われていた。
篠塚先輩はそうしたお金の流れも管理していたはずだ。
「ただ、生徒会に2年生が不在となる状況はあまり良くないと思っています」と日野さんは言葉を続ける。
いよいよ今日私を呼んだ本題に入るのだろう。
私はマスクの下で唇を噛み締めた。
「ご自身を含めて、いまの2年生で生徒会役員に相応しい人物を推薦していただけたらと思います」
ゆっくりと息を吐く。
何人か心当たりが頭に浮かぶ。
だが。
紹介した人物が生徒会で活躍するのを横目で見ながら残り2年の高校生活を無為に過ごすことになれば、きっと後悔するだろう。
1年間副会長として苦労したのは何のためだったのか。
生徒会長となって自分の優秀さを多くの人たちに――私ではなく兄を選んだ両親に知らしめるためだったはずだ。
もう生徒会長になる望みは絶たれた。
このままだと敗者として終わってしまう。
日野さんが「ご自身を含めて」とつけた意図に従おう。
私は意を決して顔を上げた。
「私がやります」
日野さんは私がそう言うのを予想していたのか表情を変えることなく「では、会長補佐に任命します」と淡々と話した。
そして、「今月末に開催するミス臨玲コンテストを取り仕切ってください」と告げて資料を出してきた。
これまでの準備状況を記した表だった。
初瀬さんと日々木さんがコンテストに出場する予定で、ふたりに近い日野さんもあまり直接関与したくないと言う。
「分かりました」
「その間、私はクラブ連盟との折衝や茶道部への応対に注力します。補佐には新館のフリーパスをお渡ししますのでここを拠点にしてください」
歳下だが頼れる上司感が半端ない。
なぜだか心が浮き立つ。
きっと誰かのお
「生徒会のために全力を尽くします。これからよろしくお願いします」
私の口から素直にそういう言葉が飛び出した。
††††† 登場人物紹介 †††††
岡本真澄・・・臨玲高校2年生。生徒会副会長。生徒会長選挙に立候補していたが投票日に辞退した。大手製薬会社創業家一族。
日野可恋・・・臨玲高校1年生。4月に行われた生徒会長選挙の信任投票で次期会長に当選した。理事長との密約を果たすため新生徒会長に就く。
篠塚
林原
関いつき・・・臨玲高校2年生。クラブ連盟副長。
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。同世代に圧倒的人気を誇るカリスマ女優。可恋のことを気に入り、自分のものにしようと考えている。新設の生徒会広報ポストに就任予定。
日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。可恋と同居中。ロシア系の血を引き日本人離れした容姿を誇る。可恋は彼女のためにこの高校に入学し改革を行おうとしている。祖父は北関東で大成功を収めた元実業家。
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