第3話 令和3年4月8日(木)「生徒会」岡本真澄
晴れ渡る青空の下で新学期がスタートした。
始業式のあとのホームルームが終わり、私は足早に生徒会室に向かった。
私が通っていた私立中学と比べると本当に古びた校舎だ。
いまどきの学校はもっと解放感があり、廊下も広々としているところが多い。
建て替えの話があるとは聞いているが、私が卒業したあとになるだろう。
生徒会室のドアも飾り気がまったくない。
私は立ち止まり、一度深呼吸をしてからノックする。
返事を待たずにドアを開ける。
すでにほかのメンバーは揃っているようだ。
部屋は広く、教室とほぼ同じ面積。
だが、テーブルやソファが持ち込まれているので手狭に感じる。
ひとつひとつは値が張りそうな調度品が飾られているが、統一感に欠けている。
私が生徒会長になった暁には少しは改善したいものだ。
改めて中の様子を確認する。
中央のソファに腰掛けているのが生徒会長だ。
整った顔立ちだが、眉間に皺がくっきり刻まれている。
その隣りに座っているのは書記の名垣先輩。
会長の前では常に明るさを振りまく人だ。
反対側に双子の林原姉妹がいて、阿るように上級生のふたりに話し掛けている。
この4人はマスクを着けていない。
あとひとり、離れたところにいるのが会計の篠塚先輩で、会長たちに目もくれず机に向かっていた。
彼女は事務処理能力を買われて生徒会に入った人なので、仕事を押しつけられる時以外は誰からも存在を無視されている。
私が「遅れました」と頭を下げても誰も関心を払わない。
いまは生徒会長がご機嫌を損ねているので、それを何とかするのが最優先事項だ。
いつものことだと思いながら近づいていくと、名垣先輩が「そういえば」と口を開いた。
「新館がオープンしているみたいよ。行ってみない?」
私は止めようと思ったが、それより早く会長が反応してしまった。
彼女は発言者を見つめ、「あれって倉庫じゃないの?」と尋ねる。
「朝、聞いてみたらカフェが入っているそうよ。生徒に知らせないなんて酷いよね」
「理事長が自分だけで利用するつもりじゃないかしら。行ってみましょう。これも歴とした生徒会の仕事よね」と会長が立ち上がる。
私は「お待ちください」という言葉を飲み込んだ。
下手なことを言って私に敵意を向けられても困る。
私は何も知らない振りをしてあとに続くことにした。
「関さんは?」と廊下で同じ2年の林原
彼女は関さんと同じクラスになったはずだ。
だが、彼女は「さあ」と興味なさそうに肩をすくめた。
臨玲高校では生徒会長、副会長、会計、書記といったよくある役職のほかにクラブ連盟長というものが存在する。
それほどクラブ活動が盛んという訳ではないが、クラブ運営で生徒に任されている部分を協力していこうという趣旨で置かれたポジションだ。
元学園長による生徒会の権限強化に伴い、クラブの活動費などが生徒会を通して行われるようになった。
そのため予算を握ったクラブ連盟長はすべてのクラブの存立を脅かすものとなっている。
特にクラブ連盟長が
関さんは2年生で副長の役を担っている。
「新設された競泳部について話を聞きたかったのだけど……」と私は独りごちた。
正直、生徒会の仕事を学校外に持ち込みたくない。
会長の無茶振りに備えるだけでプライベートの時間が削られているのだ。
5月の選挙までと思うものの、それでお守りから解放されるかどうかは定かではない。
「何ですって!」
会長の金切り声が陽差しの下で鳴り響く。
彼女を先頭に建物に入ろうとしたら警備員に止められたのだ。
そして、「許可証がない方は入場できません」と告げられた。
「わたしはこの学校の生徒会長よ!」と胸を張るが、警備員の男性は頭を下げるばかりだ。
「責任者を呼びなさい!」
「この学校の理事長です」と言葉を返され、生徒会長はぐぬぬ……と唇を噛み締めた。
「わたしのお父様は総理大臣なのよ。こんなことをして良いと思っているわけ?」となおも食ってかかるが「仕事ですから」と警備員は平身低頭で対応する。
会長が振り向いた。
入学式の時と同じ鬼のような形相だ。
その時も宥めるのに苦労した。
2日経ったいまも機嫌が悪い。
またかと頭を抱えたくなるが、機嫌が直ってからだと二度手間だと思うことにする。
「何とかしなさい!」と生徒会メンバーに向かって吠える。
ここのことを言い出した名垣先輩は下を向いたままだし、林原姉妹はこんな時に頼りにならない。
結局、会長の視線はこちらを向き、私は何らかの提案を求められることになった。
「先生を呼んできましょうか」
私が交渉したところで埒が明くとは思えないし、できなければ私に責任が転嫁される可能性がある。
先生を呼んでくる間に少しは頭が冷えるかもしれない。
会長は不服そうな表情を浮かべたが、ほかに代案がないので「そうね」と頷いた。
「私が」と言ったのは誰よりも早かったのに、会長の返答を待つ間に林原姉妹が動き出してしまった。
「呼んでくるね~」と普段は仲が悪いのにこんな時だけ息を合わせて走り出していく。
新築の建物の前は春の陽気に包まれ汗ばむほどだ。
苛立たしげに爪を噛む生徒会長が近くにいなければ快適だっただろう。
この新館の近くは一般生徒には縁がない。
駐車場があるので、この辺りを通るのは車で送り迎えをしてもらえる生徒だけだ。
立地的には生徒会役員に相応しい場所だが、私は事情通の職員からここは理事長派しか利用できないと聞いていた。
このまま何ごともなく終わって欲しいという願いを打ち砕くように、校舎の方から生徒が現れた。
3人が並んで歩いてやって来る。
そのうち2人は臨玲の制服を着ていない。
だが、その2人は私でも顔を知っているこの学校の生徒だった。
「何、あの服」と口にしたのは名垣先輩だ。
一方、生徒会長は「日野!」と轟くような叫び声を上げた。
あまりお嬢様学校には相応しくない声だ。
3人の真ん中にいる1年生は入学式で事件を起こした。
入学生宣誓で生徒会を叩き潰すと宣言し、あろうことか生徒会長を持ち上げて退場した。
そして、いま、臨玲の制服風の出で立ちだが明確な違いがあった。
彼女はスカートではなくスラックスを穿いていた。
その隣りは入学式で話題になった新入生だ。
芸能界には疎い私でも名前を知っている初瀬紫苑もまた制服姿ではなかった。
こちらはセーラー服風のスカートを穿いているが、明らかにこの学校のものではない。
あとひとり、小柄な少女は臨玲の制服を正しく着用している。
だが、その腰まで届く長い髪は赤く、緩やかなウェーブがかかっている。
この学校の風紀委員会は生徒会から独立して存在している。
権限は弱いが、十分に取り締まりの対象になるだろう。
だが……。
3人の背後から双子に両手を引っ張られた女性教師が汗だくになって走ってきた。
元学園長派で、何かと生徒会を優遇してくれるベテラン教師だ。
1年生の3人組はそれに目もくれずに建物に入っていこうとする。
そこに手を大の字に広げて会長が立ちはだかった。
会長は大声を張り上げ、「先生、おかしいでしょ!」と息を切らす教師に問い掛けた。
「……これは理事長の権限によるものでして」
膝に手をついたまま教師はそう告げた。
私が「服装についてもですか?」と尋ねると、不満そうな顔で「はい」と頷いた。
1年生の日野が見下ろすように「どいてもらえますか?」と会長に声を掛けた。
そんなことで会長が言うことを聞くはずがない。
日野はそのまま真っ直ぐ進み、ぶつかりそうになったところでサッと横をすり抜けた。
ほかの1年生は会長を迂回して日野の側に行く。
「それでは、ごきげんよう」と日野は微笑んで建物の中へ入っていく。
3人を追おうとして警備員に止められた会長は足でドンドンと地面を蹴りつけた。
まだ息を整えている教師に向かい、「役に立たないわね!」と罵ると、私に視線を向けた。
「
その顔には毒をもって毒を制すと書かれていた。
††††† 登場人物紹介 †††††
岡本真澄・・・高校2年生。生徒会副会長。家は大手製薬会社の創業家一族。あまり優秀ではない兄が家を継ぐことに不満を感じている。次期生徒会長の予定。
名垣瞳・・・高校3年生。生徒会書記。
篠塚
林原
林原
関いつき・・・高校2年生。クラブ連盟副長。
日野可恋・・・高校1年生。入学式で入学生代表として宣誓した。
日々木
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