第143話 令和3年8月26日(木)「部活と委員会」網代漣

 わたしがチラチラと視線を送っても彼女は気にした素振りを見せない。

 いつもと変わらない顔つきで開けっぴろげな性格そのままに会話を主導していた。


「先輩後輩とかウザいから休部中のところにみんなで入るのが良くね?」


「それが良さそうだよね。ちょうど5人いるんだし」とひよりが相づちを打つ。


「SEX研究会とか作ろうぜ」と言い出した淀野さんの頭をひよりがゴツンと叩き、リカは「合コンができるクラブが良い!」と手を挙げて提案する。


 それを無視してキッカは「鎌倉歴史研究部はどう?」とみんなに打診する。

 この夏休みに鎌倉市内の寺社巡りをして彼女は興味を抱いたようだ。


「歴史よりも女の身体の神秘を解き明かした方が……」と言い出した淀野さんの口をひよりが塞ぐ。


「えー、つまんなそう」というリカの声はスルーした。


 わたしとひよりは顔を見合わせる。

 こういった堅い感じの部ならほかに入部を希望する人がいなくていいかもしれない。

 別に人嫌いという訳ではないが、いまのこの雰囲気を壊したくなかった。


「いいんじゃないかな」とわたしが言えば、ひよりも「そうだね」と頷いた。


 こんな話をしているのは今日のホームルームで発表があったからだ。

 学校側と生徒会の連名で出されたそれは部活動に関する内容だった。

 ひとつは、この全国的な新型コロナウィルスの感染拡大に対してしばらくの間部活動を休止すること。

 もうひとつが1、2年生全員が部活動か委員会のいずれかに必ず所属するようにと決まったことだった。


 そうしたものに所属していない生徒からは不満の声が上がった。

 わたしも面倒だとしか思えない。

 臨玲の部活動は全体的に”ゆるい”と聞いてはいるが、それでも上下関係に気を遣ったり、義務が増えたりするのは煩わしいことだ。


 そこで、いつも一緒にいるメンバーで休部中のところに入ろうとキッカが言い出した。

 それなら気を遣わなくてもいい。

 部長もキッカが引き受けてくれるという。

 その話に乗らない訳がない。


「ねえ、キッカも合同イベント実行委員会に入らない?」


 話がまとまりかけたところで、千尋がわたしたちのところに来てキッカに声を掛けた。

 彼女は「各クラス3、4人、出して欲しいって言われているの」と説明する。

 来年度に鎌倉市内にある女子高が合同でイベントを開催する予定になっていて、その実行委員を集めているそうだ。


「もう夏休み中から活動は始まっているんだけど、全然手が足りてないのよ」


 拝むように手を合わせる千尋に、キッカは「掛け持ちは難しい?」と尋ねる。

 千尋は「そうだね。委員会と部活の掛け持ちは認められているけど、こっちはかなり忙しくなりそうだよ」と答えた。

 各校それぞれメインとなるイベントを企画しているが、今後の感染状況によってプランBも用意しないといけないらしくて二倍の手間が掛かるらしい。


 すでに委員になっているいぶきもやって来て、「キッカの力を貸して欲しいの」と頭を下げた。

 彼女によると他校とのやり取りはオンラインでしかできておらず、コロナ禍もあって進捗がすでに遅れ気味なのだという。


「部活動休止で臨玲祭の方も準備が遅れると思うの。その皺寄せが来そうだからいまから人材確保しておかないと間に合わないかも」


「いまふたりだけなの?」とわたしが口を挟むと、千尋は「真砂さんが協力してくれることになったから3人だね」と応じた。


「各クラス3、4人なら足りているじゃない」と指摘すると、いぶきは「それは最低限の数字だから」と顔をしかめる。


 このふたりも真砂さんもクラスの中では優秀という評価がある。

 なにもキッカまで取らなくてもと思ってしまうが、それはわたしの心が狭いからだろうか。


「少し考えさせて」とキッカは態度を保留した。


「前向きな回答を期待しているよ」と言ってふたりは去って行った。


 なんとなく何も言い出せない空気が流れる。

 一緒に部活をやろうとほぼ決まっていたのに、それを蒸し返してもいいものか。

 淀野さんは「他校の女子と知り合うチャンスが増えそうだな」と言って、ひよりに耳をつねられている。


「休部している部活の復活には5人必要だけど、誰か誘えば行けるよな」


「それって……」


 キッカの呟きにわたしは声を上げた。

 彼女は「あのふたりには世話になっているから」と言ったあと、「それにイベントにもちょっと興味があるし」と続けた。


「キッカがそうしたいんなら私はそれでいいよ」と口にしたひよりはわたしを見る。


 その眼差しは、わたしに気持ちをちゃんと伝えなさいと言っているようだった。

 しかし、わたしは何も言えない。

 わたしには言う資格がない。

 まだキッカに浜松であったことを告げていないし、それを隠したままわたしの希望を言うのはズルいだろう。


 わたしは視線を逸らすように俯く。

 キッカが委員会に入ったところで友だちであることに変わりはない。

 ただ彼女のいない部活は味気なく虚しいものになりそうだ。


 溜息を吐いたひよりが「漣も委員会に入ったら」と提案した。

 顔を上げ「わたしが?」と問い返すと、ひよりはこちらをジッと見つめる。


「能力的にはできると思うよ。あとはやる気の問題」


 勉強は平均以下だし、これといった取り柄もない。

 人前に出るのも苦手だ。

 こんなわたしが委員になっても足を引っ張るだけになるんじゃないか。

 だいたい誘われたのはキッカなんだし……。


 そう思いながらはわたしはキッカの顔を見る。

 彼女は無言のままこちらに視線を向けていた。


「漣が一緒だと心強い」


 キッカのその言葉になぜか涙がこみ上げてくる。

 わたしは堪えきれずに泣きながら「うん」と頷く。

 彼女はわたしの涙をからかうことなく温かく見守ってくれた。

 それを嬉しく思いながらわたしはこの出来事を真夏にどう伝えるべきか頭を悩ませていた。




††††† 登場人物紹介 †††††


網代あじろれん・・・臨玲高校1年生。夏休みに浜松に帰った時に親友の真夏に告白された。キッカと良い感じになっていたのに、真夏の告白を断れなかった。


飯島輝久香きくか・・・臨玲高校1年生。面倒見が良くリーダーシップもある。夏休み中は課題のために鎌倉市内の寺社を漣たちと巡った。その結果、漣との仲が深まることに。


岡崎ひより・・・臨玲高校1年生。いろはとの恋人宣言によってそれまで隠していた自分をさらけ出せるようになった。


淀野いろは・・・臨玲高校1年生。おとなしいと思って手を出したひよりに尻に敷かれている。


加藤リカ・・・臨玲高校1年生。玉の輿を狙って臨玲に来たが、上層階級の人とは会話が噛み合わずキッカのグループに所属している。


六反千尋・・・臨玲高校1年生。活動的でポジティブな性格の持ち主。誰からも好かれるタイプ。


香椎いぶき・・・臨玲高校1年生。下宿暮らしで、鎌倉三大女子高のひとつ高女に通う瑠菜と親しくしている。


真砂まさご大海ひろみ・・・臨玲高校1年生。生徒会入りを目指しているが、その足掛かりとして委員になることにした。


田辺真夏まなつ・・・浜松の私立中高一貫校に通う高校1年生。漣とは中学3年間仲良く過ごした。

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