宮城に会う生活に慣れすぎている
第45話
休み中も宮城に会いたい。
そう思っているのか自分でもよくわからないが、まるで会いたいと思ってるように家庭教師の話をした。後悔はしていないけれど、何故あんなことを言ってしまったんだろうとは思っている。
そもそも、同級生に家庭教師だなんておこがましい。
ちょっと嫌なヤツだし、お金目当てみたいじゃん。
私は、溺れそうなくらいお湯につかる。
「宮城のばーかっ」
八つ当たり気味の声が浴室に響く。
明日から夏休みだというのに、宮城から連絡が来ない。わかっていたことだが、家庭教師は必要ないということなんだろう。
休みは会わないというルールだし、宮城が断ってくることは想定の範囲内だ。でも、突然、家庭教師をするなんて言い出した私を宮城がどう思ったのかは気になっている。
悪い人よりは良い人がいいし、嫌われるよりは好かれたい。
単純でわかりやすい行動原理により、仙台葉月という人間ができあがっている。それは、宮城に対しても変わらない。もともと宮城にとって良い人とは言い難い私だけれど、今回の件で嫌なヤツだとは思われたくない。
お金だけの関係。
宮城とはそれ以上でもそれ以下でもない関係だとわかっているし、受け入れているつもりだけれど、同級生からお金をもらっていることが酷く気になるときもある。それは、五千円が介在することを歓迎しているわけではないからだ。
宮城と親しくなればなるほど、五千円の重みが増していく。
それでも、週に一度か二度、宮城に会う生活に慣れすぎてしまって会わないと落ち着かない。連絡がなければ、どうしたんだろうと考えるくらいにはなっている。
本当は、夏休みに宮城と会うべきではない。
最近、感情に流されすぎている。
時間を置くということは大切なことで、時間さえあればどこかに押しやっていた理性を引っ張り出す時間ができるし、冷静さを取り戻すことができる。
まあ、向こうも会わない方がいいと思ってるみたいだし、連絡もないからどうでもいいか。
私は、視線を下へと向ける。
胸元に小さな跡が見える。
人を脱がす度胸はないくせに、キスマークをつける度胸はある。
変なヤツ。
宮城はおかしなことばかりする。
嫌だと言ってもするだろうし、言い争いになっても面倒だから好きにさせたけれど、跡はつけさせなければ良かったと思う。
こうやって目につく場所に宮城の痕跡があると、嫌でも彼女のことを思い出すし、過去を振り返る。おかげで、連絡が来ないことをぐちぐちと考え続けて、お風呂から出ることもできない。
早く消えてしまえばいいのに。
もう夏休みが始まる。
予備校に行って、羽美奈たちとも会って。
しなければならないことが去年よりも多くて、宮城のことばかり考えていられない。
「だめだ。暑い」
私はお湯から出て、脱衣所で体を拭く。
髪を乾かしてから、真っ暗なキッチンに向かう。冷蔵庫の中からスポーツドリンクのペットボトルを持って、部屋へと戻る。
机の上に置いてあるスマホを見るとメッセージの着信を知らせるランプが光っていた。
面倒だなと思う。
時計は、午前零時を過ぎている。
これくらいの時間にメッセージを送ってくる相手は決まっていて、それは羽美奈か麻理子だ。
カラオケがどうとか、合コンがどうとか。
今日、学校で明日からの予定を延々と話されたから、きっとそのことについての連絡に違いない。
夏休み、羽美奈は親に無理矢理塾に行かされることになったと言っていたが、アルバイトをするとも言っていた。麻理子も塾に行くらしい。それでも、カラオケも合コンも外せないと言っていた。
いつものメンバーで遊ぶことは楽しみだけれど、合コンは気が乗らない。二人が連れてくる男の子は、いつも顔だけが良くて中身がなかった。
スマホを手に取って、ベッドに座る。
画面を見ると、予想通り羽美奈や麻理子の名前が目に入る。メッセージの内容も考えていた通りのものだ。
今年は、予備校を理由にいくつかの予定を断ってしまってもいいかもしれない。
そんなことを考えながら画面をよく見ると、宮城の名前があることに気がつく。
『月、水、金の週三回。何時くらいになるか教えて。あと来る前にも連絡して』
メッセージが届いた時間を見れば午前零時少し前で、夏休みまでに返事が来ていたことになる。
律儀に約束が守られていて、私は羽美奈に返事を書くよりも早く、麻理子に返事を書くよりも早く、宮城にわかったとメッセージを送る。
宮城と週に三回会う。
長い休みに加わった予定は、たいした予定じゃない。けれど、今までよりも会う回数が増えるから、不思議な感じがする。予備校の合間に羽美奈や麻理子に会っているだけの休みよりも、退屈せずにすみそうだと思っている私がいる。
予備校は、それほど面白いものじゃない。
講師の先生は、真面目に授業をしてくれる。わかりやすいし、成績も上がった。解くことができなかった問題が解けるようになったり、テストの点数が上がることも楽しい。成果が目に見える瞬間が好きだ。
けれど、いくら予備校に通っても、親に求められている大学に受かるほど成績が上がることがないともう気づいている。それでも、行かないことを選択できずに、親が選んだ予備校に通い続けているからつまらないのだ。
人が言う良い大学に行けるだけの成績はあるけれど、それに大きな意味はない。
私は、羽美奈と麻理子にメッセージの返事を送る。
学校の延長線上、物わかりの良い仙台葉月がわかったという言葉にいくつもの装飾をして、送信ボタンを押す。了承したのは合コン以外の予定で、合コンは保留にしている。
宮城と会うようになってから、自分が考えていたよりも他人に気を遣っていたことがわかって嫌になる。
たぶん、宮城と会っているときが一番楽だ。どこにいるよりもマシな時間で、あの家にいると落ち着ける。
そういうことを望んでいたわけではないから、複雑ではあるけれど。
彼女が指定してきたスケジュールでいくと、家庭教師をするのは水曜日からだ。
午前中に予備校へ行って、午後から宮城の家へ行く。
ただ勉強をするだけだけれど、早く水曜日になればいいのにと思った。
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