仙台さんが選ぶもの
第355話
「ハッピーバースデー!」
スマホから亜美の大きな声が流れてくる。
画面には、笑顔の亜美と、地元に帰って亜美の家へ遊びに行っている舞香が映っている。
「それ、私じゃなくて仙台さんに言ってよ」
無駄に楽しそうな亜美に告げると、「だってさあ」と返ってくる。
「仙台さんに言おうと思ってたんだけど仙台さんいないし、志緒理に言っておこうかなって。来月、誕生日じゃん?」
亜美がおまけのように私を付け加え、また「ハッピーバースデー」と言った。
「早すぎるんだけど」
「もちろん来月も言うから大丈夫」
胸をドンと叩き、亜美がわざとらしく咳き込む。隣では舞香がくすくすと笑っていて、高校時代に戻ったような気持ちになる。
懐かしい。
私はベッドに腰掛けたまま、足を伸ばす。
制服のスカートをはいているわけではないが、懐かしいスカートが見えるような気がする。でも、誰かがいる家が当たり前になってしまった今、あの頃に戻りたいとは思わない。
「志緒理、仙台さんまだ帰ってこない?」
舞香に問われて「わかんない」と事実を伝えると、亜美が芝居がかった口調で言った。
「舞香、ヤバい。仙台さんの誕生日を祝う計画が駄目になりそう」
「ヤバくないでしょ。さっき急に言いだしただけじゃん」
「舞香、こんなのは思いついたら即行動しないと!」
亜美はビデオ通話で仙台さんに「おめでとう」と言いたいと意気込んでいたけれど、祝われるべき仙台さんは出かけていてここにはいない。
そして、どこに行ったのかもよくわからない。
一緒に朝ご飯を食べた後、ちょっと出かけると言って家を出たまま三時間以上が経ち、一人残された私は部屋で留守番をしている。
「亜美、諦めたら? 仙台さん帰ってこなさそうだし」
スマホの向こうで舞香が言い、「えー」と亜美が不満げな声を漏らす。私はそんな彼女に事実をもう一度伝える。
「亜美。ほんとに仙台さんいつ帰ってくるのかわかんないよ」
「ええー」
駄々をこねる子どものような声が聞こえてくる。
けれど、文句を言いたいのは私のほうだ。
こんなのはおかしい。
三時間はちょっとではないし、ちょっとで帰ってくることができないのなら、しばらく、とか、帰ってくる時間を言うとか、もっと事実に近い予定を伝えるべきだ。
そもそも、一人で出かけると言っていたけれど、三時間を過ぎても帰ってこないなんて本当に一人なのか怪しくなってきている。
実は澪さんと会っているとか。
そうじゃない友だちと会っているとか。
家庭教師の生徒に会っているとか。
私はそんなくだらないことを気にしている。
仙台さんが言った通りに、ちょっとで帰ってくればこんな気持ちにはならなかった。本当にむかつくし、腹立たしい。なにをやっているのか知らないけれど、さっさと帰ってきて亜美に祝われるべきだと思う。
私は舞香と亜美が話している声を聞きながら、仙台さんへの不満を心の中に並べて見えない彼女に投げつける。
床を蹴る代わりに自分のかかとを蹴って、ドアを見る。
当然、ノックはされないし、足音も聞こえない。
聞こえるのは、舞香と亜美の声だけだ。
スマホからは二人の声が流れ続け、この部屋には私の声が響く。
亜美が冬休みにここへ遊びに来たいと言い、舞香が無理でしょと笑う。私も無理だと笑う。
それは、彼女が夏休み前にも同じようなことを言っていて、結局、お金が貯まらず、それを実行に移すことができなかったことを知っているからだ。
それを考えると、亜美が冬までにお金を貯めて遊びにくるのはかなり難しいことだと思う。スマホの向こうでは、亜美が「志緒理もこっちに帰ってきてよ」と言っているけれど、それも難しい。私は冬も帰るつもりがない。
「あー、諦めてそろそろ切ろうかな」
亜美が言い、舞香が「そうだね」と言う。
けれど、ドアをノックする音が響いて「待って」と亜美が声を上げた。
「仙台さん、帰ってきたんじゃない?」
画面には満面に笑みを浮かべた亜美が映っている。
部屋のドアがまたノックされ、舞香が「返事しなくていいの?」と問いかけてくる。
タイミングが悪い。
さっさと帰ってくるべきだと思ったけれど、今じゃない。亜美に祝われるべきだとも思ったけれど、祝われてほしくない。
仙台さんは、私が通話を終えてからドアをノックするべきで、今はドアの前に立ってじっとしているべきだ。
でも、ドアはノックされてしまっているから、返事をしないわけにはいかない。私はドアの向こうに「今、開けるから」となるべく柔らかな声で言い、立ち上がる。ゆっくり歩いてドアを開け、仙台さんに「これ」と言って舞香と亜美が映っているスマホを渡す。
「え、なに?」
仙台さんの声に「お祝いしたいって」と返して、「舞香と亜美」と付け加える。すると、すぐに「ハッピーバースデー! 仙台さん」と、スマホから楽しそうな二人の声が響いた。
「ありがとー!」
仙台さんが今日の太陽のように明るい声で言う。
面白くない。
舞香はこの前、澪さんと四人で繋がっているグループで仙台さんの誕生日を祝うメッセージを送っていたし、今ここで祝う必要なんてない。亜美は仙台さんの誕生日を祝わなければならないほど、仙台さんと親しくない。
だから、仙台さんはそんな二人と楽しそうに話す必要はない。
でも、楽しそうに話している。
本当に、本当に面白くない。
「宇都宮、いつこっちに帰ってくるの?」
「九月の予定」
「そっか」
聞こえてくる声は、ピンポン球みたいに弾んでいる。
舞香も亜美もなにも悪くない。
彼女たちは仙台さんの誕生日を祝いたいと心から思っていた。今も純粋に仙台さんとの会話を楽しんでいる。
こういうとき、おかしいのはいつも私だ。
仙台さんと親しそうにしている相手は、自分の友だちであっても許せなくなる。
「宮城」
肩を仙台さんに叩かれ、意識的にシャットダウンしていた世界に呼び戻される。スマホを返されて、「部屋に戻ってるから、話が終わったら声かけて」と告げられる。
壊れた機械のように頷いて「わかった」と答えると、スマホから亜美の大きな声が聞こえてくる。
「志緒理、計画通り仙台さん祝えたし、切るよ。またね」
「うん、またね」
元気よく聞こえるように声を出すと、「じゃあね、志緒理」と舞香が手を振り、画面から二人が消える。
「仙台さん、終わった」
部屋に帰りかけていた仙台さんを呼び止めると、彼女が真面目な顔をして近寄ってくる。
「あのさ、宮城。……今、時間ある?」
ない。
と答えたくなるくらい仙台さんが私にとって良くない顔をしている。
「時間あるかどうかなんて、見たらわかると思うけど」
「じゃあ、とりあえず一緒に部屋に来てほしいんだけどいい?」
「お昼ご飯は?」
「用事が済んでからでもいい?」
「……やだ」
「なんで? お昼ご飯は私が後から作るから、一緒に来なよ」
「行かない。やな予感するもん」
ここではなく仙台さんの部屋へ行かなければできない用事。
そんなものが良いものであるはずがない。
「明日のことなんだけど」
「お祭り? 心配しなくても行くから」
「そこは心配してないんだけど。……まあ、とにかく部屋に来てよ」
仙台さんがにっこりと笑う。
嫌な予感が倍増して、体が重くなる。
ここから一歩も動きたくない。
でも、仙台さんが私の腕を掴んで引っ張る。
「たいしたことじゃないからさ」
笑顔を崩さずに仙台さんが言う。
足が接着剤で床にくっつけられている。
そんな気がしているけれど、仕方がない。
ものすごく、どこまでも、気が進まないけれど、仕方がない。
私は仙台さんと一緒に部屋を出た。
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