夏休みの仙台さんは横暴だ

第49話

 半分まで送る。


 家へ帰ると言ったら仙台さんがそんなことを言い出して、私は断った。外はまだ明るかったし、道は覚えていたから送ってもらう理由がない。一緒に歩いたところで話すこともなかった。


 仙台さんの家へ向かっていたときも、それほど話はしていない。


 それに、一人で帰った方が気が楽だ。

 今日起こった出来事を考えると気まずい。

 だから、何度も一人で帰ると言ったのに、私は何故か沈黙を引きずりながら仙台さんと帰り道を歩いている。


 暑がりのくせに。


 命令する権利がいつ失われたのかわからない。

 彼女は命令だと言った私の言葉を無視して、一緒に家を出ることを選んだ。


 私は隣に聞こえないように、小さくため息をつく。


 仙台さんの家に連れて行ってと頼んだのは、彼女があまりにも自分勝手すぎたからだ。


 夏休みなら何をしても良いというように、断りもなくルールを増やして好きなことをしていた。だったら、私だって無理難題を押しつけていいはずだと思って、場所すら知らなかった彼女の部屋に連れて行ってと命令した。


 彼女がどんな部屋で過ごしているか。

 ほんの少しだけ興味があった。


 どうせ、断られる。


 そう思って気軽に命令をしたことを後悔している。


 私が今日見たものの中には、仙台さんが見せたくなかったものがあった。それは彼女がずっと隠していたもので、これからも隠し続けるはずだったものだ。


 家族に愛されていそうな仙台さん。


 彼女に対してそんなイメージを持っていたけれど、そんな仙台さんは私の想像の中にしかいなかった。玄関でばったり会った彼女の母親は娘を見ることなく出かけていったし、仙台さんも微妙な顔をしていた。


 あまり良い関係じゃないとすぐにわかる雰囲気。


 二人の間にはそういうものが確かにあった。


 失敗したな。


 沈黙が怖かったからとは言え、今日の私は喋りすぎたと思う。おかげで、仙台さんにあんなことをされることになった。


 今、仙台さんは黙っている。

 私も、喋りすぎた分を穴埋めするように黙っている。


 話しすぎたことを謝ってしまえば少しは気持ちが楽になりそうだけれど、謝ったら仙台さんは絶対に怒る。だから、彼女の隣を黙々と歩くしかなかった。


 並んで歩いていても沈黙しかないから、一人で歩いているのとそう変わらない。


 隣を見ることができずに、下ばかり見てしまう。


 歩道には、沈みかけた太陽が作った影が落ちている。


 歩くペースはゆっくりで、仙台さんは行きと同じように隣を歩いている。


「宮城、感想は?」


 帰り道、初めて隣からいつもと変わらない声が聞こえてきて、唐突に沈黙が破られた。


「感想?」


 かけられた言葉の意味がわからず、私は仙台さんを見る。


「私の部屋に来てみたかったんでしょ」


 今日あったことを忘れたような明るい口調に合わせて答える。


「そういうわけじゃない。気分を変えたかっただけ」

「はいはい。そういうことにしておくけど、部屋の感想くらい言いなよ」


 仙台さんの部屋は過剰に飾られていることもなかったし、殺風景というほど何もない部屋でもなかった。ぴったり来る言葉は、ごく普通の部屋だ。私の部屋とそれほど変わらない。


 でも、本棚だけは違った。


 本棚の大半を占めていたのは問題集や参考書で、たまに見ている茨木さんが好きそうな雑誌は並んでいなかった。けれど、それを口にするのは違うような気がして、無難な言葉を告げる。


「よくある部屋って感じだった」

「なにそれ。どんな部屋だと思ってたの」

「もっと女子高生って感じ?」

「あー、そういうイメージか」

「学校だと、そういう感じじゃん」


 仙台さんは派手なタイプではないけれど、学校では目立っていてキラキラしているイメージがある。可愛いものやお洒落なものに囲まれた部屋でも驚かなかった。


「部屋の感想じゃなくてもいいから、他になんかないの?」


 私の言葉に満足しなかったのか、仙台さんが催促するように言う。


 あれから、私は本棚にあった本を読んで過ごした。

 手ぶらというわけではないが、プリントも問題集も持っていかなかったし、他に何もなかったから選択肢がそれしかなかった。そして、仙台さんも本を読んでいた。


 つまり、いつもと何も変わらない時間を過ごしたということになる。


「感想言うようなこと、なかったし」

「まあ、確かに」


 仙台さんが軽く言って、足を止める。

 私も立ち止まると、人差し指が伸びてきて首筋に触れる前に止まった。


「ここ、大丈夫? まだちょっと赤い」


 私を押し倒した仙台さんは、手加減をしてくれなかった。

 首筋に、血が出るんじゃないかと思うほど歯が食い込んだ。

 彼女に何度か噛まれたことがあるけれど、その中で一番酷い噛み方だった。


「痛かったし、まだ痛い」


 そう答えると、仙台さんの手が赤くなっているであろう場所に触れた。


 本当は、もう痛くない。

 でも、痛みが残っているようにずきずきとする。


「だろうね。痛くなるようにしたから」


 やけに真面目な顔をして仙台さんが言う。


 私みたいなことしないでよ。


 そう言いかけて、口をつぐむ。

 自分が今までどれだけ酷いことをしていたのか改めて自覚して、息を吐く。


 私の首を撫でる仙台さんの手を剥がす。

 

 大丈夫。

 こんなことは何でもない。

 今はまだ赤いかもしれないけれど、痛くないし、跡も残らない。


「仙台さんのヘンタイ」

「そうかもね」


 いつもなら否定の言葉を口にする仙台さんが肯定する。


 夏休みに入ってから、調子が狂うことばかりだ。

 私が知っている仙台さんは加減を知っているし、人を押し倒したりしない。命令から外れたことをしても、そこに大きな意味はなかった。


 舌で肌に触れる。

 舐めるという行為はそれだけのものだ。でも、仙台さんはあのとき、それ以上の意味を与えようとしているように思えた。


 いや、気のせいだ。


 全部たいしたことのないことで、明日になったら忘れてしまう程度のことだ。


「行こうか」


 街の喧騒に紛れてしまいそうな声とともに、仙台さんが歩き出す。


 彼女の家に行くときもそうだったけれど、歩く速度がわからない。

 他の子とだったら自然に決まる歩幅が決まらない。


 並んで歩けば良いのか、少し離れた方が良いのか。

 迷って足がなかなか進まずにいるのに、仙台さんが隣にいる。


 家を出てからずっと、並んで街を歩いている。


 仙台さんは行きと同じように比較的ゆっくり歩いているけれど、それが彼女のいつものスピードなのか、私に合わせているのかわからなかった。


 ただ、ゆっくりと、街の景色がかわっていく。


 もう少しテンポを上げた方が楽だとは思う。

 けれど、こうして仙台さんと二人で街を歩くことはもうないかもしれないと思うと、この景色のスピードがかわってしまうほど足を早めることができなかった。

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