宮城の全部を知りたい

第141話

 最近、宮城は私の近くにいる。

 今日もそうだ。


 まあ、相変わらず機嫌が悪いけれど。


「仙台さん、どうしてもこの中から選ばないといけないの?」

「他のをだしてもいいけど、スカート以外はださないよ」


 私の言葉に宮城が眉根を寄せる。


 約束の日曜日。


 私のベッドの上には、あれは丈が短い、これは長い、こっちは色が気に入らないと文句ばかりを口にする宮城によって淘汰され、生き残った三枚のスカートが並んでいる。


 まさか、着せ替えに付き合ってくれるとは思わなかった。


 ご飯を食べに行くのは夕方で、それまでの時間を潰すなら一人よりも二人がいいだろうと思って宮城に声をかけたら「なにするの?」と聞かれて、私はメイクか着せ替えをさせてと頼んだ。無理にどちらかを選べと言ったわけではないし、嫌だと言われたら諦めるつもりだったけれど、宮城が着せ替えを選び、勝手に機嫌が悪くなっている。


「真ん中のにしたら?」


 スカートが可哀想になってくるくらい険しい顔をしている宮城に声をかけ、ミモレ丈のフレアスカートを指さす。


「やだ」

「じゃあ、なにもはかないで行く?」

「そんなの、ただの変態じゃん」

「嫌なら、どれでもいいから選びなよ。もう一度、他のスカートだしてもいいし」


 スカートにこだわっているわけではないけれど、スカートをはいた宮城をしばらく見ていないから久しぶりに見てみたいし、少しでもその気になっているならはいてほしいと思う。


「……真ん中のにする。着替えるから出てって」


 宮城がぼそりと答えて、追い出すように私の体を押す。目の前で着替えてなんて馬鹿なことを言ったら食事に行く話自体がなかったことになりそうで、私は大人しく部屋を出た。


 最近の彼女は素直すぎる。


 他の人なら、これくらいのことで素直だなんて言わない。でも、相手は宮城だ。今までのことを考えたら、怖いくらい素直だと思う。五月とは思えないくらいの気温が続いているから暑さでどうかしているのかもしれない。


 私は、ドアに寄りかかる。

 宮城が選んだものよりも丈の長いスカートが揺れる。


 もうすぐ六月ですぐに七月になって、暑さでもっと宮城はおかしくなってしまうかもしれない。いや、おかしくなってしまえばいいと思う。反抗的な宮城も悪くはないが、素直な彼女も堪能したい。


「もういいよ」


 宮城が聞いたら足を蹴ってきそうなことを考えていると彼女の声が聞こえて、私はドアを開けて部屋に入った。


 ふわりとしたフレアスカートと不機嫌な顔。


 ベッドの前に、着替える前よりも機嫌が悪そうな宮城がいる。

 人の服を着て、雨の日に車が跳ね上げた泥水がかかったときよりも嫌そうな顔ができることに驚くが、宮城は選んだ真ん中のスカートをはいていた。


「似合ってる。可愛い」

「そういうの、言わなくていいから」

「普通、感想くらい言うでしょ。せっかくだし、上も着替える?」


 彼女が着ている薄手のスウェットはスカートと合っているけれど、もう少し着せ替えを楽しみたい。


「このままでいい。それより、もう行こうよ」


 愛想のない声で宮城が言う。


「じゃあ、どこ行く?」


 上から下まで好きな服を着せて、メイクもして、思う存分宮城をおもちゃにしたいけれど、今日の目的は食事だ。これ以上機嫌を損ねるようなことをしたら面倒なことにしかならない。


「近くのファミレスでいい。あんまり遠くに行きたくないし」


 スカートが気になるのか、宮城は足を見てばかりいる。


「わかった。ファミレスにしよっか」


 宮城と一緒に部屋を出て、玄関へ向かう。

 靴を履いてドアを開けると、服を引っ張られた。


「なに履けばいい?」


 宮城が難しい顔をして私を見る。


「スニーカーでいいんじゃない」

「わかった」


 宮城がシューズボックスからスニーカーを出して履く。彼女の全身を見て、可愛い、とまた感想を告げると玄関から押し出された。


 私たちは階段を下りて、ファミレスに向かう。


 二人でスカートをはいて歩いていると、高校の頃を思い出す。制服で一緒に歩くようなことはほとんどなかったが、スカートをはいた宮城が隣にいるとなんだか少し懐かしい。放課後を思い起こさせる。


 宮城はなにも喋らない。

 黙ったままファミレスへ続く道を歩いている。


 車が走る音や子どもの声。

 いろいろな音が聞こえてくるから、私たちの間に会話がないことは気にならない。五月にしては気温が高い街は風もなくて私には暑いけれど、宮城は平気そうだ。前へ、前へと進んでいく。もっとゆっくりでもいいのに歩くスピードが速い。


 宮城の手を掴んで、歩く速度を落とさせたくなる。


 私は手を伸ばしかけて、やめる。

 彼女のスピードに合わせて歩く。

 せっかく楽しい気分でいるのだから、手を振り払われるようなことはしたくない。あっという間にファミレスについても、食事がすぐに終わっても時間はたくさんある。


 宮城がその気になってくれればの話だけれど。


「ご飯食べたらどうするの?」


 私は先を急ぐ宮城に問いかけた。


「食べてから考える」


 良い返事とは言えない返事を口にして、宮城がファミレスに入る。


 メニューを見て、注文をして。

 大学の話や家庭教師の話を少しする。


 宮城はほとんど聞き役に回っていたけれど、こちらから尋ねれば買った本の話だとか、大学の話をしてくれる。会話が弾んでいるとは言えないが、高校時代から弾まないから気にはならない。でも、喋らなければ食事はすぐに済んでしまって、家を出てから一時間程度でまた家に戻ってきていた。


「で、どうするか決まったの?」


 玄関で靴を脱いで宮城に尋ねる。


「部屋に行ってもいい? スカートも返したいし」

「いいよ」


 最近の宮城はやっぱり変だ。私の部屋に来るし、隣にも座る。機嫌が悪いことが多いけれど、なんだかんだ言いながら近くにいる。今日もこれから部屋に来るという。


 私には宮城がなにを考えているかわからない。

 でも、それを嬉しいとは思っている。


「宮城、飲みものいる?」


 共用スペースで立ち止まって宮城を見る。


「いらない」


 素っ気ない答えが返ってきて、私の部屋へ行く。電気をつけて、クーラーをつけるか迷う。いくら暑いとは言え、まだ五月だ。気温を考えればつけても良さそうではあるけれど、この時期からクーラーを使うことは酷く悪いことのような気がしてやめておく。


「仙台さん」


 ベッドを椅子代わりにした宮城に呼ばれて隣に座ろうとすると、足を蹴られる。私は仕方なく床に座って宮城を見上げた。


「なに?」

「足、舐めて」

「その命令、久しぶりにきいた。でも、そういう命令なしだから」


 もう私たちの間に五千円は存在しない。

 あるのはルームメイトという関係だけだ。


「罰ゲーム。仙台さん、私が言わなかったらご飯食べに行くっていう約束守らなかったでしょ」

「ちょっと約束守るのが遅くなっただけで、言われなくてもちゃんと守ったって」

「じゃあ、スカートのかわり」


 低い声で宮城が言う。

 家を出る前よりも明らかに機嫌が悪くなっている。


「スカート?」

「そう。仙台さんのいうこときいて着せ替え人形になったんだから、今度は仙台さんが私のいうこときいてよ」


 なるほど。

 だから、素直にスカートをはいたのか。


 今になって、文句を言いながらも宮城が私の提案を受け入れた意味に気がつく。最初から足を舐めさせようと考えていたとは思わないが、交換条件という名目でなにかさせようとしていたことは間違いない。


「命令してもいいけど、変な命令はきかないから」

「今さらじゃん。何度もしてるし、仙台さん、私の足好きなんでしょ」


 可愛い格好をして可愛くないことを言うと、宮城が私の肩を蹴って足を組んだ。スカートの裾が揺れて、彼女の足に視線が吸い寄せられる。意識が高校時代に飛んで、宮城の部屋が頭に浮かぶ。


 思わず彼女の足に手を伸ばしそうになって、私は自分の手を握りしめた。今そういうことをするのは良くない。でも、宮城の態度から彼女が一歩も引かないということもわかる。


「私がいうこときいたのに、仙台さんがきかないのはおかしい」


 宮城に気がつかれないように小さく息を吐く。


「……靴下脱がせるところから?」

「そう」

「わかった」


 目をぎゅっと閉じてから、開く。

 宮城の靴下を脱がせ、踵に手を添えて顔を近づける。視界が白すぎない健康的な足でいっぱいになって、足の甲に唇を押し当てる。


 真ん中と指の付け根。


 何度かキスをすると、「ちゃんと舐めてよ」と強い声が降ってくる。

 できれば、こういうシチュエーションは避けたかった。今日は、足を舐めるという行為が酷く生々しいことのような気がする。

 でも、宮城が舐めろと言って譲らないのだから仕方がない。


 人差し指の先、舌先をつけて根元まで舐め上げると、宮城の体温が伝わってきて私の体温も上がったような気がする。クーラーをつければ良かったと思うけれど、今からつけるわけにもいかない。

 スカートを膝までまくると、久しぶりに見た膝に心臓がどくんと大きな音を鳴らした。


 私は、踵から土踏まずに手を滑らせる。ゆっくりと指の付け根まで撫でると、宮城が「仙台さん」と不機嫌な声で私を呼んだ。それはやめろということで、私は足の甲にキスをして舌先を押しつける。足首まで舌を這わせて、脛の上にキスを落とす。


 心臓の音がスピーカーでもくっついているのかと思うほどうるさい。

 短く息を吐いて吸う。


 膝の下に舌をくっつけて、骨のあるところを舐める。ふくらはぎに指を走らせて膝の裏を撫でると、宮城の足がびくんと跳ねた。嫌がるように足が逃げだそうとするから、ふくらはぎを強く掴んで骨に沿って舐め上げる。硬い膝にキスをして、私は顔を離した。


「続けて」


 宮城が私の肩を蹴る。


「無理」

「なんで?」

「なんででも。もう終わり」

「勝手に終わりにしないでよ」

「足以外も舐めていいなら続けてもいい」

「そういう命令じゃない。足舐めてよ」


 宮城が不機嫌に言うと、組んでいた足を崩して舐めろというように私の太ももの上に置いた。


 一応、理性を保とうと努力はした。

 でも、これ以上は無理だ。


 理性を留めているネジが緩むどころか、理性が崩れていく音が聞こえる。もともと緩みやすかったネジはこの部屋のどこかに転がり落ちて、見つからないように息を潜めている。いや、私自身探す気がない。理性は崩れた部分から氷のように溶けていき、この暑い部屋ではもとに戻らない。

 私は宮城の足をどけて立ち上がる。


「なに?」


 声が聞こえて、少し迷ってからベッドに右膝を乗せる。宮城の肩に手をかけて軽く押す。わかっていたけれど、彼女の背中はベッドにくっつかない。


「宮城、押し倒されなよ」

「絶対にやだ。仙台さん、変なこと考えてるもん」


 私たちは一緒に住むようになってから、少ないなりに話しをしたり、食事をしたりして、ルームメイトという関係を維持してきた。この関係に不満がありつつも、維持し続けたいと思っている。そう思おうとしてきた。


「否定はしないけど」


 私にはずっと邪な気持ちがあって、そういう夢を見ることもある。


 だから、この命令には従わないと言ったのに。


 最近、宮城がおかしいから、変な命令をしてくるから、こんなことになる。

 この邪な気持ちは宮城が育てたようなもので、ここまでさせておいて知らんぷりをされても困る。私はちゃんと断った。その私の言葉を無視したのだから、宮城が悪い。


「どいて」


 宮城が強い口調で言う。


「どいたらどうするの?」

「部屋に戻る」

「じゃあ、どかない」

「どいてよ」


 鋭い目と低い声。

 でも、私を蹴ったり、噛んだりはしない。

 私を押しのけて逃げるわけでもない。それは宮城が本気で嫌がるようなことを私がしないとわかっているからかもしれない。その信頼を裏切りたくはないと思ってはいる。


「――宮城」


 声が掠れる。

 ゆっくり、時間をかけて。

 せめて部屋に私を入れてくれるようになるまで待ってから宮城に近づくべきだと思うけれど、いつになるかわからない日を待てそうにない。私は風の中を駆け抜けるスピードで宮城に近づきたい。


「お願いだから、これから私がすること許してよ」


 宮城と視線が交わる。

 私はもう一度、彼女の肩を押した。

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