第57話
エンドロールまで二時間とちょっと。
最後の最後まで席を立たずに観る。
隣の仙台さんも最後まで席を立たずにいた。
エンドロールを観ずに帰ってしまう人とは、相容れない。エンドロールの最後におまけの映像が流れることもあるし、映画の余韻を楽しみたいから、仙台さんが最後まで観る人で良かったと思う。
最初は映画に集中できなかったけれど、時間が経つと隣にいる仙台さんのことが気にならなくなった。
映画を観ている間は、誰が隣にいても喋る必要はないし、前だけを向いていられる。おかげで途中からとは言え、ストーリーを追いかけることに集中できた。
「宮城、面白かった?」
館内が明るくなると同時に、仙台さんがにこやかに話しかけてくる。
「面白かったよ」
短く答えて、席を立つ。
映画は原作に忠実に作られていたわけではなかったけれど、面白かったと言って良い出来だったと思う。でも、仙台さんがどう感じたかはわからない。彼女から面白かった映画の話を聞いた記憶がないから、好みに合ったストーリーだったのか予想ができなかった。
「仙台さんは?」
歩きながら尋ねると、彼女は表情を変えずに言った。
「面白かった」
「ほんとに?」
つまらなそうな顔をしていたわけでも、嘘をついている声でもなかったが、仙台さんの態度がしっくりとこなくて聞き返す。
「ほんとだって。面白かったと思うよ」
仙台さんが明るい声でいくつかのシーンを挙げて、感想を述べる。そして、もう一度面白かったと言ってから足を止めた。
「これからどうする? どこか寄ってく?」
映画館の前、仙台さんがこれから進むべき道を決めるべく私に意見を求めてくる。
「どこかってどこ?」
映画を観た後のことは決めていない。
考えてもいなかったから、尋ね返すことになる。
「服とか、なんかそういうの見てくとか」
「仙台さんと趣味合わなそう」
「見るなら、宮城の好きな服でいいよ」
「別に見たい服ないし」
洋服は、クローゼットの中にある分で間に合っている。
欲しい服があるわけではないし、仙台さんと服を見に行っても間が持たなそうな気がした。
「じゃあ、なにか食べてく?」
仙台さんが柔らかに笑って私を見る。
「いいけど、なに食べるの?」
「軽いものがいいかな。なに食べたい?」
「仙台さんが決めて」
「そうだな。宮城って、甘い物好きだよね?」
仙台さんの好きなものでいい。
そういう意味で彼女に行き先を決めてと言ったつもりだったけれど、伝わらなかったらしい。仙台さんは、目的地を私の好みに合わせようとしている。
それが悪いわけじゃない。
相手が舞香たちだったら、素直に食べたい物を告げたはずだ。
でも、今の仙台さんに言われても嬉しくない。
理由はわかっている。
仙台さんがやけに優しくて、ずっと笑っているからだ。
ここにいる仙台さんは、学校で見る仙台さんと変わらない。
にこにこと笑って、明るい声で話す。
今の彼女は、二年生になったばかりの話をしたこともなかったクラスメイトで、私のことを認識しているかどうかもわからないクラスメイトのような気がする。待ち合わせ場所で見た仙台さんの印象は間違っていなかった。
こんな仙台さんは、私の知っている仙台さんじゃない。
「ごめん。やっぱり食べるのなしにして」
私は、目的地を駅のホームに定めて歩き出す。
「ちょっと、宮城。どこ行くの?」
ここが私の部屋だったら不満そうな声が聞こえてきそうだけれど、後を追ってくる声は優しい声のままだ。
気持ちが悪い。
胃がムカムカして昼に食べたものを吐き出してしまいそうで、足を速める。
「帰る」
振り返らずに告げる。
「もう? 早くない?」
「早くない」
ただ私にあわせているだけの仙台さんはつまらない。
こういう仙台さんと一緒にいても楽しくない。
「じゃあ、宮城の家に寄ってもいい? 時間まだあるし」
そう言って、仙台さんが私の腕を掴む。振り返ると、笑顔を貼り付けたままの彼女がいた。
「嫌なら寄らないけど、帰るのは一緒でいいよね」
「なんで?」
「なんでって、宮城の家に寄らないにしても乗る電車同じだし、帰る方向も途中まで同じだもん。一緒に帰ればいいじゃん。今日は“友だち”でしょ」
仙台さんはまだ“友だちごっこ”を続けるらしく、腕を掴んだまま離そうとしない。
彼女の言うことは、それほどおかしなことじゃない。
私の家と仙台さんの家はわりと近くて、帰るなら一緒にとなるのは当然だ。でも、一緒に帰るなら、待ち合わせ場所を知り合いにばったり会うことがないような遠い場所にした意味がない。
「そうだけど、誰かに見られたら困る」
「お盆だし、みんな親戚の家にでも行ってるだろうから偶然会うこともないでしょ」
無責任に言い切って、仙台さんが私の腕を引っ張る。
「だから、一緒に帰るよ」
そう言って仙台さんが私を引きずるようにして進み出すから、仕方なく彼女の隣を歩くことにする。
さっきまでの自分の意思なんて欠片もなさそうな仙台さんよりもマシだとは思う。
少し強引で、自分の意見を通そうとする。
そういう態度は気に入らないけれど、操り人形のような仙台さんよりはいい。けれど、笑顔を崩すことはなかったからやっぱり気分が良くなかった。
歩きながら、仙台さんが何かを話す。
相づちを打っても打たなくても彼女は何かを話し続け、ホームで電車を待っている間も、電車に乗った後も、私に話しかけ続けていた。
ガタン、ガタンと電車が走る。
景色が流れて、家へと近づいていく。
眩しい街も、鮮やかな緑も、流れて見慣れた景色へと変わっていく。嫌いじゃないはずの仙台さんの声は、聞こえているはずなのに頭の中に入ってこない。車内に溢れる雑音と混じり合って、消えていく。
ホームに着いた電車から仙台さんが降りて、私も降りる。
背の高いビルに囲まれた街へ出て、歩き慣れた道を進む。
仙台さんの家へ行った帰り、もう並んで歩くことはないと思っていた彼女がずっと隣を歩いている。でも、話は弾まないし、弾ませようとも思えない。
こういう雰囲気は嫌いだ。
気持ちと一緒に口も重くなって、上手く動かない。無理に喋ろうとすると、空気の膜が纏わり付いて口を塞ごうとする。仙台さんだって、不機嫌な私と一緒にいてもつまらないだろうと思う。
けれど、彼女はずっと私の隣を歩いていて、途中で別れることはなかった。
「結局、家まできてるじゃん」
私は当然のように部屋にいる仙台さんに冷えた麦茶を出してから、彼女の隣に座ってサイダーを飲む。
「友だち、追い返すつもり?」
「まだ友だちごっこ続けるんだ」
「今日一日は友だちでしょ」
ベッドを背もたれにした仙台さんが笑顔を貼り付けたまま言う。
良い人そうで、やな感じ。
きっと、仙台さんももう友だちの振りをすることに意味がないことに気がついている。“ごっこ”はどこまでいっても“ごっこ”で、それが事実になることはない。
「仙台さん。さっきの映画、本当に面白かった? 友だちだって言うなら、本当のこと教えてよ」
映画の感想なんてどうでもいいことだけれど、嘘は付かれたくない。友だちごっこを続ける意味はないが、友だちだというのならこれくらい答えてくれたっていいと思う。
私は仙台さんを見る。
さっきまで喋り続けていた彼女が小さく息を吐く。
「……泣かせようとしているのがわかって、気になった。漫画の方が良かったと思う」
視線を合わせずに、でも優しい声で仙台さんが言った。
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