宮城は私のものじゃない
第215話
澪と早めの夕食を食べて、彼女と別れてから三十分。
並んだピアスをずっと見ているけれど、私の耳についているピアス以上のものは見つからない。宮城にプレゼントするピアスを選ぶためにこの店に来たときは、もっとピアスがキラキラと輝いて見えた。今もピアスは可愛かったり、綺麗だったりするけれど、あのときほどの輝きはない。
私に合うピアスなんてないのではないかと思う。
ずっとピアスを見ていると、そんな気がしてくる。
私は印が消えた首筋を撫でて、自分のピアスに触れる。
宮城は冷たい。
私が差し出した耳にはもう興味がないのか、ピアスを選んであげるなんて言ってはくれない。視線は感じるけれど、それだけだ。
高校の頃からずっと私の耳に穴を開けたがっていたくせに。
私がピアスを選んだように、宮城にピアスを選んでほしい。
宮城が開けた穴に、宮城が選んだピアスをつけられるようにしてほしいと思う。
私はため息を一つつく。
「帰ろうかな」
きっと何時間ここにいてもほしいものは見つからないし、楽しい気分にはならない。時間を潰したくはあるけれど、私は宮城のピアスを買ったお店を後にして、駅へ向かう。電車に乗って、宮城と学祭へ行ったことを思いだして首を撫でる。
十一月も半分ほどが過ぎている。
今ならタートルネックが丁度良さそうで、ここに跡があっても問題ない。でも、私に宮城の跡はない。
いつもの駅で電車を降りて、スカートが翻る。
家へと向かい、階段を上って三階。
玄関を開けると、予想通り宮城の靴はなかった。
彼女は今日、宇都宮の家にいる。
私と宮城はルームメイトだけれど、宮城と宇都宮は親友だから、宮城が宇都宮の家にいてもおかしくはない。ルームメイトとして私が宮城と一緒にいるように、宇都宮が親友として宮城と一緒にいることに不思議はない。
これまでもこういうことはあって、これからもこういうことがある。宇都宮は悪くないし、そういうものだと思っている。私だって宇都宮のことは友だちだと思っているから、友だちが宮城と会うことを邪魔するつもりはない。
ただ嫉妬しているだけだ。
私は共用スペースへ行き、冷蔵庫から麦茶のペットボトルを出す。グラスを出して半分まで注いで、部屋へ戻る。
テーブルにグラスを置いて、ベッドを背もたれにして座る。
スマホを鞄から出して宮城から連絡が来ていないか確かめるけれど、期待したものはない。
遅くなると連絡はあったが、早く帰ってくればいいと思う。
私の手はスマホを離そうとしない。やらなければいけないレポートがあるのに、学祭で撮った写真を画面に表示している。ロック画面に宮城の写真を設定したいと思うけれど、本人に見られたらうるさそうだし、また写真を消せと言われそうだ。
宮城の写真。
宮城と宇都宮の写真。
私と宮城の写真。
いくつもの写真がスマホを流れていき、赤い印がついた写真で手を止める。
スマホの画面、宮城のお腹を撫でる。
もう赤い印は宮城の体から消えてしまっているだろうけれど、私のスマホには残っている。
また跡をつけたいと思う。
どこにいても宮城が私を感じられるように、いつか宮城が私のものになるように印をつけておきたい。それは未来の予約みたいなものであり、宮城を他の誰にも渡したくないという気持ちの表れでもある。
あれからずっと写真を見ては、こんなことばかりを考えている。
印をつけるという変なルールを宮城が導入して、勝手に放り出すからすっきりしない。私まで印に囚われている。
「志緒理」
小さく呟いて、画面から宮城を消す。
メッセージアプリを開いて、宮城に「遅くなると危ないよ」と送る。すぐに「もうすぐ着く」と返事がきて、心臓が高鳴る。それから五分が経って、共用スペースが騒がしくなり、トントンと音が聞こえてドアを開けると宮城が立っていた。
「ただいま」
「おかえり」
「子どもじゃないんだし、心配いらないから」
私が送ったメッセージへの返事らしき言葉が告げられる。
「最近、物騒だしさ」
「気をつける」
そう言うと、宮城が部屋へ戻ろうとするから腕を掴んだ。
「少し話そうよ」
「話すってなにを?」
「雑談。暇でしょ」
掴んだ腕を引っ張ると宮城が抵抗することなく部屋へ入ってきて、私たちはベッドを背もたれにして座る。
「仙台さん、なにしてたの?」
「レポートやろうと思いながら、だらだらしてた」
「しなくていいの?」
「あとからやる」
短く告げて、私が選んだ宮城のピアスに指先で触れる。柔らかく撫でてからそっとピアスにキスをすると、宮城が怪訝そうな声を出した。
「なに? 約束することあった?」
「触りたかっただけ」
もう一度、ピアスを撫でる。
唇を寄せようとすると宮城の視線が刺さって、私はずっと言いたかったことを口に出す。
「ねえ、宮城。私のピアス選んでよ」
「やだ」
「なんで?」
問いかけると、宮城が視線を床へ落とした。
そして、そのまま黙り込む。
「宮城?」
柔らかく呼ぶと、宮城の指先が迷うように動いてカモノハシのティッシュカバーを捕まえ、ずるずると引っ張る。宮城の足元までやってきたカモノハシは、小さな手を握られる。
「……仙台さんみたいに、可愛いピアス選べないし」
宮城がぼそぼそと言って、カモノハシの手を離す。
「可愛いのじゃなくてもいいから選んでよ」
「やだ」
悪気がないことはわかる。
可愛いピアスを選ぶことができないと言う宮城が可愛いと思う。でも、嫌だと言われると少し傷つく。私はずきりとした痛みを癒やすように宮城の手を掴んで、ぎゅっと握る。
「最近、キスマークつけないんだね」
私は痛みを伴う話題から逃げて、気になっていたもう一つのことを尋ねた。
「仙台さん、どこにも出かけないし。あとキスマークじゃない」
「印ってどこかへ行くとき限定なの?」
「そういうわけじゃないけど……」
宮城が歯切れ悪く言い、私と繋がっている手を解いてカモノハシの頭を撫でる。
どうせなら、私の頭を撫でればいいのに。
宇都宮の家へ行き、帰ってきても私ではないものに触れる宮城の興味を引きたくて、彼女のお腹を服の上から触る。
「宮城、ここに跡つけてもいい?」
「やだ」
「なんで」
「なんででも」
「理由言いなよ」
宮城からカモノハシを奪って、服を掴む。ほんの少し裾をめくると、「……気になるから」と小さな声が聞こえてきた。
「じゃあ、宮城が私に跡をつけて」
「それもやだ」
「なにもかも嫌なら、罰ゲームね」
「罰ゲームって誰がするの?」
「宮城が」
「罰ゲームしなきゃいけないこと、してないけど」
「帰ってくるの、遅かったから」
「連絡した」
「でも、遅かった」
宮城は、遅くなるときは連絡をするというルールを守った。だから、私は理不尽なことを言っていて、宮城は罰ゲームを受け入れる必要がない。それでも、たまには宮城が私のいうことをきけばいいと思わずにはいられない。
「そんなに遅くなってない」
「遅いよ。私、宮城のこと結構待ったし」
「待ってたの?」
「待ってたよ」
家へ早く帰ってくると宮城を待つ時間が長すぎるから澪と時間を潰して、ピアスを見ながら時間を潰して、本物が帰って来ないから写真を見ながら時間を潰した。
「……罰ゲームってなにするの?」
絶対に受け入れてはくれないだろうと思った罰ゲームを受け入れるようなことを宮城が言ったから驚くけれど、もらった言葉をなかったことにするつもりはない。
「昔みたいに命令して」
宮城が興味を持ってくれそうなことを告げる。
「昔みたいにって?」
「――足舐めてって言いなよ」
「仙台さんの変態」
「私にこういうこと言わせてるの、宮城だから」
「だとしても、そういう命令しない」
「しないなら宮城が私の足を舐めてって命令するけど、いいの?」
宮城が私の足を舐めたりしないことは知っている。
どんなに頼んでもそういうことはしない。
絶対にしないはずなのに、宮城が小さな声で言った。
「座って」
場所は指定されなかったけれど、記憶を辿ればどこに座ればいいかわかる。宮城はいつもベッドに座っていたし、私は床に座っていた。だから、今日は私がベッドに座って、宮城が床に座る。そういうことで間違いないはずで、私はベッドに腰をかけて足を組む。
床の上、宮城が私を見上げる。
彼女の指先が私の足首を這い、スカートを膝の上までめくり上げる。指は膝をくるりと撫でて、骨を辿って下へと向かう。
宮城の指先が動くと、神経がピリピリする。伝わってくる熱に肺が縮んだみたいに苦しくなって、呼吸が乱れそうで息を細く吐く。
宮城もこんな気持ちになったのだろうかと考えて、すぐに自分を否定する。あの頃の宮城が私と同じ気持ちになっていたとは思えない。
宮城は足を触っているだけで舐めようとはしない。
黒い髪の真ん中、つむじがよく見えて落ち着かない。
「宮城」
小さく呼ぶと、彼女の手が動いてスカートがさらにめくり上げられる。太ももの半分くらいが見えて、思わずスカートを押さえると宮城が不機嫌そうな声を出した。
「足、少し開いて」
「命令と違うことしてるんだけど」
「いうこときいて」
足を舐めない宮城が私に命令してくる。何故か命令しているはずの私が言われた通りに足を開くことになって、膝の少し上、内側に手が這う。
志緒理、と呼びたくなって唇を噛むと、宮城が膝の少し上、内側に唇を押しつけた。
ぴたりとくっついた体温に体が反応する。
唇がくっついている部分に意識が集まって熱い。
宮城が足の内側を強く吸う。
滑らかな髪とつむじが目に入って宮城の頭を掴むと、唇が離れてしまう。宮城の唇がくっついていた部分が見えて、くっきりとついている赤い跡が目に飛び込んでくる。
「そういう命令してなかったと思うけど」
命令は足を舐めてで、キスマークをつけて、ではなかった。
めくられたスカートを下ろそうとすると、宮城に手を止められる。
「跡つけてほしいって言った」
「跡つけて、と、命令は別のものだったでしょ」
「どっちだっていいじゃん」
宮城が素っ気なく言って、私の足についている赤い印を撫でた。
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