第6話
短い冬休みが終わって始業式があった今日、私は宮城の部屋にいる。
理由は、呼び出されたから。
いつもの命令ごっこに付き合わされるために、ベッドでごろごろしている。
部屋に入って、五千円を受け取って。
それからしばらくは自由時間みたいなもので、宮城が命令してくることはない。最初のうちは、この何もない空白の時間が苦手だったけれど、今は学校よりもくつろげる時間になっている。
本棚にずらりと並んだ本はあらかた読んでしまっているが、お気に入りの漫画を手にベッドに横になるくらいこの空間に馴染んでいた。
「仙台さん、冬休み何してた?」
ベッドを背もたれにした宮城が感情のこもらない声で言う。
「勉強してた」
嘘じゃない。
受験に備えて、予備校の冬期講習に参加していた。勉強の合間には、羽美奈たちに会ってパンケーキを食べたり、洋服を買ったりする時間もあったから冬休みはそこそこ忙しかった。
「宮城は勉強した?」
彼女の成績は悪くはないけれどそれほど良くもないようで、私は苦手教科の宿題をよく押しつけられている。
「してない」
「宿題、全部やったの?」
「やったけど、仙台さんに頼みたかった」
「休み中の呼び出しは契約外だからね」
「わかってる」
さも残念そうにため息までつけてから宮城が漫画を読み始め、会話が途切れる。
彼女とは、共通の話題がない。
学校の話やドラマの話、雑誌の話なんかを振ってみたことがあるが、宮城は興味がないのか面倒くさそうに相づちを打つだけで話にならなかった。だから、私は彼女と会話を楽しむということを放棄している。宮城との会話の糸口を探すなんて、海に落とした指輪を見つけるくらい難しい。
彼女との会話が途切れたら、無理に結んで繋ごうとしたって無駄だ。私はこの数ヶ月で、切れた会話は切れたままにしておけばいいということを学んでいる。
静かになった部屋の中、ブレザーを脱いでベッドの下に落とす。
宮城は寒がりなのか、この部屋はいつも暑い。
私は、ネクタイを緩めてブラウスのボタンを一つ外す。
ベッドにごろりと横になって漫画を手にしたところで、宮城が言った。
「こっち来て」
「命令?」
「うん。ここに座って」
宮城が立ち上がり、自分が座っていた場所を指さす。
これから何が起こるのか。
言われなくてもわかる。
でも、私はベッドの下に座ってわざとらしく聞く。
「どうすればいい?」
「脱がせて」
ベッドに腰掛けた宮城が言った。
彼女の言葉は予想通りのもので、太ももの上に足が置かれる。
十二月の終わり、エロ漫画の朗読という上限を超えた命令によって初めて宮城の足を舐めた。あれから冬休み前に一回呼び出され、本棚の整理を命じられた私は今日、また彼女の足を舐めることになるらしい。
目の前には、色黒というわけではないが、白いわけでもない健康的な足がある。私はソックスを脱がせ、普段は覆い隠されている足の裏に触れる。土踏まずから親指の付け根まで指先を走らせると、びくりと足が揺れた。
「舐めて」
足裏を撫でたことが気に入らなかったのか、宮城が低い声で言う。
「わかった」
短く答えて、彼女のかかとに手を添える。
顔を近づけ、少し冷たい足の甲に舌を這わせる。
宮城が何を考えているのかわからないけれど、足を舐めさせるなんて随分とニッチなジャンルを攻めてくるなと思う。エロい漫画の朗読から始まって足舐めに至るなんて、学校で見る宮城からは想像できない。
地味で、目立たなくて、名前くらいしか覚えていなかった。本屋で財布が見つからないなんてことがなければ、一生話をすることもなかったかもしれない。
私は今、そんな女の子の足を舐めている。
柔らかくて、滑らかで。
でも、美味しくはない。
舐めているのは人の足なんだから、当たり前だ。でも、気に入らないわけじゃない。
指の付け根に舌先を押しつけて、足首に向かって舐め上げる。
ゆっくりと、時間をかけて。
そして、舌を離して顔を上げ、宮城を見る。
彼女は、気持ち良さそうな顔をしていた。
頬が少し赤い。
この間もそうだった。
足を舐めた後、少しだけ息が荒くて頬が染まっていた。
きっと本人は気がついていない。
「仙台さん、続けてよ」
私は返事をせずに、宮城の足先に歯を立てた。
強く、歯形が付くくらい強く噛む。
抵抗するように宮城の足が動いて、頭を掴まれる。
「痛いから、そういうのやめて」
言われた通り足の指を解放すると、ふう、と小さく息を吐く音が聞こえた。
初めて足を舐めろと言われて指を噛んだのは、彼女に反抗したかったから。
命令に従うこと自体に抵抗はない。
それでも、足を舐めろと言われたのは見下されたようで気分が悪かった。
だから、噛んだ。
でも、今は違う。
宮城の反応が面白いから噛んだ。
痛いと言ってやめてと命令した声は掠れていて、少しだけ自分の体温が上がったような気がした。
足は小さく震えていたような気がする。
また噛まれるかもしれないと思っていたのかもしれない。
私は、そういう宮城がまた見たかった。
警戒しているのか、今も足先に舌を押しつけると足がびくりと震える。
足の甲に唇をつける。
キスするみたいに何度か触れると、髪を引っ張られた。
「仙台さん、やめて。そういうの気持ち悪い」
視線が鋭い。
だが、引っ張られた髪は痛いというほどじゃなかった。
「そう? 結構良かったりしない?」
「しない。気持ち悪いよ」
掴まれていた髪が離される。
宮城は眉根を寄せていたけれど、頬は染まったままだった。
彼女の顔は、嫌いじゃない。
特別可愛いわけじゃないが、可愛い方に分類できるかもしれない。メイクをすればもっと可愛くなりそうだけれど、興味がないのかしていなかった。勿体ないと思うが、わざわざ伝える必要もない。
私は、宮城の足に口づける。
呼吸が乱れていたわけではなかったから、頬が赤いのは部屋が暑いからなのかもしれない。それでも宮城がいつもとは違う顔を見せるから、私は足を舐めるくらいたいしたことがないと思い始めていた。
「ちゃんと舐めて」
肩を軽く蹴られる。
「暴力反対」
痛くもない肩を押さえると、宮城が「舐めて」ともう一度言った。
私は黙って、舌先で足の甲に触れる。
彼女は命令しているのは自分だと思っているけれど、命令させてあげているだけだ。
主導権は私にある。
逆らおうと思えば、いつだって逆らえる。
契約を反故にして、ここを出て行くことができる。
でも、家にいるよりも宮城の部屋の方が居心地が良いからここにいる。
私は、宮城の少し冷たい足の甲に舌を這わせていく。
べたりと濡れた足の甲に唇で触れる。
宮城の足が小さく揺れる。
多分、三年生になっても、クラスが変わったとしても、宮城は私を呼び出して五千円を渡す。そして、私はそれを受け取る。
五千円が欲しいわけじゃない。
私に命令して、言うことを聞かせていると信じて満足そうにしている宮城をもうしばらく見ていたいだけだ。だから、高校生の間くらいは宮城のくだらない遊びに付き合ってあげようと思う。
どうせ、大学は違うだろうし、今だけだろうし。
期間限定と考えれば、今の関係は悪くない。
私は、唇を離して小さく息を吐く。
そして、宮城の足首に歯を立てた。
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