宮城が私を悩ませる

第364話

 休みは長く続いてほしかったけれど、永遠に続かれても困る。


 ずっと夏休みだったら大学が始まらないし、大学が始まらなければ宮城の誕生日が来ない。


 だから、今日は待ち望んでいた日だったということになる。


「葉月は、今日これからどうするの?」


 隣に座っていた澪に腕をがしりと掴まれる。

 軽く腕を引いてみるが、澪の手が離れない。


 今日最後の講義が終わってそろそろ帰ろうかなというところだったから、嫌な予感しかしない。


「家に帰る」


 これからの予定はそれだけだ。

 と言うよりも、家庭教師のバイトがなければこの先ずっと講義が終わったあとは同じ予定が続く。


「その前、家に帰る前」

「前はなにもないかな。真っ直ぐ家に帰るつもりだから」

「あたしと寄り道しない?」


 澪がにこやかに言う。


「んー、今日は早く帰りたいかな」

「今日“も”でしょ」

「わかってるなら、確認しなくていいんじゃない?」

「もしかしたらってこともあるから、一応。まあ、真っ直ぐ帰るならそれでもいいんだけど、五分だけ話聞いてよ」


 一刻も早く帰りたいけれど、五分くらいなら澪に付き合ってもいい。


 友だちは大事にすべきだ。


 宮城もそうしているし、そう思っている。

 そして、私は宮城から澪を大事にしろと言われている。


 宮城に近づきすぎる澪に思うところはあるものの、私は澪とちゃんとした友だちになるべきで、だから、話を聞くくらいのことはするべきだと思う。


「いいけど、なに?」


 合コンに来て。

 なんて話だったら、簡単に断れる。

 カフェのバイトという話になったら少し面倒だ。

 私は笑顔を作って澪を見る。


「葉月&志緒理誕生日会についてなんだけどさ、四人でお酒のみに行かない?」

「宇都宮はまだ飲めないよ」


 澪から飛び出してきた話はまったく予想していなかった悪い話で、私は話を打ち切るべく妥当な理由を持ち出す。


「あ、そうだった。じゃあ、うちに来る? 能登先輩も呼んでさ」


 澪に悪気がないことはわかっている。

 でも、悪い話がさらに悪くなった。


 私は腕にくっついている彼女の手を剥がして、机の上に置く。


 澪は誘いを断っても嫌な顔はしないし、翌日も前日と変わらずにいてくれる機嫌を取る必要がない人間だ。押しは強いが、裏表のない気持ちのいい人間に分類できる。

 ときどき面倒なことがあったりもするけれど、そんな彼女と過ごす時間は悪くない。


 けれど、それは宮城が関係のない場面だけだ。

 今は楽しいとは言い難い気分になっている。


「どうせなら、うちに来れば? 宮城もいるし」


 笑顔をつけて対案を出す。


「いいんだ?」

「いいよ。澪も知ってると思うけどそんなに広くないし、四人が限界だけど」


 良いわけではないし、誘ってしまった今も発言を撤回したい気分だが、笑顔を継続させて澪を見る。


 背に腹は代えられない。


 誕生日を祝ってくれる気持ちは嬉しいけれど、眉根を寄せたくなる名前が聞こえてきてしまったのだから仕方がない。


「じゃあ、それで。あとは志緒理ちゃんと舞香ちゃんに確認取って、いつやるか決めればいいかな」

「宮城には私から予定聞いとくから」


 彼女は絶対に怒るし、嫌だと言って駄々をこねる。

 その気持ちは理解できるけれど、諦めてもらうしかない。


「おっけー」


 澪が吹けば飛びそうな軽い声で言って、私をじっと見てくる。

 どうやらまだ私は解放されないらしい。


「話はもう一つあるから。志緒理ちゃんに誕生日プレゼント渡したいんだけど、なにがいいかわからなくてさ。どんなものが好きか教えてよ。この前、可愛いものが好きってわかったけど、もう少し情報ほしいし」


 そんなことを聞かれても困る。

 宮城がほしがるような好きなものなんて、私が知りたいくらいだ。


「宮城ってあんまりほしいものの話、しないんだよね」


 好きなものから話をそらし、当たり障りのないことを言って宮城からもらったネックレスに触れる。


 誕生日プレゼント。


 宮城には、このネックレスのお返しになるようなものを渡したい。もちろん、そんなことを言ったら宮城が怒るだろうから言わないけれど、そう思っている。


 ただ、私も澪のようにプレゼントが決まっていない。


「なるほど。なにあげればいいか困るやつだ」


 澪がうーんと唸り、どうしようかな、と呟く。そして、思い出したように立ち上がった。


「もう五分以上経っちゃってるし、そろそろ葉月を解放してあげよう」


 澪がそう言い、私たちは一緒に大学を出る。そして、彼女と別れて、私は駅へ向かう。


 漫画やゲーム。

 ペンギンに猫。

 可愛いもの。


 彼女の好きものをこうしていくつか挙げることができるが、それは私の渡したいプレゼントではない。渡すなら、宮城が気に入ってくれそうなもので、いつも宮城が持ち歩いて私のことを思い出してくれるようなものがいい。


 でも、それがどんなものなのかはわからない。


 街を歩きながら、立ち並ぶ店を見る。

 この中のどこかに宮城が気に入るものがあるかもしれない。


 そんなことを考えるけれど、すぐに否定する。


 なんとなく入った店で宮城が好きそうなものを見つけるのは、酷く難しいことに思える。私は彼女のことをよく知っているのに、わからないことだらけのまま生きている。


 知っているのは唇の柔らかさ、滑らかな肌。

 私だけが聞いたこのある声。

 考えるまでもなく、私は誰よりも宮城を知っている。


 けれど、宇都宮よりも宮城のことを知らない。


 宮城の一番の友人である宇都宮は、私よりも宮城の好きなものを知っていて、知らないことは聞けばいくらでも彼女から教えてもらえるはずだ。


「……早く帰ろ」


 小さく呟いて、足を速める。

 電車に乗って、家へ向かう。


 宮城はおそらくまだ帰ってきていないだろうけれど、彼女が帰ってくる家に帰りたい。そして、今日みたいな日は宮城とキスがしたい。


 宮城と二人で眠った夜、キスはした。

 寝ることとお喋りすることしかしないという約束を破れない私に彼女からしてくれて、一回だけではなく何度かした。


 本当に嫌になる。


 気まぐれで理性的で、私をはねのけてばかりの宮城は、ときどき優しくて、一緒にいるとどんどん宮城を好きになる。


 そんな彼女に渡すプレゼント。


 それは宮城からもらったネックレスと同じように、私の気持ちを込めた特別で彼女が喜ぶようなものがいいけれど、私がもらったネックレスに相応しいプレゼントはたぶん存在しない。


 かと言って、なにも渡さないという選択肢は存在しない。

 どんなものになるかわからないけれど、渡したい。


 世界にはプレゼントになるものがたくさんありすぎる。

 無限にあるものの中から、たった一つを選ぶのは難しい。


 ため息が出そうになってのみ込む。

 宮城のためのプレゼントを考えるこの時間に、ため息は似合わない。


 彼女の誕生日が近い。

 もう時間がない。


 私は電車に揺られながら、ずっと考えているけれど決まらない誕生日プレゼントのことを考え続けた。

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【書籍6巻2/20発売】週に一度クラスメイトを買う話 羽田宇佐 @hanedausa

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