仙台さんは余計なことばかり言う
第227話
玄関のドアを開ける。
中へ入って、もらったばかりのマフラーをぎゅっと握る。
暖かい。
舞香にマフラーがほしいと言わなくて良かったと思う。
「宮城、ずっと玄関にいるつもり? 寒いんだけど」
後ろから急かすような声が聞こえて、背中をつつかれる。
「わかってる」
私は靴を脱ぐ。
マフラーをそっと外し、コートも脱いで共用スペースへ行く。電気をつけると、仙台さんがエアコンのリモコンを手に取った。
「部屋に戻らないの?」
「宮城は戻るの?」
「もう遅いし、寝る」
クリスマスパーティーは楽しかったけれど、疲れた。
それに、もうすぐ日付が変わる。
――二十五日になる。
それは、約束の日になるということだ。
「少し話そうよ。私、宮城に聞きたいことあるんだけど」
仙台さんが私の寝るという言葉を無視してエアコンのスイッチを入れ、椅子の背にコートをかけた。
「聞きたいことって?」
「私のピアス選ぶとき、誰かに相談したりした? 宮城が一人で選んだの?」
「相談なんてするわけないじゃん」
仙台さんに渡したピアスは、仙台さんが私のものだという印で、彼女を管理するものなのだから、私が選んで、私が仙台さんにつけることに意味がある。誰かに相談して選ぶものではないし、相談してはいけないものだ。
仙台さんが私のものだとわかるようにするものに、他の人の意見はいらない。
「ならいい」
仙台さんが静かに言って、私のピアスに触れる。外の寒さを引きずった冷たい指先がピアスを押さえ、柔らかく耳たぶを撫でる。
「……仙台さんは、誰かに相談して私のピアス選んだの?」
「私が自分で選んだ。誰にも相談してないよ」
柔らかな声とともに耳に唇が押しつけられる。
仙台さんがピアスにキスすることは珍しいことじゃない。
よくあることだ。
でも、今日は背中に力が入る。
体が硬くなって、思わず彼女の肩を押す。
「仙台さんの話ってもう終わり?」
時計を見ながら尋ねる。
日付はまだ変わらない。
意識しているわけではないけれど、時間が気になる。
「まだある。紅茶いれるし、座ったら」
仙台さんがコートをかけた椅子を引いて、にこりと笑う。
「いれなくていいから、話があるなら早く話して」
「じゃあ、紅茶は入れないけど、座りなよ」
口調は軽やかで、選択の余地があるように思えたけれど、実際は私に選択権はなかった。私の腕を引っ張り、コートがかかった椅子に座ることを強要してくる。
「話があるなら、立ったまま聞く」
「急がなくていいじゃん」
二十五日になった途端、約束を果たせと言ってくるとは思わないけれど、時間が気になって落ち着かない。でも、仙台さんは腕を離してくれない。
私は彼女を睨む。
「座るから、手離して」
強く言うと、腕を掴んでいた手が離れる。私はテーブルの上にマフラーとコートを置いてから、椅子に座る。
「宮城、こっち向いて」
今日の仙台さんは注文が多い。
嫌だと言って抵抗するよりも言われた通りにする方が早く話が終わりそうで、私は椅子ごと仙台さんの方に体を向けた。
「明日はなにしたい?」
人を座らせたくせに仙台さんは座らずに、明るい声で問いかけてくる。
「……出かける」
行きたい場所があるわけではないが、家にいたら絶対に約束のことが気になる。だから、仙台さんがなにもできないように外にいたい。
「どこに?」
「適当にふらふらする」
「宮城がそれでいいならいいよ」
「ご飯も外で食べる」
「いいよ。なに食べたい?」
「なんでもいい。明日決める」
「わかった」
仙台さんが私の髪を撫で、人差し指にくるくると髪を巻きつけて解く。時間を潰すように同じことが何度も繰り返され、私は彼女の足を軽く蹴った。
「もういい? 疲れたし、寝る」
「もう少し起きてなよ」
「寝る」
短く告げて立ち上がろうとすると、仙台さんがテーブルの上からマフラーを取り、私の首に巻いてくる。
マフラーは気に入っていても、部屋の中で使うようなものじゃない。私は巻かれたばかりのマフラーを外そうとするが、仙台さんに邪魔される。
「似合ってる。すごく可愛い」
嬉しそうな声が聞こえてくるけれど、嬉しくない。余計な言葉は耳に馴染まなくて、仙台さんの足を蹴る。でも、彼女はまた「可愛い」と言って私の頬に唇をくっつけた。
一度、二度。
頼んでいないキスが頬をあたためる。仙台さんの体を押すと、今度はこめかみに唇がくっついて体温が伝わってくる。
「仙台さん、なんなの。私、寝るって言ってるじゃん」
五度目のキスを頬にした仙台さんに文句を言う。
「さっき、できなかったから」
「さっきって?」
「マフラー渡したとき」
「じゃあ、もう気がすんだでしょ」
「足りない」
「私は足りてる」
「もう一回だけ」
仙台さんが微笑んで、私の頬を撫でる。
さっき時計を見てからそれほど時間が経っていないから、まだ二十五日にはなっていないはずだ。約束の日は近いけれど、近いだけで、まだ約束を守るようなことにはならない。
仙台さんと視線を合わせる。
部屋に戻るには、目の前に立っている彼女をどうにかしなければならない。
仙台さんの足を踏んでみる。
彼女は動かない。
私の前からどいてくれない。
たぶん、もう一回という言葉を叶えなければどいてくれない。
時計を見ようとして止める。
キス一回分くらいの時間はある。
「一回だけだからね」
念を押してから、仙台さんの服を引っ張る。
頬を撫でていた手が唇に触れる。
キスは頬にされるものだと思っていたけれど、違うらしい。一回という約束だし、文句を言うほどのことではなくて素直に目を閉じると、柔らかなものが唇に触れた。
そっと重なった唇はすぐに離れるはずなのに離れない。
静かに、ゆっくりと、私と仙台さんの体温が交わり続ける。
でも、穏やかなキスは長くは続かない。
唇とは違う生暖かいものが触れてきて、押し込まれる。それは考えるまでもなく仙台さんの舌先で、当然のように私の中に入り込んでくる。体の外側だけが触れ合っていたときとは違って、熱い。交わり、お互いにやり取りしていた体温が一方的に流し込まれるような感覚に変わり、息が詰まる。苦しくて仙台さんの腕を掴む。
熱の塊が私の舌を絡め取り、呼吸の仕方がわからなくなる。
柔らかいくせに弾力のあるそれは、気持ちが良くて、苦しくて、熱くて、どうにかなりそうで、怖い。
息がしたくて掴んだ腕に爪を立てると、やっと仙台さんの体が離れた。
「こういうキスだって聞いてない」
仙台さんの足を蹴る。
「どんなキスだってキスはキスでしょ」
「ほんと、むかつく」
変なことをされると、眠れなくなる。
エアコンで暖められた部屋は暑くて、巻かれたままになっているマフラーを取ろうとするけれど、仙台さんが邪魔をしてくる。
「……もしかして二十五日になるの待ってる?」
部屋へ戻ることを許してくれない仙台さんに尋ねる。
「待ってるって言ったら?」
抑揚のない声が聞こえてきて、私は力いっぱい仙台さんの足を踏む。
「痛い」
「じゃあ、どいてよ。もう寝るから」
「二十五日、全部私にくれるんでしょ」
「約束って、いつ――」
言いかけて、止める。
二十五日のいつになったら、そういうことになるのか。
それははっきりさせない方がいい。聞いたら、それが新しい約束になり、約束を果たす時間まで確定させることになる。
「なんでもない。寝る」
マフラーを巻いたまま仙台さんの体を押して無理矢理立ち上がり、テーブルの上からコートを取る。
「宮城が今からがいいって言うなら、今からでもいいけど」
「言うわけないじゃん。二十五日全部って言ったって、睡眠時間くらいは必要だから」
「そうだね。明日に備えてゆっくり寝て。おやすみ」
淡々と言葉を紡ぐ仙台さんにおやすみと返して自分の部屋のドアを開けると、「宮城」と呼ばれて振り返る。
「メリークリスマス」
仙台さんが静かに言って、微笑む。
二十四日も二十五日も変わらない。
他の日も同じで、特別じゃない。
ずっとそう思っていたけれど、仙台さんの言葉は特別に聞こえた。
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