【書籍6巻2025年春発売】週に一度クラスメイトを買う話
羽田宇佐
仙台さんの価値は五千円以上でも以下でもない
第1話
別に、
それでも、私が仙台さんを選んだのは運命的なものがあったからだ。……と言えたら良かったけれど、実際は偶然に過ぎない。いくつかの偶然が重なって、そこに私の気まぐれが乗って、今、仙台さんは私の部屋にいる。
週に一回、三時間。
私が彼女に五千円を払う。
そういう契約だ。
いや、はっきりと決まっているわけではない。
二時間五千円のときもあるし、三時間半五千円のときもある。週に一回のときもあれば、週に二回のときもある。時間と回数は流動的だ。でも、五千円という金額は変わらない。とにかく私は、時間と回数はどうでも一回五千円で仙台さんの時間を買っている。
それが純然たる事実だ。
「
私のベッドに寝転がっていた仙台さんが当然のように言って、肩を叩いてくる。
ベッドを背もたれにしていた私が振り返ると、肩を叩いていたのは彼女が読み終えたばかりの漫画だった。
十二月の馬鹿みたいに寒い日、外の寒さを打ち消すようにファンヒーターで暖めた部屋は、彼女にとっては暑いらしくブレザーを脱いでいる。緩めたネクタイにブラウス、心持ち短めのスカートという出で立ちでごろごろしている姿はだらしがない。スカートの中だって、見ようと思えば見えるんじゃないかなという感じだ。
学校では清楚系の見た目を保っている仙台さんのこの格好を見たら、クラスのみんなは幻滅するかもしれない。
「自分で取りなよ」
私は涼しい顔でベッドを占領している仙台さんに、三巻と書かれた漫画を押し返す。
上の下。
薄くしているメイクを取ったら、中の上くらいかもしれないけれど、仙台さんはそれくらいには綺麗な顔をしている。ついでに頭も良くて、成績は上の中くらい、だったと思う。
当然、それなりにモテる。
――らしい。曖昧な言い方になるのは、私が彼女がモテている現場を見たことがないからだ。
彼女は所謂リア充というヤツで、スクールカーストの上位に属する。ただ、上位と言っても上位の下の方だけれど。まあ、それでもクラスで目立つ方だし、モテていてもおかしくはない。
「ケチ。いいじゃん、取ってくれたって」
にゅっと手が伸びてきて、仙台さんが三巻を私の太ももの上に落とす。
「あのねえ、私をなんだと思ってるの?」
「本棚の一番近くにいる人」
「自分で取ってきなよ」
私は冷たく言って、三巻を枕の上に置く。
ここが学校だったら、スクールカーストの底辺というか、ギリギリ二軍の落ちこぼれに属する私が仙台さんにこんな風に偉そうな口を利くことはない。
この部屋だから。
私が五千円を払って、仙台さんを買っているから許されることだ。
ただ、彼女が大人しく私に買われている理由はよくわからない。仙台さんなら、本人がその気になれば五千円どころか、一万円や二万円くらい簡単に手に入れることができると思う。
女子高生というブランドに彼女のルックスがあれば、それくらい出しても買いたいという人がいるはずだ。
だから、頭も容姿も並クラスの私が仙台さんを自由にできる権利を手に入れられている今の状況というのは、おそらくとても希有なことで、この時間はとても貴重な時間ということになる。
「あーあ、自分で取ってくるか」
仙台さんが面倒くさそうに言って、ベッドから降りる。そして、本棚の前に座り込むと、「四巻どこだ」とぶつぶつと呟きながら本を探し始めた。
背中にかかる長い髪はハーフアップにしていて、両サイドを編んで後ろで留めている。髪色は黒というよりも茶色に近いけれど、先生は怒らない。当然、校則を守っていない。でも、清潔感のある服装や髪型によるイメージ戦略のせいか、校則違反を注意されているところを見たことがなかった。成績だって良い方に分類されるから、わざわざ注意しないのかもしれない。
えこひいきが許される世の中というのは、理不尽だと思う。
私は、ばたりとベッドに倒れ込む。
仙台さんのようになりたいわけではないけれど、羨ましいと思う気持ちはある。
私は今日、宿題の範囲を間違えて提出して先生に怒られた。間違えたのが仙台さんだったら、怒られることはなかっただろう。
「ちょっと宮城、四巻ないじゃん。ないならないって、先に言ってよ」
高校生活を人よりも楽に過ごしている仙台さんが、不機嫌そうに私を見る。
「あるって」
「ないよ」
「嘘。あるでしょ」
「ないってば」
強い言葉に、私は記憶を辿る。
四巻の発売日は覚えている。
でも、買ったかどうかははっきりと覚えていなかった。
「四巻、先週発売日だったから買ったと思ってたけど。あー、忘れてたかな」
独り言のように呟いて、明日買ってこようと決める。
べたりと布団に顔をつけると私のものではない良い匂いがして、それが神経を逆なでした。
「発売日、チェックしてるんだ?」
「してるよ」
「オタクっぽい」
「うるさいな」
顔を上げて、仙台さんを見る。
仙台さんの言い方はそれほどきつくなかった。冗談と言える範囲のものだったけれど、苛々が倍増する。
窓の外を見ると薄暗くなっていて、数軒先のマンションに明かりが灯っている。
夜が近い。
カーテンを閉めて、ベッドに座る。
今日は、あまり良い日じゃなかった。
私の気持ちも空と同じくらい暗い。
「仙台さん。こっちに来て、座って」
本棚の前にいる仙台さんを呼ぶ。
「命令タイム?」
「そう」
足を組んで、仙台さんを見る。
制服のスカートは、仙台さんよりは長いけれど決まりよりも少しだけ短い。彼女のようにすらりとした足が見えるわけではないが、それはどうしようもなかった。
「で、どうするの?」
仙台さんが私の前に座って問いかけてくる。
私は組んだばかりの足を崩し、静かに言った。
「脱がせて」
右足を仙台さんの太ももの上に乗せて、紺色のソックスを指さす。
「はいはい」
「はい、は一回」
「はいはい」
私の言うことを聞くつもりがないらしい彼女は、わざとらしく「はい」を二回繰り返してからソックスを脱がせた。そして、「左も?」と聞く。
「そっちはいい。脱がした方、舐めて」
素足で彼女のお腹を軽くつつくと、仙台さんが怪訝な顔をした。
「足を?」
「そう」
夏の初めから仙台さんに五千円を払っているけれど、こういう命令をしたのは今日が初めてだ。いつもは、本を読んでくれとか、宿題をしてくれとか、そういうどうでも良いことを頼んでいた。
五千円で仙台さんが言うことを聞く。
大事なことはそれだけで、内容は重要ではない。だから、私は“いかにも”という命令をしてこなかった。でも、今日はどうでもいい命令をする気分じゃない。
彼女が従いたくないようなことを言いたくなった。
ただ、くだらない命令に従うことに慣れた彼女が言うことを聞くとは思えなかった。
「……わかった」
即答ではなかったものの、予想に反して仙台さんが命令を受け入れる。声には感情の欠片もなかったけれど、私の足首とかかとに手を添える。
仙台さんがじっと私の足を見た。
背筋が、ぞくり、とする。
足が軽く持ち上げられ、甲に生暖かい空気が吹きかかる。
そして、感じる柔らかな感触。
足の甲に、仙台さんの舌らしきものが触れた。
彼女に前払いで渡した五千円。
それは仙台さんを拘束する鎖で、彼女は私に逆らえない。
この部屋にはそういう約束があって、彼女は私の言うことを聞くという約束を果たした。
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