第33話 横浜作戦 その3

 『斬波刀』の柄を握る時、ミカゲには迷いが生まれる。

 同じ遺伝子を持つ少女の1人として生まれ、それ以前の記憶は無く、メンターの下で玩具として扱われた自分自身を想い、集団で暮らし、その存在意義を問う。この命は何の為にあるのか、何故自分はここにいるのか。PVDOという組織はあえて答えを与えず、それぞれに探させている。無責任に見える態度だがおそらくは、問いに対する答えなど最初から無いのだろう。


 『斬波刀』を振り下ろす時、ミカゲは迷いを斬る。

 自分の事ではなく他人の事を想う。学園で時を共にした同級生、卒業して裏の世界で同じ任務についた仲間達、自分のよりはいくらかマシなメンター、先立っていった師匠、そしてタマルの事。様々な感情が混ざり合い、マーブル模様になった絵の具に、一閃の軌道が描かれる。


 刃から放たれた衝撃波が、空を切り裂きながら敵に命中した。距離による減衰もあり、ジー・ケルベロスの強化された肉体もあって大きなダメージにはならない。元々、近接戦闘を主体とするミカゲにとって、『斬波刀』の衝撃波はあくまで牽制手段に過ぎないが、敵からしてみれば鬱陶しい事に間違いはない。


「かかって来い!」


 ミカゲが叫ぶ。言葉など通じるはずもなく、口にした所で相手の行動を変えられる可能性もないが、それでもミカゲは昂ぶる気を吐き出さずにはいられなかった。ビュティヘアの策が何かも分かっておらず、同等に、それが上手くいくかどうかも。しかしミカゲの刀が振り下ろされる時、そこにもう迷いは無い。ただ任された役割をこなす気概が心臓を動かす。リーダーとして最も重要な資質は、人に指図する事ではなく、自身を含めた適材適所を行う事にある。ミカゲにはそれがあった。


 約束の20秒が経ち、『斬波刀』による遠距離攻撃を5発ほど撃ち込み終わった時、ジー・ケルベロスが動いた。時間的に『フレイムタン』を再度発動する準備が整ったらしく、遠くから鬱陶しい攻撃を繰り返すミカゲを確実に仕留める為、接近したい意図が伺い知れた。次は様子見ではなく、3つの頭で同時に『フレイムタン』を発動し、トドメを刺しに来るつもりだとミカゲは予想する。

 それとほぼ同時に、無線からビュティヘアの声も届く。

「ミカゲさん、準備が出来ました。こちらに誘導して来てください」


 ミカゲが望む望まないに関わらず、ジー・ケルベロスの方が既にミカゲを追跡する態勢に入っていた。猛獣を思わせる鋭い爪と四肢で床を掴み、3つの頭で1つの対象を見定め、駆ける。

 一方でミカゲは正面を向いて敵を見据えたまま背中に向かって走る。当然、獣の身体を持ったジーズの方が速く、必然、たった数秒の内に敵の射程に入る。背後からビュティヘアが叫ぶ。


「ミカゲさん! 今です! 跳んで!」


 ミカゲの発動。

 H-12-F『ニ-ドルヘア』

 頭部から髪の毛を放射する。


 ミカゲの発動。

 C-23-M『ベクトル』

 対象の物と同じ方向、同じ速さで移動する。


 全方向に飛ぶ自身の髪、後方に向かう1本を対象にして急加速する。

 その動きを察したジー・ケルベロスが、ミカゲの予想通り『フレイムタン』を3発同時に発動する。バラバラの方向、バラバラの軌道、乱打、乱反射、空気を焙る紅蓮の炎球。

 同時に、ジー・ケルベロスの向こう側でガシャン、という音がした。何らかの無機物が落ち、床にぶつかった音だ。後方に跳ねたミカゲが着地し、勢い余ってビュティヘアの胸元にぶつかった時、目の前で同じ音がした。その正体が何か、ミカゲは瞬時に理解する。


「シャッター……?」

 ミカゲの身体を支えるビュティヘアが、にやりと補足する。

「ええ、防火シャッターです」

 地下街における火災は命取り。延焼を防ぐ為、その手の防火設備は地上にある施設の何倍も用意されている。ましてや店舗の連なる商業施設、フロアの縦横に走る廊下はその全てが隔離出来るようになっていた。


 結果、ジー・ケルベロスは閉じ込められる事になる。自身の吐き出した火炎弾と共に。内側からシャッターを叩く音が何度か響き、獣の断末魔の後、やがて静寂が訪れた。


「安全装置を外して仕掛けを作るのに時間が必要でした」

 ビュティヘアの手には『インフィナイフ』と『ニードルヘア』でワイヤーと化した自身の髪の毛。それを見てミカゲが尋ねる。

「たったの20秒で用意したのか?」

「ええ、もちろん」ビュティヘアが自身の髪の毛を1本つまみ、ミカゲに見せて大真面目に言う。

「このキューティクルに不可能はありません」


 その後、レミルとシンクの無事を確認したミカゲは、改めて無線でタムに新型ジーズの存在と、それを討伐した事を報告した。



―――横浜作戦 作戦本部―――



「ジーズに能力を与えられるのも、ジーズを改造出来るのもティーしかいない。ここにいるかどうかまでは分からないが、もしいるとすれば……」

 タムの隣には右腕のシャルル。

「分かっています」

 シャルルの目の奥で、静かに闘志が燃えていた。

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