第25話 カリスの試験(後編)

 秋葉原駅前、プラザビルの屋上。瓦礫の側に隠れて辺りを警戒しているトーカを見つけて、私は声をかける。まだジーズは追いついていないようだった。


「トーカ、次元結晶は持ってる?」

「はい。あります」


 今日までに私達が入手した5つ、確かにベルム先輩から受け取っていたようだ。


「こちらに渡して」

 私の指示に対して、トーカは首を傾げた。

「何故ですか? まだジーズの殲滅は終わっていません。飛行能力を持つ私が持っていた方がいざという時に安全だと思われます」


 裏の世界には朝も夜もなく常に重い雲が空にかかり、その隙間から僅かに光が漏れている。学園地下においてもそれが再現されていて、私達は時計を頼りに交代で休息を取った。この3日間、私達は学園での暮らしより少しだけ深く関わってきた。


 ベルム先輩の指摘した「可能性」。

 それはトーカの「裏切り」だった。


 集めた「次元結晶」をベルム先輩がまとめて所持しているという情報は、当然私達しか知らない。だが今回襲ってきた大量のジーズは、迎撃した私を無視して一直線にベルム先輩を目指した。という事はつまり、事前に情報を入手していたという事。そして情報の入手先は限られる。


「……私を疑っているんですか?」

 トーカが悲しそうに言った。演技のようにも見えるし、本音のようにも見える。私は沈黙する。

「カリスさん、よく考えて下さい。もし私が裏切っているのなら、ベルム先輩が私に次元結晶を渡した時点でジーズに対してこれをバラ撒きます。目的を果たしたジーズは散り散りになり、私達では追跡困難です。でもそれをせず、こうして持っているという事自体、私が裏切っていない何よりの証拠です。そうじゃないですか?」


 トーカの説得には一理あった。現にこうしている間にも地上の2人によってジーズの数は減り続け、もしトーカが裏切っているのなら刻一刻と不利な戦況になっている訳だ。何も行動を起こさないのは裏切りが無い証拠とも言える。


「……言い分は分かった。でもとにかく次元結晶はこちらに渡してもらう」

 私は宣言し、トーカにゆっくり近づいて行く。もし最初から裏切りなど無いのであれば、トーカの疑いを晴らしてさっさと戦線復帰した方がベターなのも分かっている。


 互いに手を差し出す。互いにじっと見つめる。

 トーカから「次元結晶」を受け取る刹那、近くの瓦礫の山から人影が飛び出した。


「はいはーい! テトラシエンスことティーの登場だよ!」


 学園長だった。変なマントを肩からかけて、大きくティーと書かれたボードを首から下げている。これはつまり、学園長としてではなく敵の覚醒者であるティーとして扱えという事だ。


 そんなメタ的な判断とは別に、私は既に『アミニット』を発動させていた。あくまでも不意を突かれた形を装っただけで、警戒は解いていない。偽ティーの初撃をかわし、同時にトーカから「次元結晶」を奪った。


「あら、油断してると思ったのに。なかなか出来るわね。で、次は?」


「全員退却!」

 叫んだ。私自身も任務用スーツから自分の「次元結晶」を取り出し、それを2つに折り曲げる。

 「次元結晶」が破壊された瞬間、そこから発せられる絶対座標情報によって案内人エルが私達を回収する手はずになっている。実戦試験でも流石にそこまでは再現されていないので、「次元結晶」を破壊した時点で任務は強制終了という扱いになっている。


 だが、私が「次元結晶」を折るのとほぼ同時に偽ティーが私に触れていた。


「はい、試験終了。お疲れ様でした」


 学園長がティーと書かれたボードを降ろした。同時に全てのジーズが機能停止する。緊張が解けたせいか疲れがどっと来て、私はその場に座り込んで2人の合流を待った。


「じゃあ、ここからは反省会ね」


 4人で体育座りをして学園長の話を聞く。


「えーと、今回の試験ではジーズ集団の狙いにいかに早く気づけるかという所とその対処、裏切りの可能性を念頭に置いていたかって所。あと退却の判断を見る試験だったわね。まあなかなかすっきりしない試験だったと思うけど、これは実際にあった任務を元にしてるからね、文句言われても困るからね」


 学園長の口調は軽いが言葉は重い。「裏の世界」において「裏切り」自体は現実に発生する事なのだ。付与人ティーは触れたものに属性を付与する。ティーに「味方」という属性を付与された時点で、級友は私達の敵になる。


「まあもう分かっているとは思うけど、最初からトーカちゃんに裏切り役を頼んであった訳よ。5つ以上の次元結晶が溜まり次第、合図を送ってもらえばこちら側の作戦を始めるっていうだけのお仕事。トーカちゃんはよくやってくれてたわ。探索中にはバレなかったし、探索自体も早かったし。最後の最後もナイス演技だった。ぱちぱち」


 確かに、ジーズが現れてその挙動に疑問を抱く瞬間まで私はトーカの事を仲間だと信じて疑わなかった。


「そうそう次元結晶探索が早かったのはマイちゃんのおかげもあるわね。これだけの数のネズミを正確に操るってのはなかなか出来る事じゃない。最後もかなりの数のジーズを相手に立ち回ったし、リーダーの命令も忠実に守った」


 褒められてマイが照れていた。マイはクラスでも数少ない親学園長派で、たまに学園長室に呼ばれて何かをされている。それで贔屓されている訳ではないと思いたいが、この学園長ならありあえない話ではない。


「でもベルムちゃん。あなたは強すぎ。お目付け役だから仕方ないとはいえ、ジーズを倒しすぎてこっちの計算が狂っちゃった。最終局面もジーズに襲われながらなら、完全に不意をつけたのに。なにげにヒントも出してたし」

「お言葉ですが学園長。私はただ、リーダーであるカリスの命令に従っただけです」


 堂々と学園長に反論するベルム先輩。確固たる自信が無ければ出来ない行動だ。


「ま、それもそうね。さて、あとはチームリーダーのカリスちゃん。あなたの評価は……うーん……」

 学園長が唸っている。確かに最後の最後は微妙な所だった。ティーに触れられているのが僅かに先なら私も試験中のトーカ同様に裏切り者になっていたはずだ。こちらが早いと判断してくれれば、とりあえず「次元結晶」は7分の5だけ回収出来た事になるはずだが。

 学園長はじっくりと考えながら、私を値踏みするように見た。


「学園長」と、ベルム先輩が口を開く。「意地悪してないで教えてあげたらどうですか?」

 にへらっと笑う学園長。


「んもうベルムちゃんったらせっかちなのね。合格よ合格。カリスちゃんも良く頑張りました」

 私の肩から強張りが抜けて僅かに下がった。代わりに苛立ちが芽生えた。

「さっきも言ったけど、今回の任務は過去実際にあった任務を再現しているの。2年生はまだ習っていないでしょうけど、ベルムちゃんは知っていた訳ね。で、実際にあった秋葉原での任務はどうなったか分かる?」


「2チーム8人全員がティーの能力に触れて裏切りもしくは死亡。当然次元結晶も回収出来ず」

「もうまたベルムちゃんったら。私が言いたかったのに」

 苛立ちは募るが今は我慢だ。そう自分に言い聞かせる。


「実戦試験の結果は100点満点中90点って所ね。覚醒者と出会ったら即退却が基本。裏切った味方に未練があると、もっと酷い結果になるからね。10点分のマイナスは最後にトーカから次元結晶を奪った所ね。あれが無ければもっと安全に逃げる事が出来たよね」


 結果を残す為に犯したリスクだったが、どうやら採点上はマイナスだったらしい。覚醒者の恐ろしさは分かっていたが、任務の達成を天秤にかけた判断を誤った。反省すべき点だろう。


「まあでも落ち込まないで。他の細かいミスなんかは、その根性に免じて目をつぶってあげる。カリスちゃんおめでとう。実戦試験合格よ」


 こうして、私の実戦試験は終わった。

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