第24話 カリスの試験(前編)

 東京、秋葉原。表の世界では特殊な趣味に特化したお店が沢山ある電気街らしいが、「裏の世界」においては廃墟となっている。というのも、半年前に始まったこの戦いにおいて、秋葉原は戦闘の中心となったからだ。最大時は駅の周辺に500体以上のジーズと能力を持った少女20人で正面戦闘が行われたという。表においてイベントや観光客が多くて賑やかな街だと「次元結晶」の産出量が安定しており、どちらにとっても押さえておきたい場所という事になる。


 現在、秋葉原の支配権を持っているのは我々PVDO側。常に必ず1チームが残留し、「次元結晶」探索とジーズを発見次第殲滅している。


「あ、見つかった! これでしょ」

「いやそれどう見ても違う」


 我々カリスチーム4人は、手分けして「次元結晶」探索を行なっている。

 分け方は、私とマイの2人。ベルム先輩とトーカの2人。トーカが召喚した『劣化分身』3人1組が2組。合計4組。そしてそれとは別に、マイが召喚した『カルキュラット』40体を街中に放って、「次元結晶」「らしき物」を見つけ次第持ってくるように命令している。ただ、あくまで知能はネズミなので間違った物も持ってくるし、今以上に数を増やすと共食いを始めるらしい。


 とはいえ狭い所にも入り込めるネズミのおかげもあってか探索は概ね順調で、3日で5つの次元結晶を獲得した。目標値の7個まではあと2個。まだ4日も時間があるので、「次元結晶探索」の方の任務は余裕を持ってクリア出来そうだ。


「定時連絡。こちら異常なし、どうぞ」


 イヤホンから『劣化分身』の声がする。続けてベルム先輩からも同じ連絡が入る。


「実戦試験って言うから身構えてたけど、なんか意外と楽だね」

 と、マイが崩れた壁の欠片を蹴飛ばしながら言った。

「油断は禁物。任務にジーズの殲滅とある以上必ず敵は現れるはず」

 もちろん本物のジーズは「裏の世界」にしかいない。だから現れるのは学園長が能力で召喚した機械仕掛けの偽ジーズだが、学園の地下においてのみその性能は本物に匹敵する。実戦とほぼ同じ状況で判断力と戦闘力を発揮出来るかを見る重要な試験なので、学園長もリソースを割いているという訳だ。


「でもさ『次元結晶』の探索が順調なのは私のおかげだけど、ここ3日でジーズが1体もいないってのはなんかおかしくない?」

 マイの疑問は私も同じく抱いていた。資料にある私達の前のチームの報告によれば、部隊を組んでいない個体や、斥候と思わしき個体が毎日何体かは見かけられるという。だからいざ交戦した時の為に戦力を出来るだけ均等に振り分けた。私とマイは前衛後衛がはっきりしているし、ベルム先輩とトーカは攻撃役と回復役でバランスが良い。それから『劣化分身』3人は足止めと報告を優先するように命令を出してある。


「平和なのは良い事だけどさ、ちょっと退屈じゃない?」

 マイの発言に私が同意すべきか少し迷った時、妙な音が僅かに聞こえた。地面に杭を打ち付けるような音だ。2人黙って耳を澄ますと、断続的に響いている。


 反射的に辺りを見回すが、どうも建物の中から聞こえているようではない。一部壁が崩れ、外が見渡せる場所に2人で移動する。するとそこから見えたのは、白くて巨大な棒状の物が、秋葉原駅に向かって走ってきている姿だった。百足のような多数の脚で地面を刺して移動している。


「各員、探索を中止して至急合流! 合流場所は……えっと、駅前広場で!」

 あまりに突然の事に私は狼狽えて、指示に若干の躊躇が混ざってしまった。ベルム先輩に減点されてしまう、という考えが一瞬頭をよぎったが、今はそれどころではない。

「マイ! 『グラヴィジョン』!」

「今した!」


 白くて棒状の巨大ジーズ。確か教科書で見た事がある。情報が正しければ、あの中には大量の人型ジーズが乗り込んでいる。その代わり戦闘力はなく、いわば輸送専門の電車のような物だ。


 マイの『グラヴィジョン』によって重量が2倍になったおかげで、速度が若干だが遅くなった。私は片手で『チャージショット』を溜め始めながら、建物を降りていく。同時にマイク越しで指示を飛ばす。


「どれくらいの数がいるか分からないので、私が出だしを叩きます。後退しながら戦う事になるので各員準備を。トーカは出来るだけ『劣化分身』を集合させて。マイも『カルキュラット』の準備」

「私も駅の中に向かいましょうか?」

 ベルム先輩の声。私は少し考え、返事をする。

「……いえ、ベルム先輩は駅前広場で迎撃の準備をお願いします」

「はい、了解」


 この判断が正しい物なのかどうか分からないが、今はとにかく自分に出来る事をやるしかない。


 私が電車の前に到着すると同時に、電車型ジーズの背中が割れ、そこから大量のジーズが飛び出した。形は人型でサイズは小型。1体1体は150cmくらいの大きさで武器も持っていないが、その数はざっと100体程度いる。たった4人で相手にするには多すぎる。


 出来るだけ群が密集している位置に向かって、私は溜めてきた『チャージショット』を放出した。到着した直後を捉えた事もあり、約10体あまりが弾け飛ぶ。残りがこちらに向けて襲って来ると予想して下がったが、集団は完全に私を無視して駅の中を走って外へと向かっていった。


 何かがおかしい。ジーズは基本的に、攻撃して来る相手を狙って行動する。だが強烈な一撃を繰り出した私を無視するという事は、他に何か明確な目的があるという事だ。


「なぜか分からないけどジーズが真っ直ぐそっちに流れてる。囲まれるのは避けて」

「それはここから逃げるって事? それとも戦うって事?」

 ベルム先輩のもっともな指摘。想定外の事態に私も混乱している。

「た、戦ってください。何か建物を背後にして、遠距離攻撃をしてきたらマイの『バリア』で、あとはベルム先輩が各個撃破。私も後続を倒しながらそっちに向かいます」


 こちらを狙ってこないのであれば、ジーズを処理する事自体は比較的楽だ。私に背中を向けている限り狙いを外す事もない。だがいかんせん数が多すぎて、しかも全体が一直線の方向に向かっているので見た目上減っている気がしない。


「も、もしかしてだけど、こいつらの狙いって……」

 私の位置から戦う3人見えると同時にイヤホンからマイの声が聞こえた。

「……だから私を無視する訳か」


 ジーズの目的というのは大抵、「次元結晶」であり、この大量のジーズも例外ではない。そしてこの3日で見つけた「次元結晶」は、全てベルム先輩に預けてある。4人の中で1番生存率が高そうなのがベルム先輩だったからだ。


「奴らの狙いはベルム先輩の持っている次元結晶だ」

「そのようね。で、どうする?」


 圧倒的な数の不利。迎撃だけではいずれジリ貧になって全滅する。「次元結晶」も奪われ、必然的に任務失敗。おそらく私は再試験を受ける事になる。


「トーカ、ベルム先輩から次元結晶を受け取って建物の上へ逃げて。見た所飛べる奴はいない。ジーズがトーカを追いかけ始めたら追撃して数を減らす」

「トーカちゃんを囮に使う訳ね」

「……そうです」

「隊長の作戦に口を挟むつもりは無かったけど、あなた『可能性』に気づいてる?」

「……気づいてます」

「ならいいわ。はい、トーカちゃん」


 ベルム先輩から「次元結晶」を受け取ったトーカが、『空中浮遊』を使ってビルの上へと逃げた。予想通り、ジーズの群れはトーカの方を追いかけてビルをよじ登りだした。こうなれば後は撃ち放題だ。


 ベルム先輩はその『斬波刀』の腕前を存分に振るい、ジーズを次々に撃破していく。マイは『カルキュラット』で相手の足元を崩し、『グラヴィジョン』で潰す。


 そして私は別のルートからトーカの逃げた場所を追いかける。

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