第15話 メンター(中編)

 PVDOにおいて、メンターの選別は全てインターネット上で行われる。覚醒者エフの能力によって、髪の毛の1本1本がハッカーのように日本国内におけるトラフィックを監視しており、独自のアルゴリズムによって、能力バトルを分析する能力があり少女の監督をするのに相応しい人物が選ばれている。ページの閲覧記録、SNSでの発言、購入物から通話記録に至るまで最適な人物を探す訳ではあるが、そこに人間性の分析は含まれない。つまり、危険な思想を持った人物でも一般的には不快な趣味を持った人物であろうと選ばれる事があるという事だ。


 組織としてのイレギュラーを無くす為には、そういった要素を排除する事が望ましいのは明白ではあるが、それ以上に必要なのは多様性であるとエフは判断している。その多様性の中には、少女へ虐待する性質や負けが続けば怒鳴りこんで来るような沸点の低さも含まれており、倫理観は介在しない。


 そんな中、エフ「が」見つけたのではなくエフ「を」見つけた人物がいた。インターネットの世界において、何やら奇妙な事が起きている事に気付いた数少ない人物。それがポップコーンのメンターである「ゴム頭ポン太郎」だった。もちろんこれは戸籍上の正式な名前ではなく、自己申告のハンドルネームであるが、エフはそれを許可し、メンターとしての資格も与えた。稀有な才能を認めたからだ。


 裏の世界でも学園でも無効化される事を承知でポップコーンにH-W系能力とC-L系能力を与えたのももちろん暴挙だったが、それは裏の世界においてダブルがルールを変更する事を読んでの事だった。全く正体不明かつ底知れぬ人物であり、今日も本部に呼び出されていたが、応じなかった。


「応じなかったって、エルさんならどこにいても捕まえられるんじゃないですか?」

 田が素朴な疑問を口にすると、音声で本人から返答があった。

「うふふ、いくら私の力でもどこにいるかも分からない人物は連れてこれないのよ。で、エフも居場所が掴めないからお手上げって訳」

「居場所が掴めないなんて事あるんですか?」

「滅多に無いけどね。ネットもカメラも無くて衛星からも見えない無人島ならありえるかもってくらい。もしくは、何らかの方法で隠れてるか」


 覚醒者2人がかりの追跡ですらも逃げ果せるというのは凡庸な田からすれば想像もつかない事だった。

「まあ、時期がくればあちらから連絡が来るでしょう。その時はまたお願いね」

 今日のメンター面談にゴム頭の名前があったが、現れないのはそういう訳だった。

「怪しい奴だが、今回は直接関わってはいないだろう。後回しでいい。次の奴を入れてくれ」と、タム


 裏切り行為の発覚した鈴木は既に別室に連れて行かれ、拘束されている。後ほど取り調べが行われる予定だが、まずは犯人の炙り出しという訳だった。


 この数日、裏の世界における調査で分かったのは、ベルムと同行していた3人がまだ生きているという事。そして横浜駅に潜伏しているという事だった。3人が同時に裏切るという事は、事前の口裏合わせがあった可能性が高いとタムが判断し、用意されたのがこの面談だった。


 少女は3人であるが、1人はPVDO所属のサポート役でメンターはいない。が、『死線』使いのジンクスと学園では同室だった少女であり関わりは深い。


 男が1人入室する。席に座ると同時に田の口からタムの質問。

「ジンクスの裏切りを知っていたか?」

  

「知っていた。むしろ俺が指示したと言っても良い」


 その男に一切悪びれる様子はなく、怯えている様子もない。田はボスとしての演技を続け憮然と構えていたが、内心ではそわそわとして男の解答に対するタムの返しを待った。


 男の名前は牧野宗一。ジンクスのメンターであり、19歳の大学生。ランクは20後半を維持しており、勝率も良好。背が高く、男にしては髪が長い。切れ長な目の片方だけを前髪で隠している神経質そうな瘦せぎすな青年だった。


「それは裏の世界の誰かから取引を持ちかけられたって事で良いんだな?」

「そうだ。ジンクスを通してメッセージを受け取った。要約すると『こちらにつけば、世界を滅ぼした後に褒美を約束する』って所か」

 牧野があまりにも簡単に認めるので、むしろ田が不安になった。タムの能力は知らないが、少なくともエフには人1人苦しめて殺す能力があるのを身を持って知っていたからだ。

「褒美とは?」

「ハーレム。正確には、良い女を独り占めして後ろ指さされない状態が欲しくてな」

 牧野の答えはシンプルかつ本能に忠実だった。片方だけ出た目はいやらしく歪んでいる。


「年に何億も何十億も稼ぐような価値のある人間が、少し浮気しただけで世間から非難される。なんか間違ってると思わないか? 能力のある人間に十分な報酬を与えないこの世界に飽き飽きしていてね。それをぶっ壊そうとしているあちらさんと、守ろうとしているPVDOとじゃ前者になびくのが当たり前って事だ」

 幼稚で高飛車な牧野の主張に、田は自ら反論の1つもぶちたい衝動に駆られたが、タムはあまり興味が無いようだった。


「奴らが約束を守ると思うか?」

「思うね」

「根拠は?」

「知りたいか?」


 緊張感が一気にピークへ達する。先に気づいたのはタムだった。


 牧野が片方の目にかかった髪をかきあげる。

 と、同時にタムが田の首根っこを掴んで後ろに引っ張った。


「エル! 襲撃だ!」


 牧野が髪で隠していた方の眼球は、ジーズで出来ていた。

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