第14話 メンター(前編)
―――PVDO本部 本部長室―――
エルによって新しく作られた部屋だった。これまでは、ランク10に到達したメンターへの対応はエフとエルが行っており、与える情報を2人で管理してきた。だが、裏の世界における任務の難易度が増し、2人のリソースをそちらに割く必要が出来、1人の男に白羽の矢が立った。
「こいつが例の奴か。ちゃんと騙せるのか? いかにも昼行灯って感じだが」
本部長室には前面を半円で覆う形の巨大で重厚な机が1つあり、アンティークチェアに腰かけた男が手を組んで口元を隠している。時計、置物、絵画、本棚、カーペット、どれを取っても威厳たっぷりの内装。高級なスーツを着て「いかにも」な雰囲気を醸し出している男の中身だけがその部屋では不釣り合いだった。
腰かける男の隣には、戦闘用スーツを脱いで正装に着替えたタムがタブレットを持って立っている。
「目的は分かった。で、私は何をすればいいんだ?」
タムがインカム越しに尋ねると、司令室にいるエフからの返事が返ってくる。
「何もかも全てお前がやれ、タム。そいつの机の上、相手から見えない位置に小型のモニターが仕掛けられているから、お前がタブレットに書いた文字をその男が読み上げる手筈になっている。直接お前が話しても良いが、あくまでも『この男が首謀者』という体裁は崩すな」
「こいつの台詞まで私が考えるのか。じゃあこいつマジで張りぼてじゃないか」
「そうだ。基本的には何の意思も無い人形だと考えろ。いざという時のスケープゴートだからな」
その会話を隣で聞いていた男が、おもむろに口を開いた。
「……泣いていいか?」
男の名前は田秀作。以前、普通なら許されない頼みを聞いてもらう代わりに、PVDOの傀儡としてその人生を捧げた男。
「いいか、その無能がボス。お前がその秘書という役だからな。これはあくまでも任務だ。失敗するなよ」
「こいつがトチらなけれりゃな」
田はこれまでも何度か対外的な雇われボスとしての役割をこの形式で果たしてきた。これまで隣にいたのはタムではなくエフかエルのどちらかだったが、今日はタムが選ばれた。目的の為に必要な人選だった。
「そろそろ1人目を入れるけど、いいかしら?」
エルからの通信が入り、タムがそれを許可する。田は眉間に皺を寄せて、「ミスるなよクズ」と書かれた目の前のモニターを眺めて悲しい気持ちになる。
メンター面談。1人目の男の名前は鈴木一誠。
「し、失礼します」
年齢は40代後半。頭頂部は禿げ、だらしなく腹だけ太った餓鬼のような体型をしている。PVDOからの正式な呼び出しという事もあって一応スーツを着てきたが、着慣れていない上にネクタイも若干曲がっている。かつては無職で、半身不随の父親と要介護3の祖母の世話をしているロストジェネレーションだったが、PVDOでその才能を発揮し、大金を手に入れた。現在はヘルパーと雇って自身はメンターとしての仕事に集中している。
モニターに表示されたそんなプロフィールを読んでいると、「座れ」と表示され、田がそのまま読み上げる。
「座れ」
「は、はひ」
汗をハンカチで拭きながら、中心においてある椅子に鈴木が座る。元々が小心者らしく、見せかけだけの田にも十分ビビっているようだった。
「鈴木一誠、聞きたい事があって今日は呼んだ」
「は、はい。それはもう、何なりとどうぞ」
鈴木にしてみればPVDOは家計を支える唯一かつ最大の収入源。それを失う訳にはいかないというのもあり、目の前の偽ボスに平伏してしまうのは自然だと田には思えた。
「お前がチャコと名付けた少女だが、裏の世界で消息を絶ったのはもう知っているな?」
鈴木は大げさに頷く。下手な愛想笑いも浮かべるが、田は田で流れる文字を追うのに忙しい。チャコという少女はベルムが亡くなった際に一緒にいたチームメイトの1人であり、裏切りの疑惑がかけられていた。
「チャコがPVDOを裏切った可能性がある。心当たりはあるか?」
「へぁ!? そ、そんな……滅相もありません。わ、私は、私は何も……」
明らかに狼狽えている鈴木。その様子を怪しい態度と表現する事も出来るが、タムからの揺さぶりに対して示すのだからむしろ本当に混乱しているとも取れる。
「分かっているとは思うが、PVDOにおいて裏切りは最も重い罪だ。メンターがそれに関わっているとなれば、記憶や金の剥奪では済まない」
田は自分の口で言いながら、自分がそう言われているようにも感じていた。隣で無表情のままその文章を打ち続けるタムに対して、若干の冷や汗を流す。
「チャコが裏切ったとしても、わ、私は決して、関わってはいません。はい」
あまりにも小動物めいた鈴木の態度を見て、田は内心気の毒に思ったがタムの詰めは止まらない。
「関わりが無いと言い切れる根拠は何だ? もしもチャコが裏切ったのであれば、メンターであるお前の影響をまず考えるのが道理という物だ。お前はチャコに何をした? 恨まれるような事は何もしなかったか? チャコは学園から戻ってからこのPVDO本部で生活を始めたが、お前の所に戻らなかった理由は何だ?」
読み上げる田と怯える鈴木。黙々と言葉をタブレットに打ち込むタム。
「もう1つ聞きたい事がある。お前の父親は交通事故で半身不随になったそうだが、何故『ヒール』を使わない? PVDOには様々なメンターが所属しているが、身内に怪我人や欠損者がいる者は大抵『ヒール』を手に入れてすぐに使うんだがな。お前も『ヒール』のラベルが貼られた注射器は持っているだろ。何故使わない?」
これは田にとっても初耳の情報だった。確かに『ヒール』は生物の傷を治す。田の身近にはたまたま該当者がいなかったのでその発想に至らなかったが、もし自分の父親がそうなら使っていただろうとは思った。
怒涛の責めにしどろもどろになりなっていた鈴木が、臆病な眼差しを田に向けた。
「そ、そんな事はPVDOやあなたには関係ない事だと……はい。た、確かに1度だけ魔が差してチャコには手を出しました。で、でも最後まではやってません」
「その1度の過ちが原因で裏切られたとは考えられないか?」
鈴木が立ち上がる。
「お、俺は悪くない! あんな美少女前にして抑えられる訳が無いんだ。そもそもチャコがそのベルムを殺したという証拠があるのか? チャコの裏切りが私のせいだっていう証拠も無い。そ、そうじゃないか。い、いくら金をもらっているからと言っても、そんな筋合いは」
それまで沈黙を守っていたタムが口を開く
「いつベルムが殺されたと言った?」
田がタムを見る。タムは鈴木を睨んでいる。田が鈴木を見る。鈴木は何も無い所を見ている。強いていうなら自分の喋った言葉を見ている。
「まずは1人目」
タムがタブレットを机に置き、ゆっくりと鈴木に近寄って行った。
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