第16話 メンター(後編)

 何も無い空中に、一滴の墨汁を垂らしたように黒い点が出現し、それは瞬く間に広がって人が1人出入り出来る程度の「穴」に変化した。中から近接戦闘型のジーズが出てくると同時、その口から炎を吐いた。


 ジーズAの発動。

 H-31-F『フレイムタン』

 口から火炎を纏ったエネルギ-弾を発射する。


 狙われたのは田だった。咄嗟にタムが引っ張った事によってかろうじて最初の一撃を回避出来た。だが、空間にあいた穴からは次々にジーズが出現している。明らかにエルの能力ではない方法で次元間の移動が行われており、その原因が牧野の義眼である事は明らかだった。


 タムの一声を受け、既にエフとエルは動いていた。ジーズ達の奇襲に対し、PVDOの本部で待機中だった戦力をぶつける。


 1人目。ハスラの弟子であり、同じく近接格闘のプロフェッショナルであるラキという少女。金髪でショートカットのやや尖った少女で、ハスラの死を受けて覚えた感情は深い悲しみとそれを抉る怒りだった。エルの能力によって本部長室に転送されると同時に、即座に戦闘態勢に入る。


 ラキの発動。

 C-36-B『霊的強化』

 霊をその場に召喚し、その霊の近くにいる程身体能力を強化する。


 ラキの発動。

 H-15-F『アシッド』

 唾液が強力な酸性になる。


 近づけば圧倒的な力で組み伏せ、離れれば口内に溜めた酸性の唾を弾丸のような速度で発射する。空間に限りのある場所では有効な戦略で、複数を相手にするのにも適していた。だが、壁という制限を無視する個体がジーズにもいる。


 ジーズBの発動。

 C-29-M『ウォールダイブ』

 壁から壁へと瞬間移動する。


 その最大移動距離は50km。PVDO本部は学園と同様に一般人のいる世界からは隔絶されているが、本部内の別の部屋になら容易く移動する事が出来る。どこに行く気なのかは分からないが、眠っている少女を襲う可能性や情報を盗まれる可能性がある。


 2人目の少女がそれを阻止する。


 ピートモスの発動。

 H-14-V『フリ-ズ』

 視界にいる対象の生物1体の動きを2秒間停止する。


 ピートモスの発動。

 A-05-T『インプラント』

 触れた部位に植物の種を植え込む。植物は成長する。


 壁に潜ろうとしている個体を2秒止め、『インプラント』を埋め込む事に成功する。ジーズによる『ウォールダイブ』の移動は成功したが、ピートモスは発動までを短縮するオプションを持っており、どこに逃れたとしても30秒でジーズBは生き絶える。

 だがまだ襲撃は続いている。


 ジーズCの発動。

 A-08-T『融合』

 自らの手と、他の生物に触れた部位を結合させる。


 ジーズDの発動。

 A-06-R『バーストショット』

 使用可能な能力を1つ封印し、強力なエネルギー弾を放つ。


 ティーの付与出来る能力は1つに限られているので、必然ジーズは能力を単独でしか使用できない。だが、この組みわせを持った2匹のジーズがいれば、片方の『融合』を封印する事によって『バーストショット』を放つ事が出来る。そしてその狙いは室内で唯一のメンターかつ一般人である田。


 そして現れる3人目の少女。


 ミュラの発動。

 C-17-M『スリーステップ』

 3回まで、2m以下の距離をワープする。


 ミュラの発動。

 A-11-I『バリア』

 手の平から透明な障壁を召喚する。


 直撃すれば間違いなく即死という所だったが、間一髪で守られた。彼女はチームの頼れる盾役であり、混沌の様相を呈してきたこの場においても状況をきちんと見ていた。


 ジーズEの発動。

 C-11-M『バックワーズ』

 対象の生物の背後に瞬間移動する。


 田の背後に回り込んだジーズの手が、田の首に触れた。ジーズは他に能力こそ無いが、全力を出せば人間の首を折る事など容易い。続けざまに訪れるピンチに、最後の少女が投入される。


 ミカゲの発動。

 A-18-I『斬波刀』

 衝撃波を飛ばす事の出来る刀を召喚する。


 田の髪の先端と一緒に、ジーズの首が一撃の下に切り落とされる。九死に一生を得た田が、怯えきった表情でミカゲを見上げる。ミカゲは部屋を確認しつつ尋ねる。


「お怪我は?」

「な、無いです」

「ジーズ達の狙いはあなたのようです。エルが回収しないのはおそらくあなたを囮に使う為。部屋の隅で屈んでいて下さい」

「は、はひ」


 僅か10秒程の間に、本部長室は半壊する形となった。穴から現れた5匹のジーズはいずれも能力を持っており、その目的は田の殺害だった。

 一方でPVDO側は室内に仕掛けられた監視カメラで見ているエフが、状況に合わせた少女を選んで次々にエルの能力で送り込む。

 それでも刻一刻と混沌の振り幅を増していく部屋の隅で、田は頭を抱えてうずくまり、あまりの恐怖に震えていた。


 タムは目の前の状況に対してその頭脳をフル回転させる。

 牧野が見せたあの義眼は、裏の世界で見たラルカと完全に一致していた。という事は必然的にジーとティーから与えられた物という事になる。どのようにしてこちら側に持ち込まれ、牧野の手に渡ったのかは不明ではあるが、今はそれよりも優先して解決すべき事がある。


 ジーズが出てきた穴の中に、逆に入って行こうとする牧野。それを阻止出来れば最善、最低でも殺し、義眼が入手出来れば次善。PVDO本部にジーズが出現した事は前代未聞かつ予想外の事ではあるが、本当にこれで決着をつける気なら能力持ちのジーズではなく覚醒者3人が直接出現しているはず。次の手を考える余地も意味もあり、牧野の存在はこの場における鍵だった。


 タムが姿勢を低くしながら牧野に近づく。手を伸ばし、触れようとした時、穴の中から1本の手が伸びてきた。


 もしもあと僅かに手を伸ばし、牧野に触れれば、闇から伸びる手に触れられる。

 タムの咄嗟の判断は、思考というよりも直感に近い物だった。そしてそれが意味する事も理解出来た。タムは手を引っ込めて、穴の中を睨む。


「残念。あと少しだったのに」


 穴の奥からはティーがこちらを覗いていた。


 やがて牧野が部屋から出ていくと同時に穴が閉じた。ジーズが全て倒され、場が落ち着いたのはそれから約5分後の事だった。

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