第17話 力の輪(前編)
――― 横浜駅 高島屋ビル内 ―――
「もっと不便な場所をイメージしていたが、表の世界と大して変わらないな」
駅と一体化したデパートのワンフロアは既にジーズ達の拠点として整備されており、そこにはPVDOの背信者である3名の少女達と、現在裏の世界においてたった1人のメンターである牧野の姿があった。
鈴木に師事していたチャコという少女は、ベルム暗殺犯の1人である。『生体移動』と『用心棒』の使い手で、空間を自由に移動する『用心棒』で近距離から遠距離まで幅広い攻撃を可能にしている。
比較的無口な少女で、牧野の行動に対しても大したリアクションはせずに傍観を決め込んでいる。
表の世界においてはインテリアの売り場であるこの階には、様々な高級家具が置かれていた。電気はティーが永久起動属性を付与した発動機によって供給され、空調で快適な温度に保たれており、もちろん灯りもある。
「それで、そのビブレ籠城組はいつ頃潰せるんだ?」
牧野の質問にもう1人の少女が答える。
「まだ分からないわね」
「何故? ここにいる大量のジーズと一緒にお前達が攻めれば、あんな砦簡単に崩せると思うが」
「その代わり、私達がいなくなればすかさずここを落とされる。あなたも殺されるわよ。タムに温情なんて期待しない方が良いから」
2人目の少女はラルカ。タムとは同級生であり、少なからぬ因縁がある。『融合』と『猛獣使い』の使い手で、自身を3種の猛獣に変化させるフレキシブルな戦闘スタイル。オプションにより人間に戻る事も可能で、チャコの『生体移動』と連携すればその戦闘能力は飛躍的に上がる。
その目には、牧野同様にジーズで出来た生体義眼が埋め込まれている。
「おっと、久々だからってちょっと雑になってるんじゃないか、ジンクス」
3人目の少女。それはPVDOにおいて牧野が指示を出していたジンクスだった。能力は『死線』と『ドロー』と『ベクトル』。『ドロー』によってその辺の物を引き寄せ、それと『ベクトル』を組み合わせる事によってほとんど無制限に移動が可能になる。あるいは引き寄せた物を盾に使ったり、それを投げて『ベクトル』で前進したりと物を媒体にした高機動で相手を撹乱し、『死線』が発動するまでの時間を稼ぐのが基本戦略だった。もちろんこの組み合わせは牧野が考えた物だ。
牧野に話しかけられたジンクスは、返事をしなかった。正確には、出来なかった。口の中を埋め尽くされており、彼女は仕事中だった。
新品でふかふかの高級ソファーに踏ん反り返りながら、牧野はチャコとラルカを交互に見ていた。2人にも牧野が何を考えているのかは分かった。次はどちらに「奉仕」をしてもらおうかと悩んでいるのだ。
PVDOにいた頃から、牧野はジンクスに対して直接的な性行為ではなく、あくまでも「奉仕」を求めていた。牧野は頭から身体の一部の先端まで支配欲に支配された男だった。
ジンクスは言いつけられた通り、上目遣いのまま頭を前後に動かし、ひたすら「奉仕」を続ける。PVDOに所属し、学園に行くまでは毎日必ず10分やっていた事で、休みの日は1時間ずっと行う事もあった。作戦を立てる時も能力を付与する時も、牧野の所に派遣された少女はこの「奉仕」を必ず要求される。ちなみに、牧野は『アシッド』のラベルが貼られた注射器を持っているがそれを1度も少女に使った事は無い。
「……そろそろ出るぞ、ジンクス」
ジンクスが口をすぼめて大きくグラインドする。唾液で肉の擦れる音を下品に鳴らしながら、鼻息荒く、口内では舌も先を尖らせる。これも無論、牧野の指導による物だった。
牧野がジンクスの口腔に向かって欲望を吐き出した。しばらく放心状態になっていたが、両手でジンクスの頭を押さえつけたまま離さない。牧野はこの瞬間、少女を完全に下に置き、絶対的な征服感によってこの上ない幸福を感じ、肉体のみではない絶頂を味わうのだった。
「……ラルカ、だったっけ?」
牧野はジンクスの頭を抱えたまま、薄目を開けて自らが名前を呼んだ少女を見る。恍惚に酔った表情は間が抜けていたが、それを気にしている素振りも無かった。
「こういう行為の経験は?」
「無いわね」
ラルカが答えると、牧野はうすら笑いを浮かべた。
「じゃあ、イチから教えてやろう。お前を俺のハーレムに加えてやる」
ラルカが軽蔑も怒気も感じさせない無い目で牧野を見る。だがそこには、少しだけ憐憫があった。
「……あなたがティーとどんな約束をしたかまでは知らないけれど、私は私に与えられた役割をこなすだけよ」
「そうか。いいぞ、そういうのも。お前の役割は、今日から俺の……」
言いかけた時、牧野が異変に気づいた。
下を見る。そこには自分の股間に顔を埋めたジンクスが、虚空に浮かぶ欠けた月のような眼差しで牧野を見上げていた。
次に響き渡る牧野の絶叫。ラルカとチャコは耳を塞いで鬱陶しそうに牧野の方から目を逸らす。
「何をしてる! オイ! お前ら止めろ! クソ!」
牧野は頭部を引き剥がそうと必死にもがいたが、ジンクスは万力のような力で顎を締め上げていく。白と赤、2つの色が口の中で混ざり合い、ジンクスさえも鼻まで逆流した液体で溺れそうになったがそれでも口を開けようとはしない。絶叫はフロアの隅々まで響き渡る。
「もう復讐は済んだでしょう? そのうるさいのをさっさと黙らせて」
ラルカの指示により、ジンクスは口を離した。
ジンクスの発動。
H-29-V『死線』
2分間見続けた生物を殺す。
警報のような叫び声は途切れたように終わり、牧野だった物はゆっくりとうつぶせに倒れた。片目に嵌めたジーズの義眼が滑り落ちて、ジンクスが床に吐いた液体までころころと転がった。それを拾い上げ、ラルカが不思議そうに言う。
「どうして自分が価値のある人間だと思ったのかしらね?」
直後、ジーズ達がフロアにやってきて、牧野の死体を片付けた。
牧野の肉体は一片も残される事なく、ジーズ達に「有効活用」された。
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