第18話 力の輪(中編)

 少女の持つ能力は、それ単独によっても常識や通念を凌駕する。力学の第1法則を容易く破り、個々人の精神力や認識の違いによって世界の理に風穴を開け、進化の連続性を断ち切る。

 PVDOに所属する少女1人は最大で3つの能力を持ち、それらを組み合わせて更なる力を発現させ、人間的成長によってそこに独自性すらも見出す。そして少女はチームを組み、能力同士の相互作用によりその神秘性を加速させる。

 そこに覚醒者の存在が加わると、もはやあらゆる不可能は説得力を喪失し、可能性の地平は無限に広がりを見せる。即ち、能力こそが、イデアを構築するのだ。


「でも、本当に殺してしまって良かったのでしょうか」

 たった今、初めて一般人を手にかけたジンクスがぽつりとそう言った。しかしそこに後悔のニュアンスは無く、純粋で合理的な疑問だった。

「殺してやりたいと言ったのはあなたでしょう?」

 ラルカの問いかけにジンクスは肯定を返す。3人はそれぞれ椅子やソファーに腰掛けてリラックスしている。その周りでは人型ジーズ達が片付けや命じられた作業をしている。その内の3匹は、一心不乱に次元結晶を頬張って体内に取り込んでいる。


「後悔しているの?」

「全然そんな事はありません。ただ、生かしておけば他にも利用価値はあったのではないか、と。ふと思いまして」

「利用価値はあるわよ。わざわざ生かしておかなくてもね」

 ラルカは続ける。

「重要なのは選択肢を示す事。あなたのようにメンターを恨んでいる娘ばかりじゃないから、『メンターと一緒に裏の世界に移住する事も出来る』とだけ教えてあげれば、迷う娘が出てくるでしょう?

 それにジーズによる襲撃の可能性も併せて教えてあげればこちらについた方が良いと考えるメンターも出てくる。その点に関してはあの田という傀儡の男が殺せなかったのが残念だったけれどね」


 ジーズによるPVDO本部襲撃は、エフ、エル、そしてタムを筆頭とした少女達の連携によって致命的な被害を阻止出来た。だが、それもその時たまたま本部にいた少女達の相性が良かった、つまりは運による物であるとも言える。


「さて、そろそろもう1度、あちらの世界にお邪魔するとしましょうか」


 ラルカがソファーから立ち上がり、両手を広げる。

 チャコとジンクスも同じく、それぞれその手を握る。

 近くで待機していた人型のジーズ3匹がそこに加わり、チャコとジンクスの手を握る。出来たのは、3人と3匹で構築された輪。


 ラルカ、ジーズ3匹の発動。

 A-08-T『融合』

 自らの手と、他の生物に触れた部位を結合させる。


 それぞれが相互に『融合』を発動する事によって、6つの個体は1つの生体になる。


 チャコの発動。

 A-15-O『生体移動』

 召喚された生物を対象にし、どこにでも瞬間移動させる。


 この能力をジーズを対象に使う。移動先は、「別の次元」だが、もちろんこの能力単体ではそんな事は不可能であり、これは起動のきっかけに過ぎない。ジーズが体内に取り込んだ次元結晶が活性化を始める。2つの世界に薄い繋がりが出来る。


 ラルカが目を見開く。その眼窩、ジーズで出来た義眼がゆっくりと回転を始める。


 義眼が同期を始め、視界が開けてくる。そこはどこかの地下。エフの監視から逃れる為、あえて人気もカメラも無く衛星からも捉えられない場所が選ばれている。表の世界にはもう1人、牧野よりもやや利用価値の高い人間が控えていた。


 ジンクスの発動。

 A-02-O『ドロー』

 手元まで対象の物体を引き寄せる。


 ジンクスを中心に、3人と3匹がこの能力によって引き寄せるのは次元その物。次元に重さは存在しない為、『ドロー』による制限も意味はない。ただし、引き寄せる力には限界があり、次元結晶によって繋ぎとめられる時間も限られている。


 やがて3匹と3人で繋いだ輪の中に空間が開かれた。PVDO本部で牧野が展開したものと同様の物であり、人1人がかろうじてくぐり抜けれる程度のサイズ。


 つまり、『融合』✕4+『生体移動』+『ドロー』+共通の因子を持つジーズの義眼+大量の次元結晶によって無理やり穴を開ける事が出来るという事だった。


 たった数秒開けるだけでも大量の次元結晶を消費してしまうが、本来ならば覚醒者のエルにしか出来ない次元間移動が可能になった。これは偉大な成果だった。


 そして開いた穴から現れたのは、覚醒者ジーだった。


「ジー様、おかえりなさい。ご無事で何よりです」

 門が閉じられると同時にラルカが出迎えの言葉を述べた。

「君達の陽動作戦があってこそだよ。ご苦労様」

 ジーが労いの言葉をかける。ラルカの表情は恍惚としている。


 PVDO本部への襲撃は、エフの目を逸らす為の物だった。エフの視点は幅広く、そのアンテナは非常に高い。例え地下であろうと、ちょっとした異変から気づかれる可能性がある。とはいえリソースは無限ではなく、抜き差しならない緊急事態が本部で起きれば、そちらの対応に追われるのは必至であり、その間にジーは本来の目的を果たした。


「ティーの所へ戻る前にダブルの所に寄って行こうと思う。君も来るかい?」

 尋ねられたラルカは、それがとてつもない名誉である事を噛み締めながら大きく頷く。

「是非とも、お供させていただきます」

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