第56話 変態にも色々ある
「エス、元気してた?」
この学園の最高責任者にあるまじきノリの軽さを持った人なのは前から知っていましたが、それはこの状況においても変わらないようでした。昏睡状態に陥り、仲介人エスに会って、覚醒せずに戻ってきたのですから、学園長室に呼び出されて何らかの取調べを受ける事を覚悟していた私からすると、1週間近く放っておかれた事自体が意外でした。
そしていざ覚悟して来てみると、「元気してた?」だった訳です。拍子抜けはしましたが答えには困りました。
「元気……という状態なのかは分かりません」
生きていて死んでいて、そこにいてそこにいない。そんな存在に対して元気という表現をあてるのは正しいのかどうかが憚れました。
「あはは、そんな真面目に考えなくていいから」
「はぁ」
「あの子が1番イカれてるからね、能力も性格も」
能力はまだしも性格はあなたの方が、と言おうか迷ってやめました。卒業もあと少しというこのタイミングで厄介事に巻き込まれるのはよろしくありません。ここは大人しく、従順かつ面白みのない人間に徹しなければ。
「他には……誰かに会った?」
なんとなく、これが本命の質問のような気がしました。
私は学園長室を見渡し、そこに姿が無い事を確認します。
「レジー先輩と話しました」
いつもにやにやいやらしい微笑みで、生徒達の身体を値踏みするように見るあの学園長が、ほんの一瞬、切なげな表情を見せました。ただ、初めて会った時に騙された経験がありますので警戒は解かずに続けます。
「混乱する私に助言してくれました。レジー先輩に助けてもらえなければ、脱出は出来なかったと思います」
言った後、「あ」と思いました。
「……学園長からすれば、覚醒して戻って来た方が良かったと思いますが」
「いや全然?」
しれっと言います。
「エフあたりはブチキレるだろうけど、私は別にどっちでもいいよ」
それはそれで組織として大丈夫なのだろうか、という疑問が浮かびましたが、怒られなくて済むのは単純に助かりました。死ぬのを怖がったという負い目が無くなった訳ではありませんが、学園長の軽いノリが少し救いになったのは事実です。
「レジーは……」
学園長が言いかけた時、私がそれを遮りました。
「学園長の事ですよね?」
レジー先輩は、私と同じく自分自身を捨てる事が出来ず、あの部屋で大切な物をいくつも失いました。能力、言葉、そして大切な人。
「学園長が、レジー先輩にとっての大切な人ですよね?」
学園長はずっと前からレジー先輩を手元に置いています。学園長の行為に何の反応も示さず、ただ粛々と能力の実験台を務める存在。これは考えてみると不自然な事です。女の子を辱めて楽しむ生粋の変態である学園長が、いじり甲斐の無い1人の女の子を6年以上愛でるのには何か理由があると思っていたのです。自衛の為に変態の思考をトレースしていたのがヒントになりました。
その時、学園長室のドアがノックされます。学園長も私も何も答えず、しかし数秒の間を置いて入ってきたのはレジー先輩でした。学園長が時計を見ます。元々呼んでいたのか、あるいはただの偶然かは分かりませんが、レジー先輩は私の姿を認めて軽く頭を下げました。
「……確かに、レジーがこうなる前から私達は恋人だった」
学園長が告白しました。もちろんレジー先輩は何のリアクションもしません。
「レジーが私の事を捨てて戻ってきた時、私の中では悲しさよりも嬉しさの方が大きかった。だから今もこうしてレジーの事は大切にしている。あちらでタマルちゃんの事を助けたと今聞いて、正直言って、その、嬉しいよ」
「……もしかしてなのですが、照れてます?」
「照れてるね。それを誤魔化す為ならタマルちゃんにもっと恥ずかしい思いをしてもらってもいいくらい追い詰められてる」
口は災いの元でした。が、学園長にそんな気は無いようです。
「学園長が大切にしている事は伝えておきました。その方法までは言いませんでしたが」
「それは助かる。ありがとう」
「レジー先輩の失った物を取り戻す方法は無いのですか?」
純粋に私が尋ねると、学園長は少し難しい顔をして、
「無くは無い。けど、エス次第だし準備も足りない」と答えました。
準備? 疑問に思いますが、何となく学園長は聞いても答えてくれない気がしました。実際、その後すぐに露骨に話を逸らします。
「そんな事より、タマルちゃんももうすぐ卒業じゃないの。卒業した後はどこで暮らすつもり?」
「メンターの家。の、つもりですが、まだ許可は下りてません」
1年生の頃の日記に書いて、2年生の時は昏睡のせいで連絡も取れませんでした。
「ふーん、そう。ミカゲちゃんが寂しがるわね。せっかくあの子も変態の素質があるのに」
も、というのが気になりました。その前に来るのが学園長なのか、はたまた他の誰かなのか。
「単純に、タマルちゃんを家においておくメリットを示さないと駄目ね」
「メリット、ですか?」
「ええ。『この子が一緒に住んでくれればこんな良い思いが出来る!』というのが無いと」
何だか話が不穏な方向に行っているのを私は感じました。
「とっておきの方法、教えてあげようか?」
つい先ほどまで、らしからぬしおらしい一面を見せていた学園長が、またいつもの変態に戻っていて、それにより私が安心感を覚えたのは実に奇妙な話です。
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