第55話 採点
「おつかれ。お前らそこ並べ」
どうやら今回の試験、採点はトモ先生が行うようです。私とミカゲとイツカが並んで体育座りしました。
「おい、お前らもだぞ」
先生の隣の位置を自然にキープしていたユウヒとミルトが「私達も?」という顔をして、少し納得のいかない様子で座りました。肩を寄せた5人の顔を見渡して、トモ先生が言います。
「とりあえず合格」
とりあえず? その言葉に私は納得がいきませんでした。
「点数としては……そうだな、70くらいか」
低い! ミカゲとユウヒの試験が80点だったと事前に聞いていたので、私は思わず身を乗り出しました。
「何故ですか? 輸送部隊は殲滅しましたし、背信者のユウヒとミルトも倒しました。任務目的は2つとも達成しました。理由を聞かせて下さい」
トモ先生は持っていたペンで頭をかくと、まずはミカゲに向かって言いました。
「お前は今回、どうしてもって事で立候補してお目付役になったよな? 時期が時期だけに他の3年生が忙しいのもあったが、試験は試験だ。作戦会議中でもそうだったがお前が先陣を切ってどうする? これはタマルとイツカの試験だぞ」
確かに、本来ならば黙っていないといけない場面でミカゲは自分の意見を口にしていました。任務中にイツカからもそれを指摘されていましたが、メンバーとして試験を監督する立場としては正しくありません。これで減点が10。
「そんでイツカ。大口を叩いた割には最後の最後で油断しやがって。先輩を弟子にするなんてふざけた事を考えてるからそういう事になるんだ。確かに、お前の能力は飛び抜けてるよ。オプションだって他より明らかに強力だし判断力もある。だがな、能力での戦闘はちょっとのミスで全て持っていかれるんだぞ。自覚が足りてねえ」
あとちょっとという所でイツカが『ファイアーボール』の直撃を喰らったのは、どちらかというとミルトのファインプレーだった気もしますが、警戒していれば避けられた可能性もあります。これで減点が10。
痛い所を突かれて俯く2人。減点があと10残っているので、必然的に次は私の番です。私は覚悟を決めて先生の言葉を待ちます。
「あとはこの試験自体が減点10だな。確かにこういう任務は実際にあったが、実戦試験には向いてねえだろ。ある程度の時間を取ってチームとしての総合力を見なくちゃならないんだからな」
そんな事を私達に言われても……。メンターも、流石にこれはトモ先生側が理不尽だと思いませんか? 試験の内容なんて私達が選べる訳ではないですし、時間の都合で事前に了承してくれていたのだと思っていました。というか良く考えたらミカゲが出すぎたのだって私達が減点される謂れは無いではないですか。なんだか色々納得いきません。
しかしながら、まあ合格は合格です。微妙にモヤモヤとした物が残ってしまいましたが、再試験や留年にならずに済んだ事は良い事です。
そろそろ解散か、という空気になった時、トモ先生が思い出したように言いました。
「あとユウヒ。お前は次の筆記試験で全教科減点30な」
「ぴぇ!?」
ユウヒが素っ頓狂な声を出していました。
「な、何でですの!? 私は真っ当に敵役を演じましたわ!」
「どこが真っ当なんだ馬鹿野郎。最後の最後、お前『アンタッチャブル』使わずにタマルの攻撃受けただろ。試験始まる前に背信者の立ち振る舞い教えなかったか?」
ユウヒはバツの悪そうな顔をして黙りました。
「背信者と言っても意思はある。自分の命が危険に晒されれば逃げを優先する。荷物を守るのが任務ではあるが、死なない事が前提だって確かに言ったよな?」
ユウヒは「き、聞いてませんでした」とあからさま過ぎる嘘をつきました。その態度に対し、トモ先生は冷酷な表情で「減点40な」と言い放ちます。
ユウヒが焦った様子でトモ先生に食ってかかります。
「じゃあミルトは!? ミルトも最後イツカを止めに行って巻き込まれていましたわ!」
「ダメージは受けたが『リワインド』使って逃げ切れない程じゃないだろ。それにあそこでミルトが止めに入らなければ確定でコンテナを壊されていた。これが試験である事を前提としたお前の自殺行為とはまるで意味が違う」
トモ先生の正論に、ユウヒは唇を噛み締めて耐えていました。
「ミルトまで巻き込もうとするその人間性。減点50な」
大型ショベルでがっつり墓穴を掘っていくユウヒの姿を横目に眺めつつ、無事、試験は終了しました。しかし私にとっての本番はこれからです。
「合格おめでとう、タマルちゃん」
私は試験を終えたその足で、学園長室に来ていました。非常に憂鬱でしたが、意識を取り戻してから挨拶にすら来ていなかったので、仕方ないとも思います。
「映像で見てたよ。最後の凄かったねえ」
最後の、と言われて一瞬何を言われてるのか分かりませんでした。それくらい無我夢中だったのですが、これこれ、と学園長が自分の目を指したので分かりました。
「最初は私も何をしたのか分からなかったわ。要するに『フリーズ』の対象を拡大解釈して、『破壊の発生した瞬間』その物を止めた訳ね。良く思いついたというか、なんというか……ふふふ……」
不気味に笑う学園長。褒められているのか、呆れられているのか微妙なニュアンスです。実は、私もこの時点では自分自身でした事の原理が頭で理解出来ておらず、記憶自体が非常に感覚的でした。
ぼんやりする私の様子を察してか、学園長が補足的な説明をしてくれました。
「自分でした事を分かっていないなんて、ある意味あなたらしいわね。あれはつまり、擬似的な『爆縮レンズ』をあの空間に発生させたという事よ」
その耳慣れない単語に、おそらく私は不安げな表情をしたのでしょう。
「原子爆弾なんかに使われる起爆方法よ。化学の授業で習わなかった? あ、寝てたんだっけ」
今必死に勉強してます。学園長は更に噛み砕いて説明してくれました。
「圧力鍋を使った爆弾なんかでもそうだけど、より強力な破壊を生むにはより強力に閉じ込めた方が良い訳。あなたのした『フリーズ』による現象の固定は破壊力が散るのを能力という確実な方法で防いだ。その結果があれ」
確かに、たった5秒しか溜めていない『チャージショット』としてはありえない威力を持っていたのは事実です。
「ま、やってみたら出来たっていうなら、頭でごちゃごちゃ考えずにその感覚を大事にした方が良いかもね」
学園長に同意するのは癪ですが確かにそうかもしれません。
「それに問題は、なんで寝てただけでそんな芸当が出来るようになったのか、の方よねえ……」
意味ありげな眼差しを向ける学園長。どうやら私から切り出すしか無さそうです。
「……仲介人エスに、会ってきました」
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