第57話 2人の関係

1010日目


 もう通算何度目かも忘れた裏庭への呼び出し。卒業まで残り3ヶ月を切ったこのタイミングで、待っていたのはやはりイツカでした。


「まず謝ります。ごめんなさい」

 深く頭を下げ、私の言葉を待っています。実力の高さに比例したプライドを持つイツカですが、決して自らの過ちを認めない子ではないのです。

「別に気にしてないよ」

 ちょっとだけ嘘です。

「その上でお願いがあります」

 頭を上げたイツカに対して、私は身構えました。まだ私を弟子にするという野望があるのでは、という疑いがあったからです。

「私を弟子にして下さい」

 2年前、カリス先輩に私が願い出た姿がフラッシュバックして、胸が締め付けられました。


「よろこんで。と、言いたい所だけど……」

 問題が1つあります。

「私と共通する『スライド』について、私はイツカに対して何1つ教えられない」

 師弟という仕組みの大前提が成立していないのです。ある能力について習熟した上級生が、その能力を持った下級生に技を教える。それが師弟関係なのですから。


「分かっています。ですから、『スライド』については私が教えます」

 あまりにも真剣に言うので一瞬納得させられそうになりましたが、よく考えてみると意味が分かりません。

「……うん。ん?」

 それでは結局私がイツカに弟子入りするのと変わらないのではないか、という話です。

「師弟関係はあくまでギブアンドテイクの関係です。通常、師匠は弟子に能力の扱い方を教え、弟子を指導する事によって人間として成長し、チームを引っ張ったり後輩を育てるノウハウを養います」

 それは分かります。弟子を育て上げてこそ一人前、という認識は相変わらず共有されていました。

「ですが私とタマル先輩の師弟関係は特別です。私がタマル先輩に能力を教え、その代わり、私は別の物をタマル先輩から教わります」

 別の物。私は首を傾げます。

「覚醒の仕方です」

 イツカの目は本気でした。


「仕方と言っても、別に私特別な事は何も……」

 イツカは首を横に振って、私の手を握りました。

「しかしタマル先輩以上に覚醒者に近づいた人間はいません。無事に戻って来た人間も同様です。タマル先輩より優秀な人はいくらでもいますが、それだけは変えられない事実です」

 ちょっと引っかかる表現も途中ありましたが、イツカが私の事を買ってくれているのは確かなようでした。

「あと3ヶ月。私はタマル先輩からその秘密を盗みます。だからタマル先輩は普通にしてくれているだけでいいんです。これでギブアンドテイクが成立します」


 ……うーん、どうなんだろう。と私は今こうして日記を書いている間も答えに困っています。なんだか結局私が弟子にされているような気もしますし、そこはかとなく馬鹿にされているような気もします。別に肩書きに拘っている訳では無いのです。ただ、出来るなら私がカリス先輩を慕っていたのと同じ感情を後輩には持ってもらいたいというか、何というか。そもそも覚醒者になる事自体が自殺どほぼ同義ですから、その助けというのは気の進む物ではありません。


「どうして覚醒者になりたいの?」

 私がそう尋ねると、イツカは胸を張って答えます。

「メンターのいる世界を危機から救う為にはそれが1番確実な方法だからです」

 完全なる被害妄想なのですが、分かっていてそれを選べなかった私が責められているような気もしてきます。

「それに、私なら自分を失わずに覚醒出来る気がするんです。これも根拠のない自信ですが」

 イツカはそう言っておどけてみせました。その姿を見て私は、ああ、この子は本当にメンターを慕っているのだなと感じました。


 『スライド』についてイツカから学べるというのは実に魅力的な提案でもあります。私は人より実際の在学期間が大幅に短いです。それによって正体不明のオプションを得る事は出来ましたが、こと『スライド』に関してはイツカがスペシャリストである事も揺るぎのない事実です。


 こんな事を書くのは正直恥ずかしいのですが、ここはあくまで私の日記ですし、思った事を書いてくれという依頼も最初に受けましたからそうします。

 方針に迷った時、いつも私が考えるのは、どちらの方がメンターに褒めてもらえるか、という事だったりします。


 そうすると自ずと正しい道を選べる気がして、例え間違っていたとしても、その選択自体に後悔は無かったりするのです。


1011日目


 結局、私はイツカの提案を受け入れる事にしました。あくまでも私が師匠。イツカが弟子。今日は初めて2人きりの個人訓練でした。


「いいですかタマル先輩。『スライド』は地面への密着感があればあるほど安定し、スピードが出せるようになるんです。でもそれはあくまでイメージ。自分の足が地面にへばりついている様子をリアルに想像して下さい」

 言われた通り自分なりにやってみましたが、発動したのはいつもの『スライド』でした。

「全然出来てないじゃないですか! 時間無いんですからちゃんと聞いてて下さいよ!」


 タマル師匠。イツカ弟子。タマル師匠。イツカ弟子……何度も何度も心の中で唱えて折れそうになっている心を支えます。


「情けなくないんですか? 3年生にもなって、後輩にこれだけ言われて。少しでもくやしいと思うなら結果を出して下さいよ!」


 泣きそうですが、我慢します。

 しかしイツカの言う通りくやしいと思うのもまた事実であり、それが結果に結びつきました。


 タマルの発動。

 C-22-M『スライド』

 一定速度で地面との平行移動が出来る。


 そしてすかさず、


 タマルの発動

 H-14-V『フリ-ズ』

 視界にいる対象の生物1体の動きを2秒間停止する。


 実戦試験の最後の一撃を思い出したのです。あの時私は『チャージショット』の着弾した瞬間を狙って『フリーズ』を発動し、威力を高めました。同じ事を『スライド』の加速に対して行えばどうなるだろうかと思ったのです。


 その結果、2秒後に私は体育館の壁に体を叩きつけ、倒れました。


「インプロージョンレンズ」コスト:5+α

 現象その物を『フリーズ』の対象として捉え、増幅する事が出来る。


 これが私の新しいオプションです。

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