第58話 卒業

1094日目


 いよいよ明日、私達はこの学園から卒業します。

 思えば長かった、と言っても私はみんなの半分ですが、それでも思い出の詰まった校舎を歩いていると、自然にこみ上げる物があります。3年間授業を受けた教室も、毎日通った体育館の訓練場も、様々な事を学んだ図書室も、今日でお別れと思うと何だか特別に見えました。


 今日は最後のお茶会を開きました。メンバーはユウヒ、ミカゲ、サトラ、そして私。作ったシュークリームと、サトラの淹れた紅茶を囲んでずーっと喋り続けていました。あの時実はこう思ってたとか、卒業した後の事とか、お世話になった先輩の事とか、見所のある後輩の事とか。話題は次々に移り変わって、普段から無口なサトラが咳き込むくらい笑っていました。


 食堂を借りてやっていたので、お茶会の途中からミルトやハスラあたりも参加して、イツカも2年生の癖に気づいたら隣に座っていました。最終的には15人くらいの規模に膨らみ、私のシュークリームの取り分が減ったのは若干残念でしたが、それでも楽しい時間を過ごせました。


 卒業した後も私達はPVDOに所属する兵員として一緒に仕事をするので、当然会う機会も話す機会もありますが、それでもこうして同級生がこんなに揃ってゆっくり話す機会はおそらく2度とは無いはずです。中には命を落とす者も、裏切る者もいるでしょうし、戦う事になる者もいるかもしれません。しかし今だけは共に過ごしてきた日々を思い、未来を見つめる事にします。


 随分見た目の変わってしまった私を見て、メンターが何を思うのか。正直、ちょっと不安です。もしかすると、拒絶されるかもしれませんので、一応この日記の締めくくりとして1つだけ言っておきたい事を書いておきます。日記すら読んでもらえないかもしれませんが、そうしたらそうしたで構いません。


 私達は、所詮作られた生命に過ぎません。立派な人生を生きるメンター達と比べれば、取るに足らないちっぽけな存在です。戸籍も無いし、死んでも死亡届を出す必要もありません。ただ生きて、生きてる限り戦って、どうせ戦うなら勝ちたいと願うだけの存在です。

 しかしながら、今私が同級生と共有している関係を友情と呼んだり、卒業していった上級生達を慕う気持ちを尊敬と呼んだり、私達に続いてくれる下級生達に託す願いを希望と呼んだり、メンターに感じる想いを敬愛と呼んだりする事は誰にも変えられない事実であり、私にとっての実存です。例え信じてくれなかったとしても、私は何度でもそう言えます。


 入学してすぐ、担任の先生が言っていました。卒業時に何の為に戦うのかを問うと。当時はぼやけていた答えは今明確に頭上に輝いています。私は、私を知っている全ての人の為に戦います。


 こんな高潔な事を書いておいて、あっさりメンターが私の事を受け入れてくれたらそれはそれでなんだかちょっと恥ずかしいのですが、良い事です。ただ、もし拒絶されそうになったら、学園長に教えてもらった方法を使うしかないかもしれません。出来れば使わずに済めば良いのですが。


 この3年間で私は成長しました。強くなり、賢くなり、そして何より私らしくなりました。今ならきっとメンターのお役に立つ事が出来ると思います。


 それでは明日、会える事を楽しみにしています。


 タマルの日記。

 終わり。



 ―――



 いやマジか。タマルが再び俺の目の前に現れた時の感想としてはそうだ。いやマジか。これはマジなのか。


 今更言うまでもなく、俺はオタクだ。未だに週刊少年漫画誌を3冊とも定期購読してるし、季節ごとのアニメもチェックしてる。まあそれはPVDOに会ってから疎かになってはいるが、好きな物の話になれば早口になるのを止められない。


 とにかく、そんなオタクの俺の下に戻ってきたタマルの姿は、あまりにも「理想的」過ぎた。


 最初に出会った時、動画の中の少女が部屋に現れた時点で俺はそれを幻覚だと思い込んで危うくチャンスを逃す所だったが、同じ現象が再び起きた。あまりにも俺の性癖にぶち刺さるタマルの見た目に、これは俺の妄想ではないか、という疑心回路が働いたのだ。


「タマル……だよな?」

「はい」


 強キャラの証でもある白髪に、物語の鍵を握る者のみに許された赤眼。背は僅かに俺より低いくらいだが、体型はとにかくスレンダーかつ凸の主張が激しい。最近は日本以外もレベルが上がってきているが、この素材なら少し衣装にお金をかければどの国のコスプレサイトでも上位が取れるはずだ。個人撮影会の予定が年末まで埋まってしまう。


 そんなバカな事を考えつつ、一方で俺は狼狽えていた。こうして話すのは20日ぶり。タマルにとっては2年ぶり。会うのに至っては1ヶ月と3年ぶり。タマルの先輩や同級生が書いた日記は受け取って読んだが、結局無事かどうかは聞いていなかった。


「戻ってこれた……って事でいいんだよな?」

「はい」


 うん。うん。それなら良かった。この10日間ずっと心配だったから、まずそこを感動すべきだ。タマルの見た目に反応している場合じゃない。ただ、あまりにも良すぎて優先順位がイカれた。


「こっちの世界に戻って来たんだよな?」

「はい」


 一体何の確認だ。さっきの質問と重複してるし。テンパってる事は間違いない。ただ、タマルはタマルで戻ってきてから「はい」しか言っていないし、10日目の時の通話で俺は嫌われてる。「ではこれで」なんて言って、永遠にさよならという可能性もある。


「……考えてくれましたか?」

「え!? な、何が?」

 思い出そうとするも、タマルの全身を見る仕事も繁忙期を迎えていて難しい。

「許可です。戻ってきたら、メンターの部屋で暮らしていいかという許可が欲しいと日記に書きました」


 それを言われて、俺は急に冷静になった。タマルが戻ってくる直前までは、全然良いし、何なら引越しも視野だと思っていたが、こうして本人を目の前にすると、「許す」から「許されるのか?」に意見が変わる。


「ちょ、ちょっと考えさせてくれ」

 正直言って俺も1人の男だ。真嶋のような事をしたい訳ではないが、果たして欲望を抑えきれるのかは甚だ疑問だし、というかこんな美少女と一つ屋根の下で暮らして何も起こさないってそれは新手の拷問なんじゃないかとも思う。


 タマルはじーっと俺を見ていた。理性を支える支柱がガリガリと音をたてて削れる。

「いやその……非常に言いにくいんだけど……ちょっと……まずいというか……」

 その戦いはタマルが学園に行ってからの30日間の内にPVDOで行った試合のどれよりも激戦だった。理性と本能が火花を散らし、それは思いもよらない形で決着する。


「お……おっぱい」

 

 ……は? 誤解しないで欲しいのは言い出したのはタマルという事だ。


「1日に1回だけ私のおっぱいを触っていいので、ここに置いて下さい」


 俺は悲しい。

 ただただ悲しい。


 あのかわいかったタマルが、痴女になって帰ってきてしまった。

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