第59話 楽園
全ての女子が生まれながらに目指し、1度辿り着けば2度と戻って来る事はないという桃源郷。それがスイーツバイキングである。
タマルが学園に行った直後、俺は入念な下調べの上、都内にある超高級ホテルのワンフロアで行われるバイキングの予約を取る事に成功した。お一人様につき4800円という法外な価格設定にも関わらず、1ヶ月先にしか予定があいていないあたり、人気の高さと確かな実力が伺える。
今朝、高級スイーツの食べ放題を用意してあるとタマルに伝えた所、「それは政府に認められた一部の特権階級にしか許されない行為では?」という訳の分からない反応を示したが、現場に到着するとその目はにわかに狂気を帯び始めた。
タマルが喜んでくれている事は俺も嬉しい。初期の日記を読む限り、甘いものに対しての執着は学園に行ってますます過激さを増しているようだし、この3年間で募る想いもあるだろう。
ただ、1つ誤算だったのは、タマルの見た目が1ヶ月前と大きく変わっていたという事についてだ。
1ヶ月前、予約した際にイメージした「成長したタマル」は、まあ高校生くらいの年齢にはなっているものの、黒髪ショートはそのままで、年齢の割に落ち着いた雰囲気を維持してくれているという想定だった。なので目の前に現れた、白髪赤眼超美少女という何かの撮影としか思えない見た目に正直引いている部分もある。あらかじめネット通販で用意しておいた無難な服は身体のある一部分がきつくて苦しいらしく、仕方なく学園の制服を着て外出したのも悪手だった。
とにかく目立つ。休日な事もあって、現場に到着するまでに何枚写真を撮られたか分からない。ある女性は無邪気に「マネージャーの方ですか?」と俺に聞いてきた。撮った写真をSNSに上げていいかという確認をしたかったらしく、PVDOの事がバレるとまずいので俺は質問を肯定した上で丁寧に写真のアップロードはご遠慮くださいと伝えたが、結局数分後にはホテル名のハッシュタグ付きで上がっていた。
そんなこんなで酷く疲弊した道中だったが、タマル自身はどこ吹く風のようで、横長のテーブルに無限に並ぶスイーツの波を見るやいなや、両手をさながらシスターのように組んで神聖なる甘味の前に祈りを捧げてしまった。
「こんな場所が、こんな行為が、存在して良い物なのでしょうか」
目にはうっすらと涙を浮かべている。
「ここにある物は何をどれだけ食べてもいいんですよね?」
「そうだよ」と伝えると、あまりの感動に肩を震わせている。そこまでか。そこまでなのか。
ケーキ類はベタなショートからフルーツ系の彩り、どれも一緒なんじゃないかと言いたくなるような何種類もあるチョコのコーティング。それとは別にフォンダンショコラありのチョコレートファウンテンもありあり。で、大好物のシュークリームにはでっかいイチゴがぶち込まれていて、カップに入ったゼリー、シフォン、キャラメルの地層は悠久の大地を想起させる。プリンだ! オムレットだ! 懐かしのババロアまであるぞ! そんなに俺甘い物好きじゃないけどテンション上がってきた。
それらを皿に取り、テーブルで食し、また取りに行き、食し、取り、食し、取り、食し、というのを工業機械のように淡々と繰り返していくタマルは、ただでさえ目立つその見た目に容赦ない食べっぷりが合わさり、周囲のテーブルから鑑賞の対象になっていた。
こうなると、俺の居心地が非常に悪い。彼氏だと思ってもらえるのに十分なステータスが無い為、全く釣り合いが取れておらず、かといって親子と言うほどには年が離れていない。となれば必然的に、マネージャーの類か、奢り要員のスポンサーと見られているらしい。なので、開き直ってスマホのカメラで写真を撮り続ける事に決めると、「良かったら一緒に撮って下さい」という依頼が何人か来た。こんなに悲しいモテ期は無い。
「メンター、本当に感謝しています」
世界を一周して小休止についたタマルが改まったように俺に告げた。
「私を喜ばせようと用意してもらったのに、私からは何も返せなくて……」
「気にしないでくれ。卒業祝いみたいなもんだから」
「こんな事もしてもらった上、住ませてもらえる許可も頂いた事にも感謝しか返せません」
住ませてもらう、という所で、周囲から若干のざわつきを感じ、タマルの口を塞ぐべきかと思ったがもう少し泳がせた。それが失敗だった。
「でも、おっぱいを触らないで本当に良いのですか?」
隣の席に座っていたカップルの片方が、ゆっくりと俺に気づかれないように携帯を取り出した。まずい、通報される。
「ちょっと外出てる。ホテルの出口で待ってるから、ゆっくり食べて」
たった1人で楽園を追われる俺。
学園を卒業すると最低3日は休みを与えられる。任務に行っていない間をどこで暮らすかを決める期間として用意されている時間だが、タマルはもう俺の家で暮らす事を決めてしまったらしい。
例の乳触契約について、「そんな風に自分の身体を売り物にするのは良く無い事だよ」と至極良識的かつ健全な対応を昨日俺はしたのだが、そうなると流れ的に「無償で居場所を提供する」という答えに行き着いてしまった。これから俺は毎日強くなって行く本能とたった1人で戦わなければならなくなった訳だ。
ただでさえ、新能力の追加が発表されて忙しいというのに。
俺はホテルの前の歩道にさりげなく立ち、スマホで例の能力WIKIを開いた。今までHEAD、ARMS、CORE各種30ずつ、合計で90の能力についての詳細が並べられていたが、今はそこに新たな30の能力が加わり、合計で120となっている。そして一昨日、サキちゃんは試合に勝ってくれて、昨日新しい能力が届いた。それがこれだ。
H-31-F『フレイムタン』
口から火炎を纏ったエネルギ-弾を発射する。
そう、この能力には覚えがある。A-19-R『ファイア-ボ-ル』とほとんど同等なのだ。違うのは、手の平からではなく口からという事。必然、所属する部位や系統も違うという事。
こういった、部位が変わっただけでほぼ同能力の事を「コンバート能力」というらしい。これがある事によって、今まで不可能だった組み合わせがいくつか出てくる。単純に『ファイアーボール』と合わせて連打するのでもいいし、『方向転換』などで軌道を変えるのも面白そうだ。
だが単純に、能力の種類が増えたという事は、取れる戦略も爆発的に増えたという事を意味する。以前、橋本が計算した7億2700万通りという数字が、今回の追加で40億9600万まで伸びた。元々途方も無い数だったが、これからも能力の追加がありえる事も考えるとその途方もなさに歯止めが効かない。
今、俺が気にしている事は1つだ。
最適な戦略を探さなければならないというプレッシャーに心を疲弊させた俺が、衝動に抗えずコトを起こしてしまった場合、情状酌量の余地は果たして認められる物なのだろうか。
しかしタマルもずっと俺の家にいてくれる訳じゃない。PVDOに所属している以上、「裏の世界」の任務がある。どうしようもなく逃れられない運命だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます