第20話 訪問者の薬

 正直に言えば、俺はずっと『バリア』を「弱い能力」だと思っていた。効果が防御的過ぎるし、相手に継続的な火力があればせいぜい数十秒しか耐久度が持たない。そして1度壊れれば再召喚は出来ない上、相手もそれを知っているので、切り札があればバリアが壊れた後に使ってくる。当然の事だ。


 せいぜい、一撃必殺系の能力に対してカウンター気味に出してその場を凌いだり、あるいは相手の能力を引き出す為の捨て駒として使うくらいの使い道しかないと思っていた。特に肉体自体を強化するCーB系相手では、張り付かれて割られるのが目に見えていて、いまいち使う気になれなかった。


 だが、今回俺の採用した『斥界』+『バリア』はその弱点を見事に補っている。タマルから『バリア』。『バリア』から相手。という具合に弾き飛ばす戦術。『バリア』の利点は耐久度が残っている限り何度でも再発動が可能な事で、それは容易に手元に戻せる事を意味する。


 そして今回の場合は、相手の『フリーズ』と『雹弾』をほぼ完全に封じていたのが勝因となった。自分から動く気のない人間に対しての『フリーズ』は意味がないし、『雹弾』も欠片を無効化すればそう怖くない。よって相手は『限定強化』のみで戦う事を強いられ、その結果、俺とタマルが勝った。


 やはり、「組み合わせ」と「相性差」これこそがPVDOの醍醐味であり、極意でもあるという結論が導き出される。


「めちゃくちゃ調子乗ってんな、お前」


 浅見先輩にそう指摘され、演説中に気づけばぎゅっと握っていた拳をゆっくり解き、咳払いを1つしてソファーに座った。いかにして浅見先輩の「最強」を打ち破ったか。どれだけ合理的な戦略だったかを語っている内に熱くなってしまっていた。もし浅見先輩の機嫌が今日も良くなければ、ぶん殴られていた所だろう。


「だが確かに、あの組み合わせに勝ったのはすげえよ。それは認めてやる。俺も最強を考え直さないといけなくなった」


 ランク11の浅見先輩が俺を認めてくれてる……と内心で浮き足立った心に「お前を認めてんじゃねえ。戦略を認めただけだ」と釘を刺される。


「だがな、今回はたまたま相手があの組み合わせに自信を持っていて、2回目の投入してきてくれただけだぞ。2戦目取れたのもぶっちゃけただの運だし、調子に乗るんじゃねえ。他にも強い組み合わせはごろごろある。重要なのは勝率だぜ」


 確かに。浅見先輩の言う通り。だけど、

「チャンデン、勝ってんじゃん」

 いつの間にか後ろに立って、ソファーの背もたれに寄りかかってた雨宮先輩が俺の気持ちを代弁してくれた。腕を組んでそこに柔らかい物を載せている。俺は紳士なので何を載せているかはあえて言わないが、華奢な身体の割に結構量があるという表現に留めておこう。


「ここまで2-1、2-0、2-1。6勝2敗でランク4っしょ? 成績めっちゃ良いじゃん。うちのリーダー並」

 このサロンのリーダー。話にちょいちょい出てくるが実物を見た事がない。「どんな人ですか?」とも聞いてみたが、「その内来るよ」としか答えてくれなかった。


「今の所は良いがな。だがいつまでそのビジターズドラッグが続くかは分からんだろ」

 ん? なんて?


「そうかなあ。運だけで勝ってる訳じゃなくて、ちゃんと戦略も練ってると思うけど」

 雨宮先輩は突っ込まない。気づいてないのか?

「いずれ分かるさ」

 話が終わってしまった。ビジターズドラッグ? 訪問者の薬? いや意味が分からん。


 思わず橋本の姿を探してきょろきょろしてしまった。俺の聞き間違えだったら今更拾って追求するのも無粋だし。だが残念な事に橋本はまだ来ていない。


「おい、俺の話聞いてんのか?」と、浅見先輩が凄んでる。


 雨宮先輩は言う。

「何にせよさ、ビジターズドラッグでも何でも、勝てる限りは勝っちゃえばいいじゃん」

 気楽なのか他人事なのか分からない。だが気になるのは、再び出てきた謎の単語だ。今度は確実に聞こえた。これはあれか。2人ともビギナーズラックの事を言い間違えてるんじゃなくて、俺の知らない専門用語が出てきてるのか? 俺がついていけてないだけなのか?


「あの、すいません。さっきから先輩が言ってるビジ……」

「あ、ハッシーだ。おいすおいす」


 橋本が入ってきた。俺も会釈する。すると橋本は開口一番、「あの状況から勝つなんて凄いな、おめでとう」と俺に握手を求めてきた。なんて爽やかで良い奴なんだ。俺はしっかり握り返し、「運が良かったよ」と謙遜した。


「そう。ただの運だ。いわゆるビジターズドラッグって奴さ」

 浅見先輩がまた例の訳分からん物を出しやがった。しかも運であるという俺の発言を肯定したって事は、俺の知らない用語説も完全に消えた。確実にこいつらはアホだ。しかし今回は幸いにも、橋本がいてくれた。今のは確実に聞いていたはず。俺よりもこいつらとの付き合いは長いのだから、ビシっと突っ込んでやれ!


「田、次の能力リクエストはどうするんだ?」

 って、お前もかい!

 内心ずっこける。これは一体何だ。もし神がいるのなら、一体俺の何を試しているんだ。

 だがもう言わずにはいられない。このまま会話を進行しても何も頭に入ってこない。


「ちょっと聞いて下さい」

 3人が俺に注目する。

「さっきから皆さん仰ってる『ビジターズドラッグ』って、『ビギナーズラック』の間違い……ですよね?」


 しん、と静まった。いたたまれない空気。でも俺はやるべき事をした。


「……てめえ、勝ってるからって調子に乗ってんな?」

 いやお前が間違えてたんだろ浅見。先輩。

「あんまりそういう人好きじゃないかなぁ~」

 お前も気づかなかっただろ雨宮。先輩。

「気づいてたけど、わざわざ訂正する程の物でもないかなって」

 こうなってくると怪しいもんだな。橋本。


 合ってるのは俺なのに。なんか俺が調子に乗ってて悪いみたいな感じでその場は終了した。納得いかねえ……。

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