第6話 師弟関係
32日目
私とユウヒが持ってきた花を見て、ヒサ先輩は本当に驚いた様子でした。
「この学園に2年いて初めて見たわ。一体どうやったの?」
と訊かれたので、手の平に『インプラント』を発動した状態で『チャージショット』を溜める事によって、エネルギーを吸わせたという事を説明すると、「……あなた達、とんでもない発想をするのね」と褒められました。
何が育つのかはヒサ先輩も興味津々で、ご自身が管理されている畑で育ててくれるとの事です。『インプラント』の植物は成長が非常に早く、普通の物なら1週間程で育ちきり、収穫が可能になるそうです。私とユウヒが持ち込んだ物は何分初めてなので、どれくらいかかるかは分からないと言っていました。でも、収穫出来次第真っ先に教えてくれるそうです。
33日目
気づけばこの学園に来てから1ヶ月が経ちました。
日々勉強の毎日です。能力の訓練も頑張っています。
今日は先生がこんな話をしました。
「あなた達がここに来て1ヶ月。そろそろ学園生活にも慣れた頃でしょうから、そろそろ師匠を探しても良い頃ですね」
師匠、というのはこの学園にある決まりの1つです。と言っても明確に定められた物ではなく、暗黙の了解というか公然の秘密というか、学園内における共通認識の1つです。
師弟は上級生と下級生の間に結ばれる関係で、それは常に1対1です。関係を結ぶ為の条件はたった1つで、共通する能力を持っている事。例えば私ならば『フリーズ』『チャージショット』『スライド』の内のどれか最低1つを持っている上級生を師匠として弟子入りする事が出来ます。
師匠は弟子に能力の応用的な使い方のみならず学園での生活についても指導します。弟子になった者は師匠の話をよく聞き、その期待に答えられるように努力します。弟子にとっては効率的に成長する手段であり、師匠にとっては後輩を導く訓練になる一石二鳥な関係です。
ただ、ここで問題なのは、師匠は弟子を1人、弟子は師匠を1人しか取れないという事です。これは師匠としての人気が1人に集中してしまわないようにする決まりで、能力のノウハウ蓄積に多様性を持たせる為にも必要な事らしいです。
ですから、せっかく3つの能力を持っていてもその内の1つしか師匠からマンツーマンでの指導を受ける事は出来ません。
「私はもう決めていますの。師匠からの正式なお誘いも受けておりますわ」
私がどの能力を鍛えるべきか悩んでいる事を打ち明けると、ユウヒは少し自慢げにそう言いました。
「私は『アンタッチャブル』を極めます。師匠は2年生のフィレス様。近接格闘がとてもお強い方ですのよ」
私はその名前に覚えがありました。何度かユウヒと会話している所を見かけた事があったのです。背の高い方で、私達より若干ですが切れ長な目をしていました。
「もちろん『エイジサマスペシャル』は私にとって必殺技ですが、それだけで生き残れるほど『裏の世界』は甘くありません。テルフィ様の『アンタッチャブル』を最大限活用する格闘術は習って損はありませんもの」
ユウヒの口調は明らかに先輩からの受け売りという感じでしたが、1ヶ月しか経っていないのにもうそんなに親しい上級生がいる事は素直にすごいと思いました。残念ながら私にはまだそこまで仲の良い方はいません。そもそもどの能力に力を入れて鍛えていくのかすらおぼろげにしか見えていません。おぼろげですが、一応書いておきます。
『フリーズ』を有効に使った体術の強さは、以前の合同訓練で痛いほど身に染みました。相手の動きを良く観察し、ほんの少しタイミングを変えるだけで結果は大きく変わります。こちらの手の位置、相手の重心、2秒後の完成形、それを瞬時に判断するスキルは一朝一夕で身につく物ではありません。
だから現時点で私の中では『フリーズ』を教わるのが1番有効なのかなと思っています。
34日目
今日の訓練が終わって、体育館を出た所で、上級生の方に呼び止められました。
「あなたがタマルちゃんでいいのよね? 1年生はみんな似てて……」
無理もない事です。私ですらまだクラスメイトを全て把握していません。
「ちょっと見せたい物があるから、今から付き合ってくれない?」
髪型はショートボブで、その色は鮮やかな赤でした。口元にほくろがあって、背は私達とそこまで変わりません。
「私は3年のカリス。自分で言うのもアレだけど、この学園で1番の射撃手よ」
その表情には自信が満ち、冗談で言っているのではないようでした。
体育館に戻り、3年生が使っているフロアに案内されました。カリス先輩は、「よく見てて」と私に言うと、手の平の中に『チャージショット』を溜め始めました。なんと「片手で」。
『チャージショット』を何度も撃ってきた私には分かるんですが、この能力は集中力が必要なんです。両手の平を合わせて空間を作って、そこにエネルギーを溜めるイメージ。それが出来てないとすぐ発射されてしまうし、暴発したら狙いもつけられません。だからカリス先輩がいともあっさりと片手チャージをした時は思わず「あ!」と声が出ました。
驚く私を尻目に、カリス先輩は片手で『チャージショット』を溜めながら移動し始めました。最初はゆっくり、段々その足は早く、次は走りながら、体育館の壁に向かって片手で『チャージショット』を放出しました。
「すごい!」
気付くと私は子供のように拍手していました。学園一の射撃手というのは本当の事だと思いました。
そしてカリス先輩は私の所に戻ってくると、
「タマルちゃん、良かったら私の弟子にならない?」
と私を誘いました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます