第7話 人の話

 今日は初めて『裏の世界』についての授業が行われました。もちろん授業用のノートにその内容は纏めてあるんですが、とても重要な内容だと思ったのと、メンターにも知ってもらった方が良いと思ったので、ここにも要点だけ書いておきます。あと次のテストの範囲でもありますので、復習も兼ねて。


 『裏の世界』はメンター達が生活している世界に似ていて、というよりコピーと言っても良い世界です。そこかしこに『ジーズ』という生物が生息しており、人間はPVDOから案内人エルによって派遣される我々と、3人の覚醒者しか住んでおらず、例え高ランクのメンターでも立ち入りは禁止されています。


 3人の覚醒者を1人1人紹介します。


 まずはCーG系覚醒者の生成人。PVDOでは能力の系統から「ジー」と呼んでいますが、自身は「グリエンバッハ」と名乗っているそうです。能力は生物の召喚で、我々がジーズと呼ぶ生物は全てこの人物が『裏の世界』に解き放っています。グリエンバッハは最優先討伐対象でもあり、この覚醒者を倒してジーズの供給を断つのがPVDOの第1目標なのだそうです。


 次にAーT系覚醒者の付与人。この人物も通称はティーですが、自称はテトラシエンスです。能力は、触れた対象に様々な属性を付与する事。「死」という属性を付与されれば私達は死ぬ事になるので、もし会ってしまった場合は何をおいても距離を取れと言われています。

 それだけではなく、この覚醒者は前述のジーズに「知性」や「能力」といった属性も付与しています。ジーズが我々と同じ能力を使うのはこの覚醒者のせいであり、グリエンバッハの次に優先すべき討伐対象です。


 最後にHーW系覚醒者の支配人。通称はダブルですが、自称は分かりません。誰も見た事が無いらしく、能力もかなりの部分が不明です。ですが、系統から想定されるのは『裏の世界』の改変能力。学園長が相手にルールを握られていると言っていたのはおそらくそういう意味です。

 また、『裏の世界』においては私達の持つHーW系統とCーL系統の能力が無効化されますが、おそらくこれはこの覚醒者が改変した結果だと推察されます。これが事実であれば、ダブルが『裏の世界』にいる限り私達に勝ち目はありません。いざとなれば全ての能力を封印する事も可能な訳ですから。何故それをしないのかは次の理由があります。


 生成人、付与人、支配人3人の目的は、メンターの住む表の世界への侵攻です。ただ、彼女達は案内人エルのような次元移動能力を持っていませんので、「研究」とその為の「素材」が必要になります。


 「研究」はジーズの中でも人型の、知性を付与された個体が行っており、裏の世界のどこかに本拠地があります。その本拠地にはおそらく前述の3人の覚醒者がいるはずがなので、私達の目的は本拠地を探す事でもあります。この「研究」を進める為に、ダブルは全ての能力を封印する訳にはいかないという事が分かっています。


 「素材」に関しては、今日の授業では触れられませんでした。まあここまででも十分に濃すぎる内容ですし、私達の理解がもう少し進んでから話をしてくれるのでしょう。


 ここまでをまとめると、私達の目標は裏の世界で敵の本拠地を探し、そこにいる生成人ジーことグリエンバッハ、付与人ティーことテトラシエンス、支配人ダブルのいずれかあるいは全員を倒す事です。私達が目標を達成出来ず、彼女達の行う研究が完遂した際には、メンター達の住む世界に大量のジーズが現れ、沢山の犠牲者が出るでしょう。それがどれくらいの数になるかは分かりませんが、あるいは数える人間すらいなくなるのかもしれません。


 壮大な話ですが、私に出来るのは強くなる事だけです。卒業まではまだ3年近くありますし、カリス先輩が見せた技は私に可能性を示してくれました。


 カリス先輩で思い出しましたが、私は先輩からのお誘いを保留しました。


 その理由は実は私にも良く分かりません。カリス先輩が扱う『チャージショット』の腕は特別です。片手チャージからの移動。そんな事が出来る相手は見た事がありませんし、現時点の私が何度やっても無理です。たった1回会って少し話をしただけですが、本当に尊敬しています。


「では何故お誘いを受けないんですの?」

 カリス先輩の事について話すと、ユウヒは不思議そうに私に尋ねました。


 少し考えましたが、私には答えられません。分からなかったのです。

「あ、分かりましたわ」

 ユウヒは何かを閃いて、眼鏡をクイっとやりました。この所作をかなり気に入っています。

「メンターの指示では無いから不安なんでしょう?」

「違います」

「分かりますわ。私もフィレス様への弟子入りを決める際は、鋭二様の事が頭に浮かびましたもの。『アンタッチャブル』を集中して鍛えるという判断をどう思われるかしらってね。それを不安に思う気持ちはよく分かります」

「不安ではありません」

「でもそんな心配は無用です。鋭二様もあなたのメンターである田様も、私達の成長を信じて送り出してくださいました。私達はその期待に答える為、自分の判断を信じて突き進むしかないのですわ。何せ時間は有限ですから」


 むしろどんどん人の話を聞かなくなっていくユウヒに不安を覚えつつ、今日はここまでにして眠るとします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る