第8話 モテタマル
今日は学園で「シューティングレース」という催しが開かれました。
学園では2ヶ月に1回くらいのペースで、午後の訓練の時間を使い、全学年合同で何らかのイベントが行われるようなのです。発案者が誰なのかは知りませんが、これも訓練の一環です。
「シューティングレース」の内容を説明します。参加者は体育館内にある400mトラックを走り、その道中に10個配置されている木製のターゲットを破壊していきます。400mを走りきったタイムと破壊出来なかったターゲットの数を足して速い方が勝ちというシンプルなルールです。メンター達の世界で言うと流鏑馬という競技に近いと思います。走るのは馬ではなく自分ですが。
能力は何を使ってもOKですが、スタート前の準備時間は10秒と定められています。『定置強化』や『カルキュラット』の為のルールだと思いますが、実戦を想定しているルールでもあります。裏の世界における戦闘は突然発生する事の方が多いので、10秒というのは妥当なラインです。
参加は希望者ならば何人でもという事ですが、私達新1年生は全員見学です。このイベント、1位から3位には学園長からご褒美として装飾品が与えられます。しかも1位は何をもらうかのリクエストが出来るらしく、2年生と3年生は半分くらいが参加していました。
イベントが始まる少し前、ウォーミングアップ中のカリス先輩が私を見つけて駆け寄ってきました。
「タマルちゃん、何が欲しいか考えておいてね」
戸惑う私の頭を撫でて、カリス先輩が続けます。
「前回見事に1位を取ったこの私が、今回も勝ってタマルちゃんの為にプレゼントしてあげるって言ってるのよ。タマルちゃんには何が似合うかしらね」
悪戯っぽく笑うカリス先輩。言うまでもなく、まだ弟子にもなっていない私がプレゼントなんて受け取る訳にはいきません。
しかしどう答えて良いか分からずに困っている私を置いて、カリス先輩は行ってしまいました。去り際にこんな言葉を残して。
「答えはきっと今日中に出るわ。私の動きをよく見ていて」
「自信家な方ですのね」
私の隣で会話を聞いていたユウヒがそう言いました。
「というか何であそこまであなたの事を気に入っているのでしょう。何かありましたか?」
私には全く心当たりが無かったので首を横に振ると、ユウヒは「とりあえずお手並み拝見といきましょうか」と四天王クラスにしか許されないような台詞を吐いていました。
イベントが始まりました。
やはりこの競技で強いのは、C-B系かC-M系による移動と、A-R系かA-I系による遠距離攻撃。C-G系で召喚した生物を使ったり、H-F系で遠距離攻撃を代用する方もいましたが、カリス先輩の記録は飛び抜けていました。
片手でチャージしながら走り、次々にエネルギー弾を放っていくその技は、以前個人的に見せてもらった時と変わらずに洗練されており、今回はそれに加えて正確に狙いをつけるという事までやっていました。ターゲットの間隔や配置にはバラつきがあり、当然遠くの物程当てにくいですが、カリス先輩は全く足を止めません。
疾風の如く走り、手の平から次々とエネルギー弾を放つカリス先輩の姿を見て、私もここまで出来たら、と想像してみました。
カリス先輩は足が明らかに速いので、C-B系の能力を使っているようです。HEAD能力は使いませんでしたが、それでもタイムは52秒プラス未破壊ターゲット1つで5秒の加算。合計で57秒というスピードでした。1分を切ったのはここまでの参加者の中ではカリス先輩が初であり、1つ下の先輩の記録が1分15秒なので優勝は確実に思えました。
「タマルちゃん、見てた? あなただって同じくらい出来るようになるよ。私の弟子につけばね」
タオルで汗を拭きながら、私の所にやってきたカリス先輩は爽やかにそう言いました。「素晴らしかったですわ!」と興奮気味のユウヒを私が抑えた所で、一際大きな歓声があがりました。
トラックを見ると、見覚えのある先輩が競技を行なっていました。
『フリーズ』の合同訓練の時にお世話になったベルム先輩です。格闘で1度も勝てなかったあの方が、今度は凄まじいスピードでターゲットを破壊していました。
発動している能力は、『斬波刀』と『スライド』の2つ。トラックを滑走し、刀を振ってターゲットを破壊していきます。もう1度歓声があがったのは、刀の上を『スライド』で滑って、さながらジャンプ台のように活用し、空中で1回転しながら遠くのターゲットを破壊するという離れ業をやってのけた瞬間でした。
柄を片手かつ逆手で握り、地面に触れた刃先に足をかけて一気に『スライド』加速。その勢いを殺さずに踏み切ると同時に刀を握り直して跳んでいます。1度見ただけでは何をやっているのか理解出来ない程の手際で、私がその原理を理解したのは3回目の跳躍でようやくでした。
もちろんそれは私が見た事もない技す。『スライド』は私も持っていますが、地面や床に足を安定させないと発動出来ません。あの切れ味鋭い刀の上に足を乗っけて、ましてや跳ぶなんていうのはまさにウルトラCというか、相当なバランス感覚と正確な能力発動技術と底知れぬ度胸がないと不可能です。
ベルム先輩はそれをいとも容易くやりながら、凄い記録を出しました。400mのタイムは53秒。未破壊ターゲットはなしで、つまりパーフェクト。ベルム先輩は最後の参加者だったので、そのまま優勝が決まりました。
ベルム先輩の快走を隣で見ていたカリス先輩は、照れ臭そうに笑うと、私にこう言いました。
「大口叩いたのに負けちゃった。私、カッコ悪いね」
「そんな事ないです」私は反射的に答えます。「カリス先輩は凄かったです。あんな事、同じ能力を持っていたって出来る気がしません。だから、」
だから、もしカリス先輩が良ければ私を弟子にして下さい。そう続けようと思っていた所で、いつの間にか近くにベルム先輩がやってきていました。たった今競技を終えたばかりだというのに、息ひとつ切れていません。
「タマルさん」
ベルム先輩に名を呼ばれ、私の申し出は中断されました。
「私の弟子になりなさい」
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