第9話 葛糖

「それで、どちらにお返事をするかは決めましたの?」


 今日だけでもう何度聞いたか分からない台詞です。そのほとんどはユウヒの口から発せられましたが、あまり喋った事のない同級生にも何回か聞かれました。昨日のイベントにおける私と2人の先輩のやりとりは、クラス中に広がってしまっているようでした。沢山の人に見られていましたし、それは仕方ありません。


「次の授業は化学ですわね。ところで、どちらに返事をするかは決まりましたか?」


 本気で言っているのかふざけているのかすら分からないユウヒの追求に、私も衝動的に能力を発動しそうになりました。何とか怒りを堪えて睨む私の雰囲気をようやく察してくれたのか、ユウヒは言います。


「だってこれはとても栄誉な事ですわ。本来ならば、弟子側である私達が師匠を見つけて『弟子にして下さい』と頼み込むのがスジという物です。それをあなたは何と、1対1で最強と名高い3年のベルム先輩と、機動型射撃手として新たなスタイルを確立した2年のカリス先輩の両方から誘われているんですもの。これが騒がずにいられますか」


 騒がずにいて下さい。そうとしか答えられませんでしたが、ユウヒの噂好きな耳が役に立ったのも事実でした。


 ここからはユウヒ情報です。


 3年のベルム先輩の能力は、『フリーズ』+『斬波刀』+『スライド』。『斬波刀』以外の2箇所が私と一致しており、戦略も似ています。基本的には『スライド』で移動と撹乱を行い、『斬波刀』による遠距離攻撃。そしてここぞという所で『フリーズ』によってトドメを刺す。もちろん私の『チャージショット』でも代用は可能なはずです。昨日見た離れ業に関しては、『斬波刀』を持ってない私にはあまり必要のない技術かもしれませんが、使うのが刀じゃなくても可能なはずなので、やり方を知っておいて損は無いとも思います。

 そしてベルム先輩は、あくまでユウヒ情報ですが3年生で最強なのだそうです。まず単純に『斬波刀』の扱いに長けていますし『スライド』を細かく発動して自在に間合いを取ります。『フリーズ』のタイミングも抜群で、回避や防御を上手くかわす。とにかく飛びぬけた実力の持ち主らしいです。


 一方、カリス先輩の能力は『リバイブ』+『チャージショット』+『アミニット』。一見、『アミニット』の制限時間というのは『チャージショット』の溜めという利点を殺してしまっているように思えるのですが、そもそも裏の世界においては『チャージショット』の溜め時間に制限があるそうです。多分これはメンターも知らない事だと思うんですが、ルールを握る支配人ダブルが、上限を1分と定めているそうです。他にも制限のかかった能力がいくつかあり、ノートに纏めてあります。これは裏の世界に少女を送り込んだ事のあるメンターしか知らない情報なので、カリス先輩のメンターは相当な経験者である事が分かります。

 とはいえ、1分でも『チャージショット』はほとんどのジーズを倒すだけの威力が溜まります。『リバイブ』の生き残り能力は言わずもがなですし、遠距離が得意で、1度死んでも死なず、いざとなれば強化された肉体での近接格闘もこなせるという非常に考えられた組み合わせだそうです。

 それに、何と言っても目の前で見せられたあの技。あれから毎日個人的に片手チャージの練習をしていますが、今の所進展は無しです。やはり弟子入りしなければ体得するのは難しいでしょう。


 どちらも凄い先輩です。能力の組み合わせだけではなく、それを生かす為に日々努力し、能力を活かす特殊な技能を見につけています。もしかすると、私がこの学園を卒業する前に2人が裏の覚醒者を倒してしまうんじゃないかという気さえします。それはそれで喜ばしい事ですが、目下の問題はそのどちらか1人にしか弟子入りは出来ないという事です。


 2人にもらった猶予は3日間。それまでに返事をしなければいけません。

 でも、どうすればいいんでしょう。私には決められません。まず何故こんなに好かれているのかという所で困惑していますし、どちらを選べばメンターの期待に答えられるのかも分からないのです。


「で、決まりましたか?」

 しつこ過ぎるユウヒにうんざりしつつ、訓練の帰りにまた先輩に呼び止められました。今回はベルム先輩でもカリス先輩でもありません。


 『チャージショット』で成長させたユウヒの『インプラント』を預けた先輩。ヒサ先輩です。


「今、ちょっといいかな?」

 その手には、白いカブのような物が握られていました。

「それってもしかして」

「例の花の根ですか?」

「そう。私も驚いてるの」


 つい数日前とは明らかに見た目が違います。前はただの根っこだった物が、丸々と太った白い野菜になっていたのです。普段、お味噌汁の中に混入されていた『インプラント』は根っこをそのままぶった切ったような物だったので、似ても似つかない姿です。


「昨日はシューティングレースがあって私は参加してなかったから、その時間を使って少しだけ収穫してみたの。それで、ほんとは先に伝えてからにしようと思ったんだけど、我慢出来なくて少し食べちゃった」

 そう言うヒサ先輩は、2人の先輩とは違ってまるで年下の子のように照れていました。

「味はどうでしたの?」

 ユウヒの質問に、ヒサ先輩は頬を抑えながらにこやかに、

「それがね、半端じゃなく甘かったの。食べてみる?」

「是非」

 気づくと私は即答していました。

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