第10話 狂気
校舎1階にある家庭科室兼調理場は、その日の夕食担当の2、3年生が主に使い、1年生の我々は来週から予定されている調理実習までは入れないはずでした。が、ヒサ先輩が特別に入れてくれました。
流し台のついた特殊な机が6つ程あり、各種調理器具とガスコンロが揃っていますが、ヒサ先輩はHEAD能力『ヒートアップ』の持ち主なので鍋を置くスペースさえあれば火は要りません。体育館外での能力発動も担任に用途を説明して許可を取れば可能なのだそうです。ヒサ先輩は他にも『ドラゴンエッグ』を持っているので、更に自前の『インプラント』と合わせてかなり料理向きの能力構成だと思います。
「昨日いくつか調理法を試してみたんだけど、これが1番うまくいったの。ちょっと食べてみて」
そう言って出されたのはポテトチップスのような形状の物でした。学園に来る前、メンターの部屋で1度だけ頂いた事がありますが、私はしょっぱいのより甘いのが好きなので、いまいちな顔をしてしまったせいかその後は出てこなかったのを思い出しました。
とはいえ久々のおやつです。ユウヒはちょっと警戒しているようでしたが、私は躊躇なく口に放り込みました。
その瞬間、口の中にほのかな甘みが広がりました。パリパリと音をたてて食べる度に、じわっとおいしさが染み出てきます。メンターの家で食べた時のようなしょっぱさも確かに少しあるんですが、その味とは明らかに違います。
「多分、外の世界で言う所の甜菜とかビートに近い野菜なんだと思う。砂糖の原料にもなってるのよ。でもこれは多分それより甘いわね。他にも煮たり焼いたりしてみたのだけれど……」
ヒサ先輩の解説を聞き流しつつ、次から次へと口に放り込みました。ユウヒが「ちょ、わ、私の分も残してくださる?」と焦っていましたがここは無視です。約1ヶ月ぶりのスイーツを前にした私は誰にも止められません。
最終的にはユウヒとヒサ先輩に羽交い締めにされてようやく正気を取り戻しました。
「お菓子への執着心凄いわね。一体何があったの?」
私がヒサ先輩に取り押さえられている隙を突いてユウヒも食べていました。
「確かに美味しいですけど、タマルの反応は異常ですわ。中毒者って怖いですわ」
と、ドン引きしていました。
「いずれにせよ、『チャージショット』で溜めたエネルギーを吸い取った『インプラント』は甘くなるというのは大発見ね。タマルちゃんがそんなに好きならもう少し数を栽培しておきましょうか」
「お願いします。本当にお願いします」
ユウヒは呆れていましたが私は本気でした。私の勘違いで無ければヒサ先輩も少し嬉しそうでした。
「言い忘れてたんだけど、実は冷蔵庫にもう1品あって……煮汁を寒天で固めたゼリーみたいなやつなんだけど……」
「ちょっとヒサ先輩!」
ユウヒの叫び声を最後に、そこからしばらくの記憶がありません。気づくと私は夢中になってゼリーを貪り食べており、ユウヒは床にうつぶせで倒れていました。
軽蔑されるかもしれませんが、ヒサ先輩に弟子入りしたいくらいの気持ちでした。能力が1つも一致していないので不可能なんですが、久々に摂取した糖分は我を忘れるくらいに感動的でした。
「随分と楽しそうな事をしてるわね」
食べ終わった皿をぺろぺろ舐めていると、後ろからそう声をかけられました。振り返ると、そこにいたのはベルム先輩です。私もそこでようやくはしたない事をしている自分に気づいてそっと皿を置きました。
「タマルさん、例の話考えてくれてる?」
私は口の周りの甘いのを舐めながら大きく頷きます。説得力が著しく欠けている事には自分で気づいていますが、あくまで平静を装います。
「1つ質問していいですか?」
「どうぞ」
「ベルム先輩はなぜ私を弟子にしようとしてくれているんですか?」
「ふふ、そうね。いくつか理由はあるわ。まず能力が2つ一致していて、戦略も似ている点。それだけでも教えられる事は多いはずよ」
確かに、『スライド』と『フリーズ』の2つについてよく学べば、1年か2年後に最強と呼ばれる事もあり得るという事はベルム先輩自身が証明してくれています。
「あとこれはそこにいるヒサから聞いたのだけれど、『チャージショット』の新しい使い方を自分で観察して編み出したのでしょう? 1年生でそれが出来るのは大した物だわ。あなたにはセンスがある」
そう言われると悪い気はしませんでしたが、そもそも負けたくやしさからの発見ですし、正直上手くいったのは運である気もします。その結果お恥ずかしい現場を見られたという事もあり、心情は複雑です。
「以前『フリーズ』のみを使って戦った時の事を覚えてる?」
もちろん覚えています。手も足も出ず負けたあの日です。
「あの時、何人かの相手をしたけどあなただけが本気で勝ちにきていた。2年も経験が違うのに。訓練の時間中ずっと私を倒す事を考えてたでしょう? その目が気に入ったのよ」
リラックスした微笑み。ベルム先輩は、戦闘や訓練の時の本気顔とそれ以外の時の日常顔でかなりの差があるという事を私は発見しました。その1点だけでもかなりの人格者であるという事が伺い知れます。
甘い物欲しさに我を失い、友人を張り倒して貪る私との違いになんだか悲しくなりました。
「能力が一致していて、創意工夫が出来て、誰にも負けない闘志を秘めた子はあなたしかいない」
ベタ褒めされていますが、どれも私の力では無い気がして、なんだか辱めを受けている気分です。
「それと……あなた気づいていないようだけれど、同級生にも見られてるわよ」
「見られてる、ですか?」
「ええ。情熱的な視線を感じた事は無い?」
ありません。いや、というより、質問の意図している所が分からずに困っていると、ベルム先輩は爽やかに言いました。
「あなたはそれだけ魅力的って事。とりあえず今日はこれでお邪魔させてもらうわ。弟子の件、真剣に考えておいてね」
いつの間にか起き上がっていたユウヒが私の背後でこう言いました。
「先輩方の考えられる事はさっぱり分かりませんわ。こんな甘味中毒者の一体どこが良いというのでしょう」
その後1日、何度謝ってもユウヒは許してくれませんでした。
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