第11話 浴場にて

 訓練は能力を使う物ばかりではなく、走りこみや筋トレといった基礎的な物も平行して行っています。1年生の我々は肉体の性能がほぼ均一ですから、これからどれだけ真面目にトレーニングに励んでいくかが1年後2年後にはっきりと差が出てくる訳です。私の場合、持っている能力がどれもあまり体力と関係のない物ですが、それでも出来る事は増えた方がいいですし、能力ばかりに頼っているといざ使えなくなった時に大変困った事になります。だから集団から遅れを取らないように、必死に走ります。


 走っていると、当然汗をかきます。1時間くらい走った後、少し休憩を挟んで今度は腕立て、スクワット、クランチをこなすともう体操着はびちょびちょになります。周りの子も似たような状態ですので、そのタイミングで担任の先生に集合をかけられると汗の匂いで窒息しそうになります。でも落ちこぼれる訳にはいきません。能力が使用不可なら条件はみんな同じですから、あとはもう気合や根性の世界です。それでもその内ゆっくりと差が出てくる事になるでしょう。


 汗だくになって良い事が1つだけあります。それはお風呂です。寮には1年生から3年生それぞれ別の大浴場が用意されており、決められた時間に沸きます。水やガスなどのインフラも私達の能力で賄っているのかな、と最初は思ったんですが、学年によっては1人も『清水』や『火炎放射』を持っていない事も有り得ますので、学園長が便利なアイテムを用意してくれているらしいです。聞いた話だと、核融合という技術でほとんど無制限にエネルギーを取り出せるらしいのですが、私には良く分かりません。


「はぁ~、たまりませんわ~」

 湯船に浸かっての第一声、ユウヒは毎回必ずこれを言うので、例え髪を洗っていて後ろを見ていなくても分かります。私を含めて他の子は決してしないので、これもユウヒの個性です。


 見た目における先輩達の明らかな違いを見ていると、同じ遺伝子を持ったクローンである事を忘れそうになります。髪の色、目の色、背の高さ、体つきは明らかに差が生まれますし、よく見てみると鼻の形、口の曲がり方、耳たぶの大きさまで少し違いがあります。

 授業で習ったのですが、仮にバラバラに育った一卵性双生児でもここまでの変化はないそうです。やはりメンターに選んでもらった能力と趣向によって、遺伝子に変化が起きているのでしょう。まだ気づかない範囲で、少しずつ私達は変わっているのです。

 実際、私はもうユウヒと他の子の見分けがつくようになりました。眼鏡をかけていなくても、何となく雰囲気で分かるのです。声を出せば喋り方で確実です。あとは同室のサトラ、最近話をしたミカゲの2人も何となく分かります。


 髪を洗い終わって顔をあげると、ユウヒが私の後ろに立っていました。いつの間にか湯船から上がって、鏡越しにこっちを見ています。


 ユウヒは無言のまま、私の身体の一点をじっと見ています。

「……な、何?」

 おそるおそる尋ねると、ユウヒが尋ねてきました。

「あなた少し、大きくなっていませんか?」


 その視線を辿ると、そこには私の胸がありました。ユウヒは自分の胸を両手で揉んで、なんだか不満げに首を傾げました。

 私は妙に恥ずかしくなって自分の胸を覆います。


「あ、隠しましたわね。やっぱり大きくなっているでしょう?」

「知らないよ。多分なってないって」

「いえ、私の目に狂いはありません。数ミリですが、絶対に私より大きい」


 そんな少しの差、肉眼で分かるはずがありません。さっさと身体を洗って湯船に行こうとする私の手首をユウヒは掴んで止めました。


「なら証明して頂けます?」

「へ?」

 至って真剣な表情のユウヒ。

「触らせなさいと言っているのです」


 何故こんなにもムキになっているのか分かりません。だって私達は同じ身体を持って生まれたクローンです。というか仮に差が出てきたとしても、だから何だという話です。胸の大きさは戦闘には役に立ちません。というかむしろ大きい方が邪魔になって不利ではないですか。


「じっとしてください! 触られるのが嫌なら横に並んで定規で測ります!」

 いやそれはもっと恥ずかしいです。昨日は私が、そして今日はユウヒが完全に正気を失っていました。


 裸で取っ組み合いになりかけた時、誰かの手によって変態ユウヒが私の身体から引き剥がされました。


「タマルさんから離れなさい!」

 顔をあげると、やはり同じ顔が立っていました。しかし上でも書いた通り、私も最近見分けをつけられるようになってきました。

「あなたは、ミカゲちゃん?」


 全裸のユウヒが全裸のミカゲに羽交い絞めにされていました。

「のわー! 何でですの? 私はただ、成長具合の差を確かめようという純粋な動機で……」

 私がここで証言しますが、ユウヒの視線は決して純粋な物ではありませんでした。

「タマルさんが嫌がっているのが分からないのですか? ユウヒ、あなたにもされたら嫌な事くらいあるでしょう」

 ミカゲの説得の甲斐あってか、ようやくユウヒが落ち着きましたが、「なんでタマルにはさん付けで私は呼び捨てなの……」とぶつくさ言っていました。


「タマルさん、ご無事ですか?」

「え、ええ。別に何ともありません」

「良かった……」

 ミカゲはほっと胸を撫で下ろしているようでした。


 前の日記に少し書きましたが、つい2週間ほど前に名前をつけて以来、ミカゲは私の事を慕ってくれているようです。訓練で怪我をすると真っ先に駆け寄ってきて、『ヒール』する為に大声でサトラを呼びます。


「また何かされそうになった時は私を呼んでください、タマルさん」

 ユウヒに聞こえないように耳打ちするミカゲでしたが、肝心のユウヒはまだ不服そうに私の胸をじっと見ていました。

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