第12話 弟子入り
今日は学園に来て初めて2年生の教室に行きました。1人で行くのはちょっと怖かったので、ユウヒについてきてもらえるようにお願いしたんですが、「嫌ですわ」と冷たく断られてしまいました。
「カリス先輩の所に会いに行くのでしょう?それなら野暮な事はしたくありませんもの」
と言ってにやにやしていたので、浴場での事を根に持たれている訳ではなさそうでした。
「でも結果だけは教えて下さいね」
それで結局、昼食が終わって訓練が始まるまでの昼休みの時間に、私は単身で上級生のテリトリーへと侵入した訳です。
2年生の教室は、1年生の教室よりなんというか「自由」でした。壁にはよく分からないアイドルみたいなポスターが貼ってありますし、教室の後ろにはおそらく図書室から持ってきたのであろう漫画が並んでいます。椅子ではなく机に座って話をしている人もいますし、机の横についているフックを曲げて、そこにトイレットペーパーをぶっさして鼻をかむのに使っている人もいました。書いてて思いましたが、なんというかもう「自由」というか「荒れてる」感じです。
私の存在に気づいた1人が寄ってきて、声をかけてきました。
「あなた1年生よね? 誰かに用?」
「あ、はい。カリス先輩とお話があって……」
「カリス? あ、分かった。あなたタマルちゃんね!」
大きな声でそう言われたので教室内にいるほとんど全員が私を見ました。私はなんだかいたたまれない気持ちになって俯きましたが、おかげさまでカリス先輩も気づいてくれたようでした。カリス先輩は声の大きめな先輩をどかして私の前に立ちます。
「タマルちゃん、どうしたの?」
「あ、あの……」
昼休み、突然来訪してきた下級生に、2年生の先輩方は口に出さずとも注目しています。カリス先輩もそれに気づいて、
「場所、変えよっか」と提案してくれました。
人目を避け、裏庭へ移動しました。そこにはハスの浮かぶ池があって、走り込みのコースの一部にもなっていますが、訓練前の時間なら誰もいませんでした。本物そっくりの太陽から日差しが降り注ぎ、葉っぱの形をした影で地面を切り取っていました。
「わざわざありがとうね。来てくれて」
カリス先輩がそう言って、私は顔を上げました。
「分かってるよ。弟子の話、断りに来たんでしょう? あ、別に気にしなくていいから、ほんとに」
カリス先輩は屈託無く笑っていました。
「知っての通りベルム先輩は滅茶苦茶強いし、それに教え上手だよ。能力も2つ一致してて、絶対タマルちゃんをもっと成長させてくれる。って、得意なシューティングで負けた私が言ってもあんまり説得力無いかな」
私は首を横に振りました。
「カリス先輩……」
「あ、もしかしてベルム先輩から先に声かけた事について何か言われてる? そしたら悪いんだけど謝ってもおいてもらえるかな? 私、ベルム先輩がタマルちゃんを弟子にしたがってるなんて知らなくてさ……」
「カリス先輩、聞いて下さい」
気付くと私はカリス先輩の手を握っていました。
「私はこの学園に来てから、3度、負けています」
顔を真正面に向けて、私より少し背の高いカリス先輩の瞳に向かって話しかけます。
「1度目は、ベルム先輩に『フリーズ』で負けた時。2度目は、同級生のユウヒに模擬戦で負けた時。そして3度目は、体育館でカリス先輩に技を見せられた時です」
どの瞬間も日記に書きましたが、わざわざ読み返さなくてもいいほどによく覚えています。
「どれもくやしかったですが、1番はどれだと思いますか?」
カリス先輩は「えっと……ユウヒの時とか?」と答えましたが、私は更に強くカリス先輩の手を握りました。
「カリス先輩の時です」
直接戦ってもいないし、相手は超がつく程の格上。くやしがる事さえおこがましい事なのかもしれませんが、私が口にしたのは紛れも無い事実でした。
私はカリス先輩の手を離し、続けます。
「私のメンターが最初に私に付与してくれた能力が『チャージショット』だったんです」
忘れもしません。私の初戦、『番犬』『フリーズ』『チャージショット』の3つ。最後の決め手は『フリーズ』からの『チャージショット』でした。
「それはただの偶然だったのかもしれませんが、私のメンターはその後2回も同じ能力をランダムで引いたので、私がこれまでで1番多く使った能力が『チャージショット』なんです」
運が悪いとメンターは嘆いていましたが、実は私はそう思っていませんでした。
「でも、気づけませんでした。片手で溜める事も溜めながら走るなんて事も、発想すら出来ませんでした。だからくやしかったんです。カリス先輩が目の前で、簡単に常識の壁を乗り越える所を見て、心の底から『何故あれが出来なかったんだろう』と思ったんです」
「タマルちゃん……」
私は呼吸を整えて、一語一句確かめるように言います。
「カリス先輩、私を弟子にして下さい」
たった1枚の葉っぱが池に落ちて、そこからゆっくりと波紋が広がりました。
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