第5話 植物研究
29日目
今日は午後の訓練で練習試合がありました。対戦者が遠慮なく戦えるように、見学者はガラス越しに体育座りで見るようになっているんですが、その時私はある事に気付きました。
練習試合をしていたのはユウヒです。ユウヒが対戦相手に向かって発動した『インプラント』が成長して、花が咲きました。それと同時に、対戦相手が発動させた『番犬』によって召喚された犬にも同じく花が咲いたのですが、2つの花の色と形が微妙に違っていたのです。
もちろん、能力の効果は一緒ですから、その試合はユウヒが勝利し、私以外の誰も花の色なんて気にも留めていないようでした。ですが私は、前回の2対2模擬戦の時からユウヒの能力をとにかくよく観察するようにしてきました。だから気づいたんです。
訓練の後、ユウヒに花の色の違いについて尋ねてみると、「言われてみればそうかもしれませんわね」と言って、過去に他の動物に対して発動した時も違う色の花が咲いていた事を話してくれました。
それから私は図書室に行って、花の図鑑で色々と調べてみました。それによって分かったのはまず、『インプラント』によって咲く花は外の世界には存在しないオリジナルな物である事。ただしその見た目はユリ科の植物に近く、であるならば鱗茎という根っこが存在する可能性が高いという事でした。
30日目
私がユウヒに昨日調べた事を話してみると、意外な答えが返ってきました。
「ええ、知っていますわ。以前に2、3年生の方と合同訓練を行なった時に、私は『インプラント』の先輩とお話をしました。能力によって生えた植物を土に植え替えてしばらく育てると、その根っこは食用になりますのよ。既に何度か私達の食卓にも並んでいますわ」
言われてみると、夜ご飯のお味噌汁の中に知らない野菜が入っていた事がありました。あれが能力による物だったのは驚きましたが、閉鎖空間である学園においては、使える物は何でも使うという事でしょうか。
そして話は昨日の気づきに戻ります。
「発動対象によって花の色が違うという事は、出来る野菜にも変化があるのかな?」
私がそう尋ねると、ユウヒは答えに困っているようでした。
「そこまで詳しくは分かりませんわね。気になるようでしたら、今日の放課後『インプラント』を教わったヒサ先輩に話を伺ってみましょうか」
ヒサ先輩は学園の庭の一区画を使って、ご自身の『インプラント』で作った野菜を栽培していました。私は挨拶もそこそこに『インプラント』について尋ねました。
「1年生なのによくそんな細かい所に気付きましたね。確かに、対象となる生物によって『インプラント』で咲く花は変わりますよ。でも根っこの方は対して変わりません。正直言って、あんまり美味しく無いでしょう? ごめんなさいね」
そんな事ありませんよ、と慰めるべきか、素直に同意すべきか悩む所ではありましたが、ユウヒが「食事にバリエーションを用意してくれる先輩の心遣いが、私達にとって何よりのご馳走です」と優等生のコメントで対応してくれました。
「でも、それなら何故花の色が変わるんでしょうか? 能力の効果自体に変化はないのに」
「うーん……」とヒサ先輩は首を傾げて考えて「能力についてはまだ分からない事だらけですから、何とも言えませんね」と微笑みました。
31日目
どうしても『インプラント』の事が気になって、今日も朝からその事ばかりを考えていました。咲く花の色が違うのには何か理由がある気がして、それを追求したくなったのです。
昨日から1日考えて、仮説を1つ立てました。『インプラント』は発動した瞬間から対象者の栄養を奪って成長します。花が咲くというのは栄養を奪い終わったというサインであり、そこから先は根っこを土に移さない限り変化はありません。
ではそもそも栄養とは何なのか。生きる為のエネルギーです。人に限らず生物は何かを食べ、そこからエネルギーを得て、活動によってエネルギーを消費していきます。『インプラント』にはそれを横取りする力があります。であるならば、私には1つのアイデアが浮かびました。
「ユウヒ、私に向かって『インプラント』を発動して」
今日の放課後は練習試合ではなく訓練でした。体育館内で壁や人形相手に能力を繰り返し使って慣れるという物です。訓練の日は体育館内といえども人に能力を使う事が禁じられていますから、私の提案はユウヒにとって意外な物だったと思います。
「な、何故ですの? 次の練習試合まで待ちきれないのですか?」
「違う。練習試合がある日は1日に3回しか使えない『インプラント』は使えない。だから訓練の日じゃないとダメなの」
「そもそも何故そんなに『インプラント』にこだわるのです?」
私は手の平を広げて、ユウヒに言いました。
「試したい事があるの」
ユウヒの発動。
A-05-T『インプラント』
触れた部位に植物の種を植え込む。植物は成長する。
私の必死の説得でユウヒは私の、正確に言えば私の手の平に向かって『インプラント』を発動させてくれました。仮説の証明はここからです。
タマルの発動。
A-10-R『チャージショット』
手の中でエネルギー弾を溜め、放出する。
手の平に植えられた『インプラント』がみるみる成長していきます。ですが、1分を超えても花は咲かず、私も栄養失調にならないのでユウヒも首を傾げました。
そしてそこから更に5分ほど経ってようやく咲いた花は、見た事も無い程に鮮やかな色をしていました。
手の平を切ってそれを取り出すと、根っこの形もいつもとは明らかに違います。ちなみに傷はサトラに治してもらいました。
決まりを破った私とユウヒとサトラはその後先生から注意を受けましたが、とにかく目的は達成出来ました。明日はこれをヒサ先輩の所に持っていきたいと思います。
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